めざせ極上ライフ

謎のライターAkariのブログ

隙を見せず、ガードを緩めず

2013-05-31 21:55:15 | 日記

何かとバタバタしておりまして、ブログの更新が 途切れがちになってしまいました。ちなみにここ2・3日、 仕事の関係で仕方なく、書店の占いコーナーをうろうろしていたのですが、 こういった場所(スピリチュアル系・精神世界系の本がある一角)というのは、 実は怪しい宗教団体の勧誘やスピリチュアルナンパ(と個人的な呼んでいる^^) の「るつぼ(集中地帯)」でして、 安易に近づくのはお勧めできないないエリアでもあります。

ぼんやり本棚を眺めていたり、夢中になって本を呼んでいたりしますと、 どこからともなく現れた勧誘・ナンパ目的の人々に声をかけられ、 団体の事務所に連れて行かれたり、お茶を飲みに誘われたりして、 厄介な出来事に巻き込まるケースも多々あり。 同様に、スピ好きな老若男女が集まる神社や仏閣なども、 「仲間」を探す人々がたむろしていることがありますから、 無闇に長居をせず、用事が済んだらサッサとその場を離れるほうが賢明です。

元々下心のある人間はさておき、 精神世界にはまっている人たちというのは、 とかく自分の信じている世界・自分のやっている行為を「正しいこと」 と思い込んでいるがゆえに、勧誘などにも非常に熱心に取り組みます。 今日も近所の書店で、相性占いの本を熟読している若い女性がいましたが、 「スピリチュアルの本を手に取る=悩みがある」 とアピールしているようなもので、 勧誘する側にとっては「実にわかりやすい目印」でもあるのですね。

客観的に見ても、スピ好きな人たちは、 かなり「心身のガードが甘い」のは確か。 知らない人にアドレスなどの個人情報を教えたり、 会ったばかりの人の家に宿泊させてもらったりして、 無用のトラブルを呼びこむ人たちもたくさんいます。 精神世界もスピリチュアルの世界もすべて、 「人としての一般常識」があってこそ活きるもの。 これからこのような場所を訪れる際には、 「隙を見せず」「ガードを緩めず」が鉄則ですよ。

photo<伊雑宮>


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足元を見る

2013-05-27 11:57:00 | 日記

今日本人にとって大切なのは、 「足元を見ること」ではないかと思います。 よく「足元をすくわれる」などと言いますが、 停滞状況が改善し始めてきたときほど、 「まだ来ない未来」にばかり気を取られ、 今やるべきことが疎かになりがち。 私たち個人の運気も、夢や希望は心の奥底に秘めながら、 まずは「今日のノルマ」をしっかりとこなしていく姿勢が、 最終的に「強固な幸運」を作る上げるのでしょう。

多くの次元、多くの人間の魂が入り組んでいるこの世の中でも、 人が実際に歩いていけるのは自分の足の下にある大地だけで、 どんなに壮大な目標も、まずは自力で一歩踏み出さなければ、 絶対に達成することはできないもの。 普段何気なく身体をゆだねる大地の中には、 人間の命を維持するすべての種が潜んでおり、 私たちは知らず知らずのうちに、 「足元から」生きるエネルギーを頂いています。

今与えられている環境や、今手元にある物を大切にできない人間が、 「大切にしたい未来」を手に入れられるはずもなく、 邪道な手段で幸運をつかむたびに運気は疲弊し、 「自分の足元」はどんどん衰えるだけ。 ここ最近、世界各地で土地の陥没事故が相次いでいるように、 足元を見なくなった人々の暮らす大地が、 次々に崩壊していくのは明らかです。 迷った時はまず「自分の足元を見ること」も、 私たちには必要なのかもしれませんね。

photo<伊雑宮>


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心を鍛える

2013-05-26 17:29:00 | 日記

結局、人が生きる目的というのは 「今という時間に感謝できるかどうかなのだな」と、 先ほど近所を歩きながらふと思いました。 私自身も、厄介な問題を突きつけられたり、 難しい悩みを抱えたりすればするほど、 「感謝なんかしてられっか」というのが本音ではありますが、 その中でも何とか気持ちを立て直し、 「ありがたいこと」を見つけられるかどうかで、 運気改善のスピードも速まるのだと。

人間誰しも、物事が上手くいっているときや、 困ったトラブルが収まったときに、 「ありがたい」と思えるのは当たり前。 ただ、本当に私たちが試されているのは 「嫌な目に遭ったとき」の対処の仕方でして、 たとえ本心から感謝などできなくても、 けなげに隠れた恩恵を探そうとできるかが、 本当の意味でその人の人生に幸運をもたらすのでしょう。

この変化の世界で生きている限り、 「問題が起こらない状態」を続けるより、 「問題が起こっても早めに解決する状態」を維持しているほうが、 最終的には心の安定が得られるもの。 「今の生活に感謝をする」という心がけは、 問題解決の早さを決める大きなカギでもあります。 「落ち込んでいるときこそ、心を鍛えるチャンス」と捉え、 どんなトラブルもサクサク解消できる人間になりたいですね。

photo<伊雑宮>


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蘇りの力

2013-05-25 16:27:20 | 日記

先日「一生悩みは尽きない」というテーマで記事を書きましたが、 ひとつひとつ悩みをクリアするたびに、 擬似的な「蘇り」を繰り返しているのかなと、 ふと思ったりしております。 つまり、悩みから浮上するごとに、 人間は新たな命を吹き込まれ「若返っている」 とも言えるわけで、悩んでいる最中に極限まで老化した細胞が、 「自らの力で」問題を乗り越えた結果、再び生まれ変わるのだと。 そう考えると、悩んでいるときの苦しみも決して無意味ではなく、 「産みの苦しみ」と同じような感覚なのかもしれません。

まあただ、できることなら細胞を老化させる前に、 最小限のリスクで若返りを図ったほうがよいのも確かですから、 悩みの最中の「心のケア」は本当に大切。 似たような悩みを抱えてても、 極限まで自分を追い込んだり、他人に依存しすぎたりしている人と、 前向きに解消法を模索している人とでは、 問題解決までの過程に差が出るもの。 とにかく、何もせずにじっと心を痛めているよりは、 ほんのちょっとでも「自分でできる行動」を取りながら、 「不要な選択肢」を潰して行ったほうが得策です。

占いなどのスピリチュアル的な行為が、 貴重な「細胞若返りのチャンス」を阻むのは確かで、 占い師や霊能者と接することにより受け取る「他人の細胞」は、 せっかく訪れた生まれ変わりの機会をことごとく台無しにします。 女性が「自力で赤子を生み落とす」ように、 最終的に新たな命は自分の力でしか蘇りません。 心さえバランスよく保っていられれば、 肉体の病も諸々の問題も、必ず解決する日がやってくるはず。 人間生きている限りは、誰にでも同じ量の「蘇りの力」が 宿っているのだと思いますよ。

photo<伊賀>


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明るく悩む

2013-05-23 15:42:31 | 日記

まあしかし、「毎日安定した気持ち」を保つということは、 想像以上に難しいものでして、ちょっとした外部の刺激や、 身勝手な思い込みが原因で、様々な懸念を抱えてしまう自分に、 時折本気でウンザリしております^^。 ただ、最近は仮に厄介な問題が起こっても、 暗い気持ちを引きずりながら判断を下すのではなく、 「なんとかなる」というサッパリした心の状態で、 結論を出すよう心がけている次第。 どだい人生でできることには限界があるのですから、 そんなにパーフェクトな解答を求めずとも、 物事は必ず収まるべきところに収まります。

これまでの経験を振り返ってみても、 焦りや不安にかられながら起こした行動ほど、 他人に迷惑をかけたり、無用の心配を増幅させたりと、 気持ちとは裏腹の結果に至るのが通常。 一時の感情の波をやりすごし、 時間をかけ冷静になって出した答えのほうが、 自分にとっても周囲にとっても「やさしい結末」 にたどりつくのは確かで、とにもかくにも気持ちの中に、 「平常心になってからもう一度考える」くらいの余裕を持たせ、 まずは常識的で落ち着いた判断をすることが大切でしょう。

どんなに気合いを入れて、ひとつひとつの懸念をつぶしていったところで、 日が経てば必ず別の問題が起こり、新たな課題をつきつけられるのが通常。 とすれば、身の回りの問題をすべてひとりで背負おうとせず、 「何か大きな問題が起きたら、自分の心が正確な判断を下せる」と、 寛容な気持ちで事に対処すれば、何も心配は要らないのだと。 大事なのはいかに早く問題を解決するかではなく、 「いかに早く心を安定させられるか」です。 自分の心身に潜む力を信じ、 今日も「明るく悩みながら」過ごしたいものですね。

photo<信楽>


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自然への感謝の渦を

2013-05-22 16:55:11 | 日記

先日、アメリカのオクラホマ州で大規模な竜巻が発生し、 甚大な被害が出たというニュースを観ました。 残念ながら小学校が被害に巻き込まれ、 多くの子どもが犠牲になられたそうですが、 昨年のGWに北関東で大規模な竜巻が発生した際も、 小学校の建物が大きな被害に見舞われています。 日本の場合はその日が「たまたま」休日だったからよかったものの、 これが平日にずれ込んでいれば、大きな被害が出ていたはず。 ここ最近、天気予報などでも頻繁に警告しているように、 今年は日本でも竜巻の発生回数が増えるとの予測があり、 これから夏に向けて、台風だけでなく竜巻の被害にも注意が必要です。

二つの出来事を比べて思うのは、 日本の場合は「なぜその日学校が休みだったのか」ということで、 東日本大震災を例に上げても、地震の発生時間が真夜中であれば、 犠牲者の数がさらに増えていたのは事実。 それぞれ地形的な条件の違いがありますし、 単なる偶然と言ってしまえばそれまでですが、 日本で起こる天災にはなぜか「犠牲者を最小限にとどめる」 という、強い自然の意思を感じるもの。 私たち日本人がこれまで以上に、 天と地の恵みに感謝しながら生活することで、 ひとつひとつの天災を抑えなければいけません。

地震も津波も台風も竜巻も火災すべて、 自然が生み出した「渦」から発生し、 地上にある様々なモノを強制的に浄化します。 もし神様の人間に対する怒りが左巻きの渦であれば、 人間が自然への敬いという右巻きの渦を起こすことで、 自然現象は中和され天災は無難に収まっていくのだと。 今大切なのは、地震・津波・台風・竜巻・火災と、 個別の避難方法ばかりにとらわれるのではなく、 「災害の根本」を見つめる姿勢です。 自然という生き物に対し、人間である私たちが何をできるのか、 早急に考えなければいけないのでしょう。

photo<多賀大社>


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神様の力添えに

2013-05-21 11:55:17 | 日記

現代日本人が履き違えている言葉のひとつが、 「謙虚さ」というワードではないかと思います。 ときどき周囲の人と話していて気になるのは、 「どうせ私なんかダメだし」「私は精神が幼いから」 「のろまでごめんね」等々、 一見謙虚で慎ましく感じられる発言の数々。 ただ、こういった言葉の中に潜んでいるのは、 単に「自己保身」の気持ちのみでして、 謙虚さとはまったく異質のもの。 「自分は偉い」と思い込むのも危険ですが、 謙虚さを履き違えたまま生活をしていると、 せっかく立ち直りかけている日本の運気に、 水を差すことにもなりかねません。

ちなみに、伊勢の遷宮と日本経済の復興には、 相関性があると言われており、過去の記録でも、 遷宮の年から景気が上向く傾向が見られるそう。 ある神社の宮司さんが、 「こうした現象を“神慮”と考えることができるのが、 日本人的な謙虚さだ」とおっしゃっているように、 ギリギリの状態で生き延びている今の日本の状況を、 「ただの偶然」と切り捨てる人がなくならない限り、 不安定な綱渡りの状態は続き、ゆくゆくは 恐れているような事態につながるでしょう。

普段の生活の中で「目の前にあるすべては、 神様やご先祖から与えられているものだ」と意識をしながら暮らしていると、 「私が私が」というガツガツした気持ちも、 「どうせ私なんか…」というひねくれた気持ちも消え、 等身大の自分を素直に受け入れられるようになるはず。 日本人全体が「真の謙虚さ」を取り戻せば、 必ず景気は安定し国防も強化されます。 頑張ったときは「よくやったな」と自分を褒め、 よいことがあったら「ありがたいな」 と見えない存在に感謝する姿勢が、 巡り巡って日本を守る神様の力添えになるのは確かですよ。

photo<多賀大社>


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情緒を育むとき

2013-05-20 13:00:00 | 日記

ここ最近、パソコンのメンテナンスをしていたり、 新しいモバイル機器の操作をしていたりしますと、 「心の余裕」が失われイライラしている自分に気づきます。 その昔はIT関連の会社で働いていた時期もあり、 周囲からは「パソコンとか得意でしょ」 とか思われている節があるものの、 「できれば機械には触りたくない」というのが本音。 仕事や生活の便宜上仕方なく操作を覚えているだけで、 「この手間が省ければ、どんなに時間を有効活用できだろう」 と、意味不明のカタカナ用語とにらみ合いながら、つくづく考えてしまいます。

昨日たまたま読んだ新聞の中にも、 「現代人から情緒が失われているのは、 情報の取捨選択に時間を割きすぎるから」 という内容の記事がありましたが、 仮にネットで商品を買うとしても、 様々な注意書きを読み、様々な項目にチェックを入れ、 様々個人データを入力する…等々、神経をすり減らす作業の連続。 無知な子ども時代であれば、何の疑いもなく進められた作業も、 「何かあれば自分のせい」と責任を丸投げされる大人にとっては、 日々の取捨選択のひとつひとつが、大きなストレスとなって 肩にのしかかってくるのが通常です。

本来、外部からもたらされる情報というのは、 異質な刺激を受けることで、自分の中に「情緒」を育むためのものでして、 毎度情報の真偽自体を疑うようでは、どんな有効な情報も宝の持ち腐れ。 大量の情報を浴びせることで、 思いやりや心づかいといった、人間にとって一番大切な感覚を麻痺させ、 「一部の人たちだけが潤うように」一般人を誘導しているのが、現代社会なのですね。 もうこれからは、情報量やスキルアップを追求する時代ではなく、 各々の中に「豊かな情緒」を育む方向へと進むのが正解。 パソコンもモバイル機器も、 「情緒」で使いこなすときがやってくるのかもしれませんね。

photo<多賀大社>


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若返りの刺激

2013-05-19 11:48:36 | 日記

日常生活から「悩み」を追い出すことは不可能でして、 特に目立ったトラブルもなく生活をしていたとしても、 どこからともなく「悩み」はやってくるもの。 「悩み」という刺激がなければ、 貴重な人生をボーっとしたまま、 無駄に過ごしやすいのが人間ですから、 「悩みがある」という状態はある意味、 細胞活性化の役目も担います。 要は悩みをいかに避けるかが重要なのではなく、 「悩みといかに付き合うか」が試されているのですね。

「すべての病の元はストレス」 「悩む時間のほうが毒」などとよく言うように、 私たちが持つ独自の思考の癖は、 諸々の病気や対人問題を引き起こす原因にもなりがち。 逆に考えると、偏った思考の癖を直しさえすれば、 病気や対人問題を軽減できるという証拠でもあり、 言うなれば「悩み癖の改善」こそが、 悩みそのものを軽くしてくれるカギ。 実際にほんのちょっと悩み方を変えるだけで、 トラブル解決の時間は驚くほど早くなります。

「すべての悩みは自力で解決できる」というのは本当で、 「そのときどきの自分」を信じる気持ちが持てれば、 悩みは「若返りの刺激」に変わるはず。 逆にうつうつと悩みを引きずり、自分を虐める時間が増えれば、 悩みは悪い細胞を生みだす刺激となり、老化や寿命を早めるでしょう。 たとえ悩み考える時間があっても、 最後の最後は「何とかなるだろう」 と自分を頼りにできたならそれでOK。 自分を信じようとするその心がけが、 すべての悩みをよい刺激に変える特効薬なのかもしれませんよ。

photo<向源寺>


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守られている人

2013-05-18 17:21:00 | 日記

「やるべきか、やめるべきか」「行くべきか、行かざるべきか」等々、 二者択一の選択で迷う瞬間が、日常生活では多々起こりがちです。 特に、頭の中が「スピ脳」に汚染されると、 ちょっとしたトラブルが発生するたびに、 「もしかしてこれはNOのサイン?」と、占いや霊能に頼りがち。 スピリチュアルに頼ろうという気持ち自体が、 「守られていない証拠」ですから、 スピ脳に汚染された人が、「何をやっても裏目に出る」 のはある意味当たり前なのですね。

ちなみに私自身も、以前は「これってNOのサイン?」と、 いちいち気にするような人種でして、 年中占いツールに頼っては、「やっぱりやめる…」を繰り返してきたタイプ。 仮に計画が上手く行かなかったとしても、 行動しないでやめるのと行動した上で知るのとでは、 「その後の自分の人生」が大きく変わるのは事実で、 今となれば「もっと自由に行動すべきだった」と、 後悔するような記憶もたくさん残っています。

「本当に守られている人」であれば、たとえ間違った選択をしたとしても、 必ずリベンジや方向転換の機会が訪れるもの。 それも、スピに頼らなければわからないほど微小なきっかけではなく、 「これはヤバい」と認識できるくらい「明確なお知らせ」です。 不安と不運の連鎖を呼んでいるのは、まさしく 「努力なしに結果を知ろうとする気持ち」に他ならず…。 スピへの依存心が「神様やご先祖の守り」 を遠ざける最大の要因なのは確かでしょう。

photo<向源寺>


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