N教授のその時の思わぬ動きは印象にのこる

2017-08-11 23:03:16 | エッセイ

3限になる午後13時からの授業の始まる5、6分前。                                                                        私はその教室のある5階の通路の、下に広場、右前方向こうに正門が見える処に立って外を眺めたりなどしていたんです。                      担当されている文学部教授のN先生はまだ来ていない。時間通りに来たことがあったかどうかという位に、開始時間にやってきていたという記憶がない。長い時で5分位遅れてきた記憶がよみがえる位に、ピタリということがなかったというような。実際には1、2分前に来たことはあるということだったとすると、先生の名誉のためにもそれは申し訳ないですと言うしかないかな。出席簿を開いて、出席をとる。名前を読み上げられて、返事をする。殆どの講座では、教室の前の席の端などに出席カードの回収箱が置いてあってそこに入れる。 

六十歳を幾つか過ぎた或る時、ふいと思い立って大学の講座受講を始めてみることにした。何年か週二日できていて、N教授の講座も4月から12月までの通年講座を3年つづけて受講してきている。居心地が良いというような理由でもある。明治、大正、昭和の文学の中からひとりの作家、作品をそれぞれ3回程度に当てて必要なレジュメもしっかりと用意してとりあげていくのだ゛が、温和、物柔らか、丁寧、語り口に惹かれてというようなことがあったと思う。そのテーマに対する彼特有のアプローチの仕方に慣れてしまうと、外れた方向を期待したくなったりもしたけれどもそういうことになるわけもないので、その辺りの自身の気持は抑えることになったりもしながら、楽しめる時間にあることを感じながら通い続けたということになるか。それに先生は私と4か月違い生まれの同年齢。ほぼ同じ時間を、そして時代を生きてきた者同士という感覚には、ちょっと特別な心情も加わるのだった。

授業の中で、自然と先生の学生時代当時のあれこれに触れられることが出てくる。研究テーマをどういう方向に向けようかを考え先輩のアドバイスをを受けたというようなことなどにしても、自分が同じころにしていたことなどを重ねる。同じ東京、同じ時代の空気の中にいた同学年同士という感覚に行ってしまう。ただ同学年のことはこちらが知っているだけで、先生の方は知らない。教室は、地上16階の新しい建物の5階。カーペットの敷かれたフロアー、整然と机の並ぶ空間。全員が座ると40人になる教師との距離も近い教室。縦に長い建物でそうした教室はその階に一室のみ、他は別目的の部屋。エレベーターでの上下移動。というような場所で、正門から入るキャンパス内の規模の大きな建物内の教室とは、全然印象が異なるということがあっての、居心地感。その良さを感じつつ、いつもその教室にはやってきていたように思う。

13時が迫っていることで、既にほぼ受講者たちは席についている。N教授は一度事務室のある建物に寄るはずなので、そこへと向かうために下に見える広場を通る筈。と思って見ているとちょっと急ぎ足の姿が現われて、手には用意してきたレジュメを入れているものらしい大きめの袋状のバッグ。季節柄袖を少しめくった白のワイシャツだけの姿。飾らない普段通りの先生なのだが、ふいっと急ぎ気味だっ歩みを止めたのだ。そして手にバッグをぶら下げたまま正門の方に体を向けると、じっとその方向に見入ったのである。まさに「愛しむわが母校」を感慨をもって見る人の風情。若い学生の日から現在までの、そこに深く根差した日々を改めて見届けようとするかのような姿に映った。それほどに突然止めた歩みも思わぬものだったし、体の向きを変えて何かしら確かめ見ようとするかのように正門向こうに見入り、5、6秒間動かなかった様子も強い印象を与えるものだった。それを見、いまだに記憶にとどめている人間がいようなどとは、先生も夢にも思わないだろうことだけれども・・・・・・・・・。

             

 

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