めざせ極上ライフ

謎のライターAkariのブログ

上手なかじ取り

2012-12-31 17:27:27 | 日記

自分の身を守るのは、他でもない「自分自身」でして、 どんなに責任転嫁をしようとも、どんな言い訳をしようとも、 自分の身に起こるすべての責任は自分自身にあります。 これと同じように、日本の国を守るのは「国民の義務」であり、 2013年という年は、多くの国民がこのことを強く実感する年になるはず。 世間には「日本が武装化するくらいなら、 他国からの侵略行為を受けたほうがマシ」などという馬鹿げた意見もありますが、 自分の国を守るのは、自分の身を守るのと同じくらい大切なこと。 価値観の違う相手を説得するのが難しいように、 上面だけ「平和」や「愛国」と唱え続けていたところで、 民族性が根本的に異なる人たちの心に訴えかけることはできません。

ある新聞の社説欄に、 「今に戦争になるかもしれないという、かなりに大きな確率を眼前に認めて、国々が一生懸命に 負けない用意をして、そうしてなるべくなら戦争にならないで、世界の平和を存続したいという 念願を忘れずにいれば、存外永遠の平和が保たれるかもしれないと思われる」 という文章が載っておりました。 他国との無駄な戦争を避けるためには、 まず多くの国民が「戦争が起きるかもしれない」という現実を、 しっかりと認識するのが大前提で、 こうして日本人が平和に年を越そうとしている間にも、 価値観の違う国や人間は着々と目的遂行のタイミングを伺っています。

現実的に考えても、異なる民族性を持ち、異なる教育を受け、 異なる生活環境で生まれ育った人間同士が、 突然手を取り合って協力し合うなどという展開は難しいもの。 衣食住に恵まれた日本人だからこそ、 「愛」や「平和」等の言葉を口に出す余裕があるわけで、 日々の食糧すら手に入らない多くの国々では、 「愛よりも食べ物を」「平和より仕事を」が本音なのだと。 そんな国々の人々が「日本を奪えば食料も仕事も手に入る」 と、政府からけしかけられたら、戦争は悪ではなく、 自らの命を守るための大義名分となるでしょう。

とまあ、今年は何だか小難しい内容の記事が続きましたが、 私自身もブログを書くことで「たくさんの現実」を学んだ一年でした。 見えない世界も神様もご先祖も、確かにこの世に実在するものの、 現実世界を動かしているのは、紛れもなく「生きている私たち」です。 見える見えないに関わらず、多くの縁ある人たちと力を合わせながら、 まずは世界の雛型となる日本の安全と維持を、 そしてさらには地球規模の平和と存続に向け、 各々の役目を果たしているのがまさに今なのだと。 安倍首相がおっしゃるように「地球儀を思い浮かべ、 世界を俯瞰しながら」、上手に日本という国と自分自身のかじ取りをしていきたいものですね。

photo<伊勢市内>


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心の整理整頓を

2012-12-30 12:52:53 | 日記

年頭に書いた「今年はブランクの年」という記事を実践するかのように、 改めて一年を振り返ってみても、心の中にはよい意味で何も残っておらず…。 すっきりした空間を保ったまま年を越せるのは、 誠にありがたいことだなと感じております。 世間には「心が満たされない」と嘆く人がたくさんおりますが、 人が本当の幸せを感じるのは、「心の中が空っぽ」のときのみでして、 いくらラッキーが訪れても、心の中に様々な感情がこびりついていると、 その場限りの高揚感で終わってしまいがち。 日々目先の快楽を積み重ねても、一向に気持ちが満たされないのは、 心の中に堆積している負の感情を払い落せていないからなのですね。

この一年で何度も記事にしたように、もう 「外に広げる」「外に期待する」「外と比較する」時代ではなく、 いかに「自分の心を整えるか」が重要でして、 どんな環境に置かれても、素早く気持ちを切り替え、 心の中の空間をクリアに保つ努力が、現実的な運気を左右します。 人間余計な荷物があればあるほど、方向転換には時間がかかるもの。 「怒っても一瞬」「泣いても一瞬」「イライラしても一瞬」 を心がけることで、その人を取り巻く空気自体も軽くなり、 強い力を入れなくても、人生が丸ごと幸せになるような方向へと、 運気の波が運んで行ってくれるのは本当です。

空虚感を抱く状態というのはつまり、「人生が軽くなった証拠」で、 無理に寂しさや虚しさを埋めようとしなくても、 その身軽な心身を維持したまま、 悠々と世間の荒波の隙間に浮かんでいれば大丈夫。 じっくりと冷静に世の中を見渡してみれば、 これまで自分が正しいと思っていた方向が、 間違っていたことにも気づくでしょう。 来年以降日本(および世界)が遭遇するであろう困難は、 「地球を身軽にするため」に強制的に起こる出来事なのだと。 自らの意志で余計な荷物を下ろし身軽になることが、 災難を最小限のリスクで乗り切る唯一の術なのかもしれませんよ。

photo<伊雑宮>


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手を抜かずに

2012-12-28 15:15:43 | 日記

この一年を振り返ってみますと、私自身「ものの見方」が、 以前と比べだいぶ変わってきたような気がしております。 どんなに「自分は自分」とマイペースを貫こうとしても、 外部の無責任なアドバイスや根拠のない情報に惑わされ、 あれこれと心を惑わされてしまうことも日常茶飯事。 ただ、一度「自分なり」の見方をする癖がつけば、 必要な助言と無駄な助言を瞬時に判別できるものでして、 今世の中で起ころうとしている転換期に比べると、 日常生活の些細な選択肢など、 「どれを選んでもたいして結果は変わらない」のですね。

ここ最近、頻繁に記事にしている政治ネタしかり、 マスコミ情報との付き合い方しかり、 自分自身の受け取り方を工夫することで、 間違った判断をしないで済むだけでなく、 その裏に潜む重要なキーワードにも気づくもの。 長らくブログを読んでいただいている方ならば、 占いやスピリチュアルに関してのイメージも、 数年前とはまったく別物に変わっているはずです。

運気を上げるための最大のカギは、 「自分の心の在り方」を変えることのみ。 相手や社会や外部環境を変えるのでも、 相手や社会や外部環境が変わるのでもなく、 自分自身のものの見方や物事の捉え方が変わるからこそ、 見える景色も変貌し、日々健やかに過ごせるようになるのだと。 「世の中が変われば自分の生活も楽になる」と嘆いている人ほど、 実際に世の中が変わったときには、大きな脱皮の痛みを伴うでしょう。

私自身もどちらかと言えば、 「世の中さえ変われば…」と常にぼやいているような人間でしたが、 2012年の12月を経て感じるのは、 「私たち一人一人の心と行動が伴わなければ、 決して社会はよい方向には動かない」という事実。 日本の霊的支柱である天皇陛下も、 国の最終的なかじ取りを任されている総理大臣も、 国民の下支えがない限り、その力を存分に発揮できません。 多くの日本人が各々の役割に気づき、 来年以降の国難を乗り切っていけるよう願っております。

photo<伊雑宮>


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強力な開運行動

2012-12-27 12:59:59 | 日記

先日の選挙以来、ニュースやワイドショーなどを観ましても、 「何だか薄ら寒いなあ」と、 ますます何の興味も面白みも感じなくなってまいりました。 昨日の安倍内閣発足に関する内容ひとつとっても、 自民党政権に批判的な放送局(まあ、ほとんどそう…)では、 国民が知るべき重要なインタビューの部分はほぼカットされ、 まったく無意味な失態ネタや作為的なシーンばかり流す始末…。 陰で「安倍をぶっ潰す」と豪語している組織もあるようですし、 「こんな劣悪な環境の中で生活していたのか」と、 今更ながら私たちが置かれてきた状況に唖然としたします。

ちなみに選挙の1週間前くらいから、 ご無沙汰していた友人や親せきの人と会う機会が格段に増え、 話の流れで政治の話題になるケースが多々あり。 そこで改めて感じたのは、 「知りたくても知っている人がいない」 「難しいことは理解できない」→「だから放置する」 という、現代日本人にありがちな流れでして、 若い世代に伝えるべき熟年世代の大人たち自身が、 知識も信念も持たず右往左往しているのが現状。 今回ほど「何を信じてよいかわからない」 と感じる出来事もなかったのではないかと思います。

この選挙をきっかけに、マスメディアの偏向報道にさらに拍車がかかり、 多くの国民が明らかに不可解な印象を抱き始めるはず。 とりあえず一旦は日本の状況は落ち着きましたが、 来年からは私たち国民ひとりひとりの心構えが、 これまで以上に国の行方を左右するのでしょう。 政治の動きや日本を取り巻く環境に興味を持つことは、 巷の開運グッズやスピリチュアル行為などとは 比べ物にならないくらい強力な開運行動です。 冷静にクールな目で世の中を見まわすことで、 これまでとは違った景色が見えてくるのかもしれません。

photo<外宮>


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寒くなる前に

2012-12-26 12:56:08 | 日記

思いますに人間というのは、自分がその場に立って初めて、 「これほど大変な事態になっていたのか…」と実感するような生き物でして、 自分自身の身に現実的な災いが降りかからない限り、 いつまでたってもぬるま湯につかったまま、 できる対策を考えようともしません。

仮にマスコミが情報操作をしていたとしても、、 昨年の大震災しかり、異常気象しかり、政治の動きしかり、 「次に来る予兆」というのは、 日常生活のそこかしこに散りばめられているもので、 努力と工夫次第で災難を最小限に抑えることは容易。 「世の中の出来事にいかに真摯に向き合うか」が、 これからの人間の運気を左右するのでしょう。

ちなみに現在も大寒波が押し寄せ、北陸や北日本では、 マイナス30度近くにもなる大荒れの天気となっていますし、 寒冷地であるロシアなどでは、マイナス50度という 異常な低温状態が続き、凍死者が続出しているよう。 先日のフィリピンの台風被害を始め、 イタリアの地盤沈下やアメリカの大干ばつなど、 これから日本でも起こるであろう重大な出来事が、 世界各国ですでに起こり始めているのですね。

幸い今日本では何とか電力が保たれており、 極寒の夜もぬくぬくと寒さをしのげる状態ですが、 ひとたび吹雪や大風で、電線が切れたり鉄塔が倒れたりすれば、 一晩どころか数日もの間、電気が復旧しないケースも出るはず。 また大地震に関しても、その他の話題に隠れて クローズアップされていないだけで、 日一日と発生確率が高まっており、 その上来年以降は、近隣諸国の軍事行動が活発になるため、 そちらにも最大の注意を払わなければなりません。

寒さをしのげなくなってから、慌てて防寒具を用意するのではなく、 「寒くなる前に」諸々の心の準備をしておくことが、 結局は自分の身と財産を最小限の損失で防ぐカギです。 一時的に寒波(国難)をやりすごしても、 まだまだ別の寒波がやってくると気を緩めず、 残り少ない年を無駄なく過ごしていただければと。

photo<外宮>


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世紀末の現れ

2012-12-24 12:35:20 | 日記

先ほどネットで「世紀末をかの地で迎えようと、南米のマヤ遺跡に集まった大勢の観光客が、 立ち入り禁止の神殿に昇り、遺跡の一部が破壊された」という記事を目にしました。 まあ言ってみればこれこそが「世紀末の現れ」でございまして、 神を神とも思わない所業を繰り返す人間が増殖し、 各々の人間と神様との距離があまりにも開いてしまった結果、 2012年12月に世界は本当に世紀末を迎えてしまったのだと。 表向き大きな出来事はなかったものの、 心と現実を結びつける仕組みが劇的に変化したのは確か。 「世紀末を呼び込んだ張本人は自分」と気づかない人間には、 これから想像もできなかったような試練が訪れるのでしょう。

先日の冬至の日を境に変わったのは、 他の何物でもない「ひとりひとりの心の在り方」でして、 「邪な心」「不安な心」「他人を陥れる心」を抱いた瞬間に、 そのイメージが現実の出来事となって自分自身に降りかかります。 今までのように「自分の心は自分だけのもの」と考え、 自己利益を追求したり、悩みに没頭したり、相手を攻撃したり…等々、 自分の心を手荒く扱い続けていると、生命力が奪われて自滅するのは時間の問題。 仮に理不尽な目に遭っても、衝撃を受けるのはその場だけに留め、 その後は早めに気持ちを切り替えたほうが、 「それ以上の恩恵」を受け取りやすくなるのですね。

先日の選挙の結果を見ても、神宮をお参りする人たちの作法を見ても、 日本人としてそして人間としての基本に立ち返ろうという姿勢が強く伺えるもの。 すでにそのことに気付き実践している人はもちろん、 何も知らずに無意識に行動している多くの人たちも、 日本国土の神様の強力な後押しを受けながら、 素直に「神様への敬いの気持ち」を示し始めているのでしょう。 ちなみに、昨日は天皇陛下の誕生日に伴う祝賀行事が行われましたが、 なぜかTVのメインニュースでは、その映像がほとんど流れませんでした。 私たちが悩むきっかけの多くは、「間違った刷り込み」が原因です。 外部から押し付けられる思想を頼るのではなく、 自分の心に寄りそった生き方にシフトチェンジしていただければと。

photo<外宮>


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立て分けの時期

2012-12-23 15:10:40 | 日記

私個人のまったく当てにならない統計から言いますと、 冬至の日の前後に起こる出来事は、 次の年の布石となるような暗示を含んでいることが多く、 先日の伊勢神宮でも、各々の人間が「選別・仕分け」され始めた、 様々な光景を目にいたした次第でございます。

例えば、冬至の朝日の撮影をしようと待ち構えていたカメラマンが、 絶好のシャッターチャンスを酔っ払いのおっちゃんに邪魔され、 「ふざけんな、馬鹿野郎!」と声を荒げたとたん、 太陽がおもむろに雲に隠れたり、 例えば、その後訪れた五十鈴川の御手洗場では、 パワーストーンのブレスレットを浄化しようとしていた若い女性が、 うっかり手を滑らせ「大切な」ブレスレットを川の中に落としたりと、 「その人それぞれの心根」に合わせ、自然が対応を決めているかのごとく…。

特に伊勢神宮などの特別な場所では、 聖域内に入ったとたん即座に自らの垢が浮き出て、 様々な示唆を与えられるケースも多いよう。 言うなればそれこそが「真の聖地の証」でして、 心に邪念を抱いた瞬間に、 不都合な出来事を経験させられることもも多々あり。 私自身の体験を踏まえても、スピまみれだった頃の神社参拝には、 何かと厄介事がつきものでした。

これから初詣の時期になり、神社仏閣を訪れる機会も増えますが、 初詣後のアクシデントは案外多いもので、 中には車のお祓いをしてもらった直後に、 交通事故に遭ったという笑えない話も…。 大勢の人間の「祈願の念」というのは、 想像以上に心身にダメージを受けますし、 ましてや自分自身が我欲にまみれていれば、 聖地参拝などまさに自殺行為にすぎません。

ありとあらゆる場所に神様が住む日本という国では、 パワスポ参拝時のみならず、日常生活の隅々に至るまで、 「神様に見られている」という意識を持ったほうが賢明。 もうすでに世の中は「人間の立て分けの時節」でして、 今後ますます「運気の上がる人」と「運気の下がる人」 との差別化が進むのは確かでしょう。 願い事や悩みごとはひとまず脇に置き、 「生きているという原点」に焦点を当てながら、 残り少ない2012年を過ごしていただければと。

photo<外宮>


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命の元の神様

2012-12-22 13:37:36 | 日記

一週間ほどご無沙汰してしまいました。 確か今日(昨日か?)は「世界が滅亡する日」 だったと記憶しておりますが、無事生きておりますね。 噂によりますと、世界各国の占い師連中が メキシコあたりに集結しているという話でして、 たぶん明日あたりには、「私が地球を救った」 などと嘯く輩がたくさん出てくるのでしょう(笑)。 個人的には、毎年恒例の伊勢冬至参りに出かけており、 いつものごとく主要なお宮をぐるぐると回りながら、 今年一年の感謝と、来るべき新時代に向けての 日本の安寧を願ってきた次第でございます。

しかし、どんな聖地よりもすばらしい場所が、 この日本(というか日本自体)にあるというのに、 外の「よさそうなもの」にばかり目を向けるのは、 本当にもったいない話でして、 できれば遷宮の前に、お時間と資金の許す範囲内で、 伊勢神宮という「命の元の神様」を訪れ、 感謝の参拝をしていただくのかよろしいかと。 また伊勢だけでなく、伊勢への中継地である近隣の氏神様へ、 今年一年の無事を報告するのも、 巡り巡って来年以降の激動期を乗り切るための、強固な礎となるはずです。

今回伊勢を訪れて感じたのは、「選別」という言葉でした。 参拝途中で様々な光景を目にしましたが、 邪心や欲心を持ちながら参拝している人は、 驚くほどスピーディーに「悪い反射」を受け、 またその事実に気づいていない人がほとんど。 逆に謙虚な気持ちでお参りをしている人は、 自然とよい選択肢へと導かれている感じがしました。 これからはさらに、「どういう志で神様の前に立つのか」が、 非常に厳しく問われてくるのだと思います。 普段の心がけひとつで、運気を自由自在にコントロールできる時代は、 もうそこまでやってきているのかもしれませんね。

photo<外宮>


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すばらしい志

2012-12-14 12:46:30 | 日記

「自虐史観」という言葉をご存じでしょうか? ちなみに自虐史観とは『太平洋戦争後の日本の歴史学界において、 それまで主流であった歴史観を批判・否定的に評価する造語~By Wikipedia』でして、 以前古事記に関する記事の中でも取り上げたように、 戦後の目まぐるしく変わる価値観の中で、 多感な子ども時代を過ごした人たちのほとんどが、 多かれ少なかれ「日本の歴史のマイナス部分をやたらと強調し、 プラス部分を過小評価する歴史観」の強い影響受けたまま、 今の社会や政治の中枢を担う立場に就いております。

その結果「「自分の国に誇りを持てない」 「日本は反省と謝罪をすべき」「天皇制は廃止」などの、 偏った思想が一定の人々の支持を集めるようになり、 多くの左派政治団体(要は日本が嫌いな人たち)が乱立し、 左翼・反日・プロ市民などの言葉も生まれました。 ただ、ここでカン違いをしてはいけないのは、 左派の真逆にいるとされる右派 (君が代を流しながら騒々しく凱旋している人たち)も似たようなもので、 決して「天皇への敬意=軍国主義」ではないということ。

私たちひとりひとりが「自力で」学ぼうとしない限り、 一生間違った歴史観に振り回されたまま、 「自らの幸運を」投げ出すハメになるのでしょう。

幸い若い人たちを中心に、天皇や日本という国への意識が高まり、 (ネトウヨの増加などもその兆候のひとつ)、 古事記に対する関心や伊勢神宮への参拝者数も、 軒並み増えていると聞きます。確かに明後日の選挙の結果が、 即国民の暮らしを安定させてくれるわけではありませんが、 まずは日本という名前や国土自体を存続しなければ、 私たち個人個人の幸せなどあり得ないのですね。 「ここで学ばずしていつ学ぶのか」がまさに今。 神様を敬い、天皇を敬い、先祖を敬い、自然を敬う…、 このすばらしい志に満ちた日本が守られることを切に願います。

photo<竹富島>


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思考の偏り

2012-12-13 12:58:08 | 日記

昨日のマスコミ関連ネタの続きになりますが、 ぶっちゃけ今の日本に中立の立場を貫きながら、 私たちに真実の一端を伝えてくれるメディアは、 ほとんどないのが実情です。 業界内の一部の人たちや心ある専門家の人たちが、 何とか公平な情報を伝えようと奮闘しているものの、 最終的に立場を追われ表舞台から消えるのが落ち。 一般の会社と同じで、トップの意向に逆らえば、 あっという間に社内での居場所を失い、 自分で自分の首を絞める結果となります。

ちなみにドキュメンタリーの制作ひとつをとっても、 時間も予算も限られた現場では、 「まずストーリありき」の手法が取られるそう。 例えば「家族関係に恵まれない子どもが、 他人の愛情に触れ次第に心を開く物語」という企画を立てたら、 「それに見合わないエピソードは排除する」のが当たり前で、 基本的には取材番組やワイドショーだけでなく、 日々の報道ニュースもこの手法で進んでいくのが常。 つまり私たちが普段見たり聞いたりしているのは、 すべて「ものすごく偏った角度からの情報」なのですね。

現在日本のマスコミの上層部を牛耳っているのは、 昨今何かと話題の日本海を挟んだ場所にある大国Cです。 先日ダライラマが日本(沖縄)を訪れたのも、 チベットやウイグルの惨状を伝えることで、 日本に対して強い警戒を呼び掛ける意味もあったのだと。 まあネットを検索しておりますと、 愛国を掲げる偽政治団体や怪しい宗教も多数存在し、 真偽入り混じった様々な情報がヒットしますので、 惑わされないよう(さっきも騙されたし^^)。 注意を促しながら、本日はこの辺で。

photo<竹富島>


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