AKI-FIELD

旅・鉄道・散歩など、大好きなものを語ります

戦時中の暗黒イメージに対する、若干の異論

2017-08-05 | 日記
私の父母は80代も半ばで、終戦の時には父は中学生、母は小学生くらいの年齢だった。
父は、漠然と、大人になったら軍人になるのだと思い込んで育ち、学校では、行進だとか、
海で船をこぐ訓練とか、そのようなことに真面目に励んでいたそうだ。
だから、戦争に負けて軍人にならなくていいとなったら、うれしいというよりは、
目標を失ったような気がしたと語ったことがある。

母などは、小学生だから、遠くの竹やぶに飛行機が落ちた時の衝撃。
下校途中に空襲警報が鳴って、頭上をアメリカの飛行機が飛んで怖かったこと。
など、記憶は断片的で、しかも、後からの映画やドラマのイメージが重なるようなものもある。

二人に共通するのは、農村育ちだからか、食糧難の記憶がないこと。(無論、粗食だった)
実際の空襲で、逃げる、家が焼ける、などは経験していないこと。
親、兄弟に、出征したものがいないこと。当然、戦死もない。
などが共通している。

だから、戦後生まれの私が、実際に身内から聞いたリアルな戦争体験というのも、
実は上記のようなものしかない。

父の実家は、戦争中に軍人の宿舎になっていたというが、それすら、
「将校さんはやさしくて、かわいがってくれた」
という、むしろノスタルジックな記憶なのである。

私の家族の戦争のイメージは、その後映画やテレビで描かれている戦争とは、どこかずれている。

成長して、私は書物、テレビ、映画などから、戦争の悲惨を知った。
実際に、東京大空襲の体験談も聞いたことがある。

どのエピソードも、真実にちがいない。
悲惨な、暗黒の体験も、ぽっかりとそこだけ抜けたようなのどかな記憶も。

だからなのか、私は戦争中の日本を、ただひたすらに「重苦しい、規制ばかりの、暗黒の時代」と捉えることができないのだ。
むろん、日本兵の残虐行為など、中韓の言うままを信じるつもりもさらさらない。

悲惨な、暗黒の記憶に比べれば、私の家族のようなむしろのどかなあの時代の記憶などは取るに足らないものだろう。
しかし、私が、悲惨、暗黒だけにスポットライトを当てるようなテレビ番組や映画には、若干の「嘘臭さ」を感じてしまうのは、
そのような事情によるのだ。

















『政治』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 80代の父が、「月刊Hanada... | トップ | サンデー・モーニングの印象操作 »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。