あるく あかるく

健康長寿 めざしましょう

覆面を被らず試合をしたマスクマン

2017-05-19 06:38:21 | 日記
突然の行動
 謎のマスクマン、ザ・バンピートがリング下に現れました。
どんな戦いをするのか、満員の観衆の期待が盛り上がります。
1983年新日本プロレスの蔵前国技館大会、ジュニアヘビー級王者決定の大一番です。
 とその時、マスクを被った男が信じられない行動を始めました。

 毎週金曜日は「甦れ!金曜8時の昭和のプロレス」と題して、当時活躍したマスクマン
のランキングをお届けしています。
ベスト3に入る前に、番外編第3位「上昇志向の高い男が取った行動」です。

 空前の大ブームを巻き起こした初代タイガーマスクが突然引退し、新日マットは大混乱
していました。
急遽所属レスラーの高野をザ・コブラに仕立て、バンピートとNWA世界JRヘビー級
王座決定戦を争わせました。
マスクマンとして日本中の人気者になったタイガーの後継者はやはりマスクマン、その
ライバルもマスクマン、の思いからでした。
 ところがバンピートは大事な決戦を前にして、自ら覆面を脱いでしまったのです。

 素顔を晒したのは初来日のデイビーボーイ・スミスでした。
タイガーが稀代の人気者になれた一因には、その動きを引き立てるライバルの存在が
ありました。
 最大のライバルだったダイナマイト・キッドは、妥協の無い試合ぶりでファンの心を掴み
ました。
スミスはそのキッドの従妹、だから顔だちも体つきも叩き着ける様な戦い振りも全てが
キッドに似ていました。
注目を集めたこの一戦で、スミスは一躍新日のスターレスラーに駆け上がりました。
 詮索好きのプロレスファンにとって、突然マスクを脱いだ理由は格好のテーマでした。
新日首脳が描いたサプライズ演出だ、いや動きづらいマスクを嫌ったスミスの勝手な判断だ、
もっともらしい理由が色々出されましたが、真相は明らかになっていません。

正解の無い推理

 翌年ふたりは突然ライバル団体の全日に転出してしまいます。
両団体の熾烈な引き抜き合戦の影響を受けたのです。
全日マットでも勢いを見せつけたコンビでしたが、長くは続きません。
コンビを解消してスミスは更に別の団体に移籍して行きました。
 昭和のマスクマンとして記録には残るけれど、記憶には薄いザ・バンピート。
それはそうでしょう、スミスにはマスクマンとして活躍する気などサラサラなかったのです。
「いつまでもキッドとセットで動く気は無いぞ、オレはひとりでスターになってやる。」
 人気者のキッドの知名度を利用してのし上がり、コンビでスターの地位を固めたら独り立ち
してファイトマネーを稼ぐ。
国技館の決戦直前にマスクを脱いだスミスの脳裏には、こんな計算があったのだろうと私は想像します。
 
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« お弁当ばこのうたとオオルリと | トップ | ホダギに菌と願いを打ち込んで »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。