ひょう吉の疑問

新聞・テレビ報道は何かおかしい

独立と従属と、どちらがよいか

2017-02-12 07:51:54 | 軍事・外交(日米関係)

日曜日

Aという国のA軍の経費はA国が払うものであり、Bという国のB軍の経費はB国が払うものである。
独立している国なら当然そうする。
ところがAという国のA軍の経費をB国が払っているのが日本の『思いやり予算』である。
これが従属である。

Aという国はA軍で守られ、Bという国はB軍で守られるのが独立国家の姿である。
ところがBという国には常にA軍が駐留している。有事駐留ならまだしも、常時駐留である。
これが従属である。

アメリカは日本に対してさらなる『思いやり予算』の増額を要求している。
その理由は、日本が侵略を受けた時、アメリカは日本を守らねばならないが、
アメリカが侵略を受けた時、日本はアメリカを守らなくても良いのは不公平だ、というものだ。

確かに日本が侵略を受ける可能性はある。
しかしアメリカが侵略を受ける可能性はあるだろうか。
逆にアメリカは、湾岸戦争にしろ、アフガン戦争にしろ、イラク戦争にしろ、他国を攻撃してきた。
世界最大の軍事国家アメリカに侵略戦争を仕掛けるバカな国があるのだろうか。
アメリカの言うことは言葉のトリックで、実際にはそのような可能性は無いに等しい。
したがってこの論理は、アメリカの侵略戦争に日本を荷担させるためのものである。
日本は否応なくアメリカの侵略戦争に巻き込まる。

言葉に変な意味を与えると世の中が狂っていく。
今の日本が置かれた状況を『独立』だと勘違いすると、日本は狂っていく。そして考える力を失っていく。考える力を失った国に未来はない。

独立していないのに独立した立場でモノを考えると判断を誤る。というより、思考自体が意味をなさなくなる。国家論が腐っていく。腐ったものを誰も食べないように、腐った国家論に誰も興味を示さなくなる。それが一番国家として危ういことだ。

独立していないものを独立国家として扱ってはいけない。
事実は正しく認識しなければならない。そこからすべての正しい判断が導かれる。土台を間違ったものの上でいくら考えても、正しい結論は導かれない。
そういう思考を続けていくと、思考自体が腐っていく。思考が腐ると言葉が力を失う。
そこからは生きる価値さえ失われてしまう。
何も考えられなくなるのだ。

私は独立が良いのか、従属が良いのかは分からない。
人それぞれが考えれば良いことだ。

しかし独立してもいないのに、独立しているように見せかけるのは良くない。
独立してもいないのに、独立していると思い込むことはもっと良くない。
他国から侵略された時に、自らは戦わず、他国から守ってもらうことを当然とする、そしてそれを独立国家として当然の姿だと思っている。
その時点で言葉の論理が狂っている。言葉の持つ力が失われている。
国を守らないものは国の主権者ではない。その一点が壊れている。
数年前韓国で、船が沈むとき真っ先に逃げ出した船長がいて、国際的に非難された。それと同じだ。
国民主権は意味不明だ。
この論理の崩壊がすべてのことに及んでいる。
経済的には豊かでも、人として一番大切なものが犠牲にされている。

従属国は自らを従属国として認識してはじめて、言葉に意味を持たせることができる。

それは生きる価値を追求するとき、避けては通れないことだ。
嘘の世界で人は生きる価値を見いだせない。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 分野横断で新経済対話=日米... | トップ | 軍事と植民地 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

軍事・外交(日米関係)」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。