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譲位というシステム 【源氏物語】朱雀院の人生を考えてみた

2017-07-18 | 賢きあたり
光源氏と同じ世代で、何かと光源氏と比べられ、必ず敗北するのが、兄の朱雀帝である。

この朱雀帝、悪い人ではない。
ただただ、光源氏に比べれば「平凡」な人。
小者。気弱。

そういう人である。

母の一族は権力者。
桐壺帝の第一皇子で皇太子になるが、
父の譲位で天皇になると、すべてがうまく回らなくなる。

叔父の右大臣は権力をかさにきて人望がない。
自身は母や叔父に逆らえなくて、影がうすい。
そのうち叔父が病死。
本人も病気がち。(若干ノイローゼ気味?)
位を保てず、数年で皇太子(腹違いの弟)に位を譲り、朱雀院となる。

高い位につくには、器が小さすぎたのだろう。
ただの宮様としてなら、上品な人柄だったのではないか。
そういうこともある。世襲制の弱点である。

この後、権力は光源氏とその係累にすっかり移っていく。

しかし、これで朱雀院の登場は終わりではない。
これ以降も、光源氏の引き立て役のように、かわいそうな役回りを続ける。

上皇になってから好きになった女性は、光源氏が裏で画策し、皇太子妃になってしまう。

自分の、少々鈍い感じの愛娘(女三宮)は、光源氏に嫁ぐが、不倫の末に若くして出家。

朱雀院の生涯は、とことん弟の引き立て役なのである。


しかし、これは物語だけの話ではない。

皇室の長い歴史の中では、「あ、こりゃイカンわ」という天皇も、案外いたのである。
乳兄弟を殴り殺してしまったとか、精神不安定とか、奇行、とか。

いずれも、短期間で譲位して(させられて?)いる。
源氏物語の朱雀帝のように、表向きは病気のため、ということもあったかもしれない。

平安時代においては、譲位というシステムは、天皇の逃げ道という一面はあったかもしれない。
もちろん、高齢や病気のための引退が大半だっただろう。
院政時代になると、譲位の後に権力を握る、という逆方向の意味になったが。

平成の御世、譲位はどのような効果をもたらすのだろうか。
本当に陛下の肩の荷が下りるのか、または、陛下の重要性が増すことになるのか。

これは、私などには予想はつかない。

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