「憂鬱な朝」日高ショーコ先生

日高ショーコ作 「憂鬱な朝」に惑溺して抜け出せなくなったblog。

その69 学校令 -「憂鬱な朝」 日高ショーコ先生-

2017-04-22 02:29:11 | 憂鬱な朝
ご来訪いただきありがとうございます。

今回は、学校令の話です。
※過去記事の修正、追記も含まれています。

以下、ネタバレ含みます。(既刊7巻まで)
なお、年齢は、作品内の数え方をそのまま採用しています。

以降、よろしくお付き合いください。

*********************************

前回、調べるのが一番難しいと書いた学校令(学校制度)。

それもそのはず。
御一新後の改革に伴い、学校制度も学制⇒教育令⇒学校令と次々と改定され、1918年までの間、学校制度は混乱を極めていました。
(※「憂鬱な朝」の智之と暁人様の頃は、「学校令」が制定されています。)
そのため、学校の呼び名も一定していません。何卒ご容赦ください。

初等教育(小学校)を卒業した子供の多くは、進学せず働くのが普通でした。

小学校から中学校に進む子供は、その先の高等科、大学、専門学校に進むことを前提としていました。
つまり、中等科・高等科は進学課程としての性格を有していたのですね。

子息を中等科・高等科に通わせることができるのは、皇族・華族を始め、子息を働かせる必要がないほどの富裕層です。
石崎総一郎の場合も、石崎家が日本有数の財閥だったからこそ進学が可能だったのでしょう。

お金の問題だけではありません。
高等科(高等学校)を卒業した後は、通常進学します。
中でも帝大への進学は、「いずれは御国のためにお役に立つ」(5巻24話)ことを目的とするものでした。

なお、華族学校(学習院)においては、学習院高等科の卒業者は大部分が帝国大学または他の官立大学に進学し、うち約三分の一が東京帝国大学(作中における”帝大”)に進学していたそうです。(学習院HPより)

…次回に続く。
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