京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

KIMURAの読書ノート『そして<彼>は<彼女>になった』

2017年04月08日 | KIMURAの読書ノート
『そして<彼>は<彼女>になった』
細川貂々 著 集英社インターナショナル 2016年1

副題「安富教授と困った仲間たち」。安富教授とは、1963年大阪生まれ。現在東京大学東洋文化研究所教授。現役の経済学者である。と書くだけでピンとこない人は多いかもしれないが、一昨年辺りから女性の恰好をしてテレビに出演している東大の教授と言えば、脳裏に顔を思い浮かべる人もいるのではないだろうか。本書はその安富教授の半生を『ツレがウツになりまして』シリーズ(幻冬舎 2006年)で一世を風靡したイラストレーター細川貂々さんがコミックエッセイとして表したものである。

先に本書は「安富教授の半生」と記したが、それは正確ではない。どちらかと言えば、「困った仲間たち」の方に入る、安富教授の学問上のパートナーである「ふうちゃん」の半生が本書半分以上を占める。女装家教授として名を馳せている安富教授を語る上で、ふうちゃんの存在なくてしては語れないことがページをめくっていくごとに明らかになる。しかもそのふうちゃんこそが、安富教授の心の奥底に眠っていたトランスジェンダーの扉を開けた当人でもある。

ふうちゃんは幼少の時から攻撃的な実母との関係に悩み、安富教授は結婚した後、妻の軋轢を感じた時、その背後に実母の姿が見えるようになる。大学時代に知り合った2人が後に共闘を組んで自分たちの前に立ちふさがる母親との戦いに終止符を打ったのは、2人が知り合ってから20年以上も経ってから。とここに至るまでで全ページの4/5を占めるため、類似した親子関係の話なのかと思ってしまうが、やはり本書の肝はその後の1/5に集約される。なぜなら、実母との戦いに終止符が打たれたにも関わらず、心の内に不安がどこかしら残っているという感覚を抱かずにはいられなかったのである。それを見つけようとする2人。

その後安富教授は自身がトランスジェンダーであることに気づいていくわけであるが、ここに至るまでの所要年数は50年。それでも、安富教授は試行錯誤していく。とあるインタビュー記事で彼は次のように話している。

「自分の心の中に果たして明確な“性別”があるかというと、これが結構、微妙な問題。性別って身体の性器の形状で判断されているけど、心には性器はついていません。じゃあ、どうやって心の性を判定するかっていったら、男性が好きか女性が好きかってことになるんだけど、トランスジェンダーの人って私のように体が男性、好きなのは女性という人が半分、逆に恋愛対象も男性という人が半分で、実は半々なんです。女性のトランスジェンダーもその割合は同じだそうで。なので判定のしようがない」(ORICON NEWS 2015.08)


これまでの私が読んだ著書は「家族問題」は「家族問題」として、「トランスジェンダー」であればそれのみに特化されたものが多かったように感じる。本書のスタートは「親子問題」であったが、その問題はそれだけではなく、それ以外の自分に関わる問題は全てに連続性があることを教えてくれる。巻末には著者を含めた3人の鼎談が収録されており、ふうちゃんは「固有のつながりがあるわけで、あらかじめ型があってそれに当てはめるんじゃない」(p157)と語り、安富教授は「人の数だけ人生の物語がある」(p159)として、鼎談を締めくくっている。決してきれいごとでは終わるわけではないが、「連続性」を考えていくと、「問題」だと思っていたことが、案外そうでもないのではないかと本書を読んでいると感じてくる。

   文責  木村綾子

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