AKB48をめぐる妄想

AKB48にハマった私「カギ」が、好き勝手なことを述べるブログです。

久しぶりのチームB公演

2012-02-12 19:45:47 | Weblog
 いつまでも引きずっていても仕方がないので、AKB48公演に復帰。あの一件以来、劇場には行ったけれど、出張公演だったので。よりによってチームB公演になってしまったのは単なる偶然だけれど、まあ、かえって良いのかも知れない。いつものように抽選順は悪く、立ち見の最後方から。これもまぁ、今回に限って言えば、かえって良かったのかな。

 しかし、楽曲としての『シアターの女神』が、その歌詞が、あんなに痛切に胸に迫るというのは、初めて知ったなぁ。知りたくもなかったけれども。警戒していなかったので、うっかり落涙してしまったけれど、今日だけ、にしよう。

 あと、いつか「シアターの女神」公演で最前に座れたら、ある曲の、まだ誰もやっていない(けれど、誰かが始めれば、きっと定番になりそうな)ところで、特別なコールをしようと思っていたのに、とうとうその機会もなかったなぁ。これも思い出と共に封印、かな。

 チームB公演については、メンバーがほぼ全員、それなりに丁寧にやっているのは伝わって来た。けれど、あんまり見ていてわくわくしないんだよな。仕事としてそつなくこなしていて、最低限必要とされるクオリティは満たしているのだけれど、何だろうな、ルーティンワークというか、淡々とやるべきことをやっているという印象で、訴えかけて来るものがあまりない、というか。生き生きと、公演を楽しんでやっているように見えたのは、チームBメンバーの中ではしほりんだけだった。曲ごとに見ると「この曲ではこの子は良かった」みたいのはあるんだけれど、1公演を通じて維持されていないというか。あと、一人ひとりはそこそこしっかりやっていても、チームとして立ち上がってくる力をまるで感じない。

 MCについては、正直、自己紹介MCの途中で一瞬、帰りたくなった。設定された「お題」のお約束を破ったことを言ってみるというのも、たまには面白いかもしれないが、この人はそういうことが多過ぎないか。まったく空気を読まずにしばしばそれをやり、他のメンバーが止めにかかっても聞く耳を持たないというのは、もはやチームのお荷物と言うしかない。ご本人は悪気がないというか、少なくとも楽曲についてはこの日、終始だいぶ丁寧に演じているのが見て取れたので、むしろわりと機嫌が良い日だったのではないかと思うが、MCについては根本的に考え直した方が良いと思う。

 もっとひどかったのはその次に自己紹介をした人で、前の人のぐだぐだをフォローするどころか、その尻馬に乗っていい加減なことを一つ二つ言って終わりにしようとする始末。この人は楽曲の方も、この日は精彩を欠いていた。1-4曲目まで、どこにいるか分からないほど存在感が薄かったし(※「私には」そう思えたということ)、その後の曲でも気が散っている様子だった。たまたま今日、1回だけのことなら良いのだけれど。

 あと、グループチャットの話とか「そらな」「なあたあ」の話とか、そもそもMCというのは何なのかをまるで考えていないメンバーが多過ぎないか。メンバーの間でおもしろがっていることを、客への説明がほとんどない(説明しようとした人もいるが言葉足らずで説明できない)状態でしゃべっているだけで、客のことは置いてきぼり。公演のMCが「女の子たちの内輪話を覗き見しているような楽しさ」で語られる時期はもう過ぎている。

 一方、アンダーの研究生は、わりあい良い仕事をしていた。田野ちゃんは安定のクオリティだったが、いつもに比べるとそれほど良いわけでもなかった気がする。小嶋菜月さんがかなり良かった。最初の頃の野生児みたいなおもしろさが、そのうち小さく押し込められてしまって、しばらく低調なように見えていたのだけれど、最近また、アイドルらしい輝きを上手に出せるようになって来た気がする。

 武藤さんも最初のうちはキョドっていて、動きもぎこちなかったのだけれど、今は年齢相応の魅力をしっかり出しつつ、笑顔で大きく演じていて、好印象。大森さんは相変わらず、身体いっぱいを使って自己主張するようなダンスと満面の笑みがすばらしい。動きの端々が角張っているのも相変わらずだけれど、は、きちんと訴えかける何かがあるというのは、上手い下手を越えたところで魅力的に見えるものなのだ、

 それにしても、チームB、大丈夫かなぁ…。
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無自覚の邪悪に食い物にされる善意

2012-02-09 04:36:58 | Weblog
現代社会では、未成年は保護される存在、という建前になっています。それは私も承知しています。しかしそれは抽象化された一般論であり、あくまでも建前です。それを頭から信じ込み、予めその枠に現実をあてはめるように個別事例を見ようとするのはどうかと思います。現実には未成年者であれ、どうしようもないタチの悪い人間はいます。

さらには、善悪の判断がつかず、と言うよりも、そもそも悪という概念すら持たず、すなわち無自覚に、ただ自分の欲望を振り回し、周囲がそれを抑えようとすると暴力で押し通そうとするモンスターのような未成年者も存在します。ここで言う暴力とは、直接的に肉体を殴ったり蹴ったりすることだけではありません。ここでは、社会規範を逸脱した行為で他者の生活を脅かすことが暴力である、と捉えてください(分かりやすい例で言えば、暴走族の暴走行為は一種の暴力であるといった文脈です)。以下、今回の事例がそうだと断定はできませんので、私の妄想ということで参考までにお読みください。

このような「モンスター(=無自覚に邪悪な子供)」に対しては、他者に譲歩する心優しき善意の大人ほど、いいように食い物にされがちです。言い分を受け入れてやれば、少しはこちらの言い分も聞き入れてもらえるかも知れない、暴力的な行為を控えておとなしくなってくれるかも知れない。大人どうしならそういう暗黙の取り引きが通用するでしょうが、無自覚に邪悪な子供にとっては、自分の欲求を押し通すことが当たり前であり、引き換えに何かが必要だなどとは考えません。つまり、大人の側が期待する取り引きは成立せず、むしろさらに増長して暴力的に振る舞うでしょう。

そのようなモンスターが、超有名アイドルの家族に取り入って、何を要求すると思いますか。その中で何を守るために、何を差し出さなければならなかったと思いますか。どういう暴力的な状況にさらされて、どれほど絶望して言いなりにさせられたと思いますか。それでも善意の大人であればこそ、そんなひどい状況に対してさえ、最後まで責任を持とうとします。常識ある大人だからこそ、自分の側が悪かったと口にしてしまうのです。

さて、このような事態に対して、事態をきちんと解明することなく、法を型通りに適用するべきでしょうか。本人が認めているのだからと、法の精神を無視した表面的な解釈だけで、事務的に犯罪者を作り出すことが社会正義ですか。警察は捜査においてどこまでも正しく、決してやっつけのお役所仕事などしない組織でしょうか。マスコミはろくに検証もせず、それどころかわざわざ余計なプライバシー情報まで付加した上で面白おかしく書き立てていれば良いのでしょうか。

他のマスコミがほとんど報道しないことに疑問の声もあるようですが、まともな感覚の報道関係者だったら、この事態がおかしいことに気づくでしょうし、裏取りもしないまま情報を右から左に流したところで無価値であるばかりか、むしろ有害だと言うことは理解できるはずです。それでも有名アイドルの家族なんだから、スキャンダルとして流すべきですか。マスコミはそういう覗き根性に下世話に迎合すべきなのですか。

あー結局また寝付けないまま書いちゃったよ。明日、というかもう今日だが、また仕事が大変そうだ(^_^;)。
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権力の暴走と一部マスコミの愚昧

2012-02-08 04:08:48 | Weblog
 どうしようもなく怒りが湧き上がって、寝付けない。どうしてこんな話になるのだ。

 びっくりする話をネット上のニュースで見て、ほかにいくつかのネット上のニュースを確認した。愚かな連中に加担することになるので、ここでは個人名などは一切書かない。コメントにそのような書き込みがあっても公開しないのでお断りしておく。

 既に出回っている情報だけを見ても、望まないことを強制されていた、弱い立場だったのが誰なのか、はっきりしている。その被害者でしかない人を、警察が得点稼ぎのために無理やり理屈をつけて、加害者に仕立て上げているだけじゃないか。こういうのを権力の濫用と言うのだ。公権力は社会正義の実現のために行使されるべきものではないのか。法は弱者を守るために執行されるべきものではないのか。こんな不条理をまかり通らせて良いのか。

 さらに愚かで醜いのは、そのような警察の横暴を批判するどころか、その尻馬に乗って個人を特定するような記事を掲載しているという週刊文春だ。対象者が本来は被害者であることを承知の上で、売らんかな主義のためにわざわざ名指しして、弱い立場の人をさらに餌食にするとは何事だ。まさに週刊文春そのものが暴力の主体ではないか。本来ジャーナリズムは警察の間違いを糾し、権力の濫用への防護壁になるべきだというのに、そのざまは何だ。ジャーナリズムの使命も誇りも悪魔に売り払い、金と権力の走狗に成り果てたか。もはやジャーナリズムを名乗るのも汚らわしい。

 こんなことを許してはいけない。こんな不公正を放置することは社会の自殺行為だ。本当の被害者をきちんと守らなければならない。

 そして最後に、これによって傷ついている人へ。私たちはあなたと、あなたの大切な人たちの味方だ。大丈夫。安心して進んで欲しい。
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KII出張公演を見て来た

2012-02-07 22:54:45 | Weblog
 SKE48チームK IIによるAKB48シアターでの出張公演を見て来た。実は私にとっては「ラムネの飲み方」公演自体が初見。

 いやあ、楽しいわこれ。正直、もともとK IIにさほどの思い入れがない私が、しかもいろいろあってテンションが上がらないこのタイミングで観て、それでも楽しいと思えたし、観て良かったと幸せな気持ちになれた。

 セットリストはなかなか良いと思うけれど、正直、B3rdやS2ndのような神セットリストとまではいかないと思う(※あくまでも私個人の好みに基づく感想)。ダンスは頑張っているけれど、すごく上手いというわけではないと感じた。特に、何人かはもうちょっと頑張らないと、この先、チームの中でも取り残されかねない。ただそれでも、メンバーが全力でやり切ろうとしてることは感じ取れたし、そしてここからが重要なのだが「全員から」そういう気持ちを感じ取ることができる。個々のキャラクターはずいぶん違うようだし、体格や年齢や上手い下手を含めて凸凹はある。けれど、全員が「楽しみながら」それぞれの精一杯を持ち寄って一つのステージを作り上げているという意味で、伝わって来るもののあり、観る者の心を動かす何かがあるステージングであり、充実した良い公演だったと思う。

 しかし、AKB48が好きな身としては、いささか悔しいなぁ。今、チームA、K、B、4のどこが、あれだけのステージングができるだろう。外仕事で磨かれた選抜常連級の輝きや、研究生時代から劇場歴の長いメンバーのソツのない上手さは、まだ一枚や二枚は上かも知れない。だが、あれだけ劇場公演に打ち込むひたむきさや、気持ちのこもったステージングが、今のAKB48各チームにあるだろうか。少なからぬメンバーが各種メディアでフィーチャーされていることのアドバンテージを除いた時に、本当の意味で、ステージパフォーマンスそれ自体で人の心を動かすことができるのは、どちらの公演なのだろうか。
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春立つ今日の

2012-02-04 22:08:48 | Weblog
 行けなかった。そもそも券を持っていなかったけれど、仮にあっても行けなかったと思う。代わりに、というわけでもないけれど、もう彼女が立つことのない劇場で、これからの人たちが生き生きとした公演をしているのを見ていた。

 連日の寒さが少しだけ緩み、なるほど立春なのかと思える1日だった。彼女がAKB48のメンバーとして立った最後のステージには、どんな風が吹いていたのだろう。せめて彼女を迎えた視線が、冷たいものでなかったらいいのだけれど。

 春立つ今日、AKB48から旅立つ人に、これからも暖かな陽光が降り注ぐことを祈りつつ。

 さようなら、AKB48のなっちゃん。
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堆積したダメージの中から

2012-02-03 03:06:26 | Weblog
 今回の件、さすがにダメージがでかい。劇場にも足が向かないし、CinDyのカフェイベントも申し込んだものかどうか、迷っているところ。

 それにしても私が推しとか隠れ推しとか内心で推し候補とかにした子達が、こうも立て続けに不幸な目に遭うとなると、我が事ながらもう本当に何かの呪いじゃないかという気がして来る。私が呪っているはずはないのに、どうしてこんなことになるんだか。

 いつまでも引きずってはいられないので、そろそろ、劇場公演観覧にも復帰したいところ。ずっと劇場公演をを見届け続けるのが、私の果たすべき役割なのだと思っているので。とは言え、こんな時はさすがにつらい。

 次の推しは見つかるかなあ…とか書くと全方向から「頼むからウチの子だけはやめてくれ」とか言われそうだなぁ(^_^;)。誰かメンバー・研究生の中で「私なら大丈夫ですから推して!」とかいう勇気のある人いないかなぁ。いるわけないか(笑)。ていうかこんなところ読んでいないだろうしな。それに万一言われても(妄想妄想)今はこちらが怖いので推せないし。
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AKB48の夜と霧

2012-01-31 03:57:30 | Weblog
 日常生活を笑って過ごしながら、どうしようもなく重く大きい憂鬱が、心の底から半分以上に暗く澱んでいる。

 何なんだろうなぁ。どうして私は、こんな時まで冷静を装ってしまうんだろう。自分の推し(宣言するのが怖かっただけで、本当はもう数年前からそうだったんだよ)がしくじったその時に、なんで常識ぶったことをもっともらしく言ってしまうんだろう。我が子(脳内)が窮地に立たされている今、論理なんかむちゃくちゃでも我を忘れて必死に擁護するべきだろうに。それがアイドルを好きになるということだろうに。

 私は、劇場は頑張りが報われる場所であって欲しい、と思って来た。だが、彼女が6年間、誰よりも数多くあの劇場公演に出演して来た頑張りは、一体、どれほど報われたのだろう。

 今でも思い出すのは、旧柱の会のメンバーブログで、A4thの初日に彼女が上げたエントリと、そこに載っていた鍋の写真だ。チームBへの移籍を命じられ、1年余の活動をほぼリセットするかのように新人たちとやり直さなければいけない状況の中、彼女が迎えることのなかったA4th初日を、どんな思いで過ごしたか、彼女の家族がどんな思いでそれを見守り、支えたのかが偲ばれるものだった。

 それでも一に根性、二に努力、そして持ち前の明るさで、彼女は頑張り続けた。まだ中学生でありながら、自分より年上も含めた後輩たちに溶け込みつつ、大人たちとの仲介役になり、まさに「中三管理職」として、見事な働きを見せた。BINGO!での選抜入りが、せめてものご褒美、だったのだろうか。

 そうしてチームBは、多少のぐだぐだ感と不安を残しつつも、どうにか一人前になり、チームとしてはA、Kをしのぐほどの人気を得るまでになった。そしてついに「初日」のAX 1位という金字塔を打ち立てるに至る。だが、チームBでの彼女の貢献が報われたのは、この辺りまで、だったような気がする。

 渡り廊下走り隊はどうなのか、という意見はあるかも知れない。だがそれは、彼女の努力に報いるための「ご褒美」だっただろうか?それよりはむしろ、気ままな子ども揃いのユニットにあって、チームBで見せたような貢献を、再び彼女に求めたからこその加入ではなかったか。彼女はリーダーという名の下、再び管理職として、つまりあのユニットに必要だからこそ送り込まれたのであって、決して「ご褒美」だったわけではないように思える。

 組閣により、共にチームBを立ち上げたCinDyは、ほとんど報われることなくまた新しいグループに移籍させられた。彼女自身はチームBに残ったけれども、チーム結集の軸を欠き、ある意味で旧チームBよりもタチの悪いぐだぐだチームになってしまった。加えて、キャプテン制を敷いたことで、キャプテンでもない彼女の発言力は大幅に削がれた。そもそも彼女が「1期生である」ということを大人たちが尊重していないのだから、他のメンバーが尊重するはずもない。せめて副キャプテンという肩書きでもつけてやれば、いくらかマシだったように思えてならない。

 最早どれほど頑張っても、AKB48での序列はあらかた決まっていて、超越的な力を持った存在から特別な恩寵を受けない限り、それは変わることがない−−−というのは、AKB48の酸いも甘いも、いや、辛酸を知り尽くしている彼女であればこそ、誰よりも身に沁みて分かっていたことだろう。

 ぐだぐだなチームに取り残され、一人頑張っても空回りする日々が続いた中で、それでも彼女に「AKB48のためにすべてを捧げよ」と禁欲を求め続けることは、フェアなやり方だったと言えるのだろうか。さらには盟友CinDyが、相変わらずほとんど報われることのないまま、全員卒業という名の下に48グループから追われるのを目の当たりにして、彼女はそれでも「AKB48は頑張りが報われる場所」だと思えただろうか?

 握手会の場で、最後に挨拶すると言う。けれど、物分かり良く、ごめんなさい、さようならなんて言って欲しくない。今からでも遅くない。泣き崩れながらでも良いから「それでもAKB48に残りたいです」と言って欲しい。「もう一度だけチャンスをください」と叫んで欲しい。それさえもする気になれないほど、彼女の絶望が深いのだとすれば、AKB48プロジェクトを取り巻く夜と霧は、あまりにも濃いと言わざるを得ない。
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繰り返される憂鬱

2012-01-28 19:00:42 | Weblog
 さすがにもうバレバレだろうし、これまでも握手会とかには行っていて大丈夫だったんだから、そろそろ推し宣言しても良いかな、などと思い始めた矢先にこの有様。疫病神か。

 とてもとても悲しくて悔しくて残念だけれど、個人的な思い入れは別にして言うと、今回の2人は、かばってあげようがない。何年AKB48にいて、どれだけこういう事例を見て来たのか。本人たちも分かっていたはずだ、と言うしかない。

 私個人の考えとしては、メンバーにもプライベートな時間はあるべきだし、その中では男友達くらいいるのは当然で、さらには恋人がいたって不思議はない、という立場ではあるんだが、一般的なアイドルビジネスの範疇では、そう思われていない、というのは事実。過去のことはともかく、AKB48にいる間は「恋愛禁止」ということになっている以上、そういうプライベートな交友関係が表沙汰になることが彼女たちの仕事にとってどういう意味があるのかを考えれば、少なくとも相当警戒して、身を謹んでおくべきだと思っている。

 今回の件、何より頭が痛いのは、他人から隠し撮りされた写真といったものではなく、本人たちが嬉々として写真を撮り/写り、あろうことか自らそれをネットで閲覧可能にしていた、という点だ。うかつというより、考えが甘いとしか言いようがない。

 もしかすると、あの「チームBの一番長い日」を経験した2人が、そこから戻って来た人を見て、逆に「何をしても時間が許してくれる」と勘違いをしたのかも知れないが、人生経験も芸能活動も浅かった中学生なら「愚かな間違いだった」で済むことも、AKB48に入って5年も6年も経ち、高校も出ている人たちがやったら、さすがにもう「子どもの間違い」とは言ってもらえない。

 そういう意味では、本人たちも分かっていたはず、としか言いようがない。ただ、もしかしたら、この先AKB48でなくなった途端に、これまで仲が良いと思っていた人たち、親切にしてくれた人たちの多くが、あなたたちの周囲からさーっといなくなっていくだろう、ということは、まだ分かっていないかも知れない。代わりにあなたたちに近付いて来る人たちの中には、ロクでもない人が少なくないということも。

 どうかそういうロクでもない人に関わることなく、道を過たず、平穏に良い人生を歩んでいって欲しいと思う。今回のような間違いをしているようだと、本当に心配だけれども、せめてこれを良い学習の機会として欲しい。

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好きな曲が絞り込めない

2012-01-27 01:03:24 | Weblog
 来週半ばで間に合うはずだった資料を、木曜の夕方になって、急に金曜の会議までに作らなければならなくなった。家からでもある程度のことはできるんだが、今回のは外部から接続できないシステムにアクセスしないと作れないので、一人寂しく残業中。いや、2ndディスプレイにGoogle+を表示させてるから大丈夫!…と言いたいところだが、この時間帯、メンバーの発言が活発だから、寂しくないどころか気が散って、逆の意味で大丈夫じゃないかも(^_^;)。

 ということだけ言いたかったのだが、せっかくなので、ゆうべ書いたままuploadしていなかった文章を以下に。ちょうどGoogle+がちょこっと絡んだネタでもあるし。

 Google+ でやすす氏と、それを真似てなっちゃんが好きな曲を挙げていたので、私も考えてみたのだが、ぜーんぜん絞れなかった(^_^;)。ということで、とりあえず私が好きな上位「10曲」を挙げてみた。まあ単純に「好き」というよりも、いろんな因縁があって、私の心に食い込んで離れない曲、という感じになってしまうのだけれど。リクエストアワー セットリストベスト100 2012の基準には準拠せず、外部ユニットも含めて、ということで。

1. ライダー
2. 青空のそばにいて
3. 明日は明日の君が生まれる
4. RIVER
5. タンポポの決心
6. 桜の花びらたち
7. 孤独なランナー
8. Pioneer
9. なんて素敵な世界に生まれたのだろう
10. あなたがいてくれたから

 これらに続くのが「ガンバレ!」「僕は待ってる」「蜃気楼」「未来の扉」「初日」など。

 一方、個人的な思い入れは別にして、楽曲として好き、ということで、上記に含まれていないものとしては「水夫は嵐に夢を見る」「回遊魚のキャパシティ」「TWO ROSES」「デジャビュ」「キスの流星」「雨のピアニスト」「Beginner」「Two years later」「記憶のジレンマ」「背中から抱きしめて」「夏が行っちゃった」「涙売りの少女」「好きと言えば良かった」「愛、チュセヨ」「Only today」「ひこうき雲」など。見事に一貫性がないな(^_^;)。
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ユニット祭りの感想

2012-01-24 02:53:02 | Weblog
ユニット祭り、予想よりはるかに、と言うとかなり失礼になってしまうけれども、とにかく楽しかった。正直、初めての試みでもあり、どんな風になるのかがイメージできず、ただ派生ユニットとソロデビュー組の歌を順番に披露するのかな、くらいのことしか想像していなかった。

もちろん派生ユニットとソロデビュー組が代わる代わる歌を披露していくのだけれど、異なるユニットが入れ替わり立ち代わり、それぞれの歌を次々に歌い継いでいく構成は、それだけでかなり圧倒された。各ユニットのCDタイトル曲ばかりなので、つまりは「A面コレクション」であり「ヒットメドレー」でもあるのだから、当然と言うべきか。まあ個人的な好みで言うと、ノースリーブスの「キスの流星」とか、ペルソナ(一応別ユニットってことで)の「3seconds」とかも聴きたかったなぁ、ってのはあるけれど。

さらに、中盤では劇場曲のユニットシャッフル。「黒い天使」をSKEの松井R+ちゅり+かのんとか、「ウィンブルドンへ連れて行って」をぱるる・あんにん・れなっちとか、みおりんやまりやぎ、かれんほか(ほか扱いにするな!と言われそうだが)のスカひらとか、さや姉とみるきーほかの「口移しのチョコレート」とか、じゅりなの「愛しさのアクセル」とか、いやあ、良いもの見られた、という感じ。そうそう、こういうシャッフルでいつもと違う一面が見られるのがコンサートの楽しみだよね。

黒い天使はSKE各チームのエースが顔を揃えており、圧巻の出来。ウィンブルドンではぱるるが素晴らしい。ぱるるはいつもの劇場公演を全曲、この1曲と同じだけのテンションとクオリティでやり通せるようになれば、もっとチャンスが広がると思うんだがなぁ。気が向くとすごいけど、めったに気が向かず、たまに気が向いても長続きしない、っていうのは、プロとして仕事を続けていく上ではダメってことになるので。って、話がそれた。ぱるる論はまたいずれ別の機会に。スカひらは7人ともまずまず良かったのだが、私としては前述の3人が特に良かったように思えた。みおりんは歌い出しでちょっと声が上ずったけど、それを帳消しにできるほどの輝き。

口移しはもー、みるきーがハマり過ぎ。さや姉もすばらしい。城さんはさすがに若過ぎかなあ。あと、若い割に小器用に、そこそこ上手にできちゃってるところが、かえって空々しさを増しちゃっているというか。ここが山田菜々さんだったらモノスゴイことになっちゃうのにねぇ、というのを私の友人たちが異口同音に言っていた。さすがにそれだとお色気が過ぎるという場合は、まーちゅんとか良いんじゃないかなぁ、というのは私の意見。愛しさのアクセルは、たかみな以外であの曲をやってサマになるとしたら、確かにじゅりなだよなぁ、という納得の配役であり、そして実際に納得のクオリティ。

ユニット祭りの中に、数曲だけ劇場曲でのユニットシャッフルが出て来るのは唐突と言えば唐突なんだが、もしかすると「まだほかにも、こんな良い子たちがユニットデビューのチャンスを待っていますよ」というショーケースというか、業界向けアピールにもなっている、のかなぁ。まあ今回のは「この組み合わせで1ユニットじゃ贅沢過ぎでしょー」というものばかりだった気がするから、特に今回の組み合わせでっていうことではないのだろうけど。

というわけで、ユニット祭りは楽しかった。とりあえず明日の仕事もあるのでこの辺で。
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