めざせ極上ライフ

謎のライターAkariのブログ

無関心のツケ

2011-05-31 17:05:55 | 日記

今更ながらなぜ、フォッサマグナなどを見に糸魚川まで行ったのかと申しますと、「日本に住んでいるくせに、日本の国土についてあまりにも無知だ」という感覚を常々抱いており、まずは「今住む場所の地層について調べよう」と思い立ったのがきっかけでございます。

まあ、調べるといったところで、フォッサマグナを直接見られる場所は少なく、実際には姫川沿いを車で南下しただけなのですが、やはり「百聞は一見にしかず」。博物館でも闇に光る蛍石が印象に残っているくらいで、学問への見識はまったく深まらなかったにも関わらず、「体で感じるフォッサマグナ」は実にエキサイティング。

フォッサマグナ地帯の変化が激しくなると、日本全土に地震が頻発し、また逆に日本全土の活動が、ダイレクトに中央に集結します。フォッサマグナの動きが、日本の地形を左右するのは確かで、この地域の活動状況いかんで、今後の日本に起こる災害の規模も変わるのだと。極端に言うと、フォッサマグナが最大限に動けば、近い将来の首都壊滅(つまり日本沈没)は避けられないというわけですね。

パワースポットや神社等は、単なる「表面上の目印」で、大元のエネルギーは地下に存在する岩盤や地層やマグマ等々、「目には見えない部分の働き」が大きく関わっているもの。「力がもらえる」「元気になる」と、多くの人間がありがたがっている場所は、地震や火山活動のポイントでもあり、自然災害をも支配する神様に「恋人が欲しい」「お金が欲しい」と祈っているのが真相です。

神様という存在は、国土の均衡を保ち、太陽の恵みを与える存在で、決して「個人の願いを叶える対象」ではありません。聖地を訪れ聖地を語ろうとするのであれば、「その土地を知ること」は大前提。日本に住まわせてもらう私たちが、あまりにも日本に無関心な態度を取り続けていたツケが、まさに今やってきているような気がいたします。

photo<フォッサマグナミュージアム>

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本当の石の話

2011-05-30 12:09:36 | 日記

糸魚川といえば、翡翠(ひすい)の産地として有名でして、先日訪れたフォッサマグナミュージアムにも、翡翠を始め多種多様のパワーストーンが、これでもかというくらいたくさん展示されておりました。占いマニアおよびスピ人間が大好きなこの「石」という代物。目の前に整然と並べられた原石の山を眺めておりますと、この石たちが「願いを叶えてくれるわけがない」とつくづく感じるもの^^。逆に石を持つ人間の思いをがっちりと固定し、亀裂や曇りとして刻みつけていると考えるほうが正解です。

ちなみに、パワースポットと呼ばれる場所には、必ずといっていいほど「固い岩盤」があり、訪れる人の想念をためる貯蔵庫の役目をするそう。地図上では海沿いの平地に建つ伊勢神宮の地下にも、実は巨大な岩盤が存在し、遠く離れた瀧原宮のあたりまでつながっているとか。まあつまりは、パワースポット=巨大岩の塊でして、古代の人々が「磐座」を神を降ろす寄り代にしたのも、石(岩)が念をためる性質を知っていたからなのですね。

パワーストーンを身につけて開運を願ったり、パワースポットを訪れて祈ったりするような行為は、結局人間の不平不満の念を貯めるようなもので、どんなに太陽や水で浄化しても、すぐにネガティブな思いであふれかえり、石も土地も我欲のオーラで汚染されていきます。パワーストーンを身につける人は確実に運気が下がりますし、安易にパワースポットを訪れればアクシデントに遭いやすくなるのは本当。今こそ「人間が自然を浄化すべきとき」が来たのかもしれませんね。

photo<翡翠の原石>

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生かされている基盤

2011-05-29 11:31:00 | 日記

人はそれぞれ、異性・仕事・家庭・対人関係もろもろ、常に様々なことへの悩みや興味を抱いておりますが、よくよく考えてみるとその大部分は、今目の前にはない「欲しいもの」や「足りないもの」ばかり。人間が生きるために欠かせない、空気や大地や太陽など、「あって当たり前の対象」に対しては、まったく意識が向かない人が大半です。

周囲との会話の中で、「今の日本の状態が云々」「地球の自然災害が云々」という話題を出しても、芳しいリアクションが得られることは少なめ^^。私たちが抱える日常的な悩みのほとんどが、「小さな悩みを取り巻く大きな環境」によって左右されている現実に気づいている人はそう多くありません。

「日本の歴史を勉強したからといって、異性の悩みが解決するわけでもない」「自然への意識を高めたからといって、仕事の問題がなくなるわけでもない」と大抵の人は思うはず。ただ、日本という国に目を向け、日本の息吹に触れてみると、「日本が病んだままで、日本に住む人間が幸せになれるわけがない」という確信に至るもの。

どんなに人間が「運気を上げたい」と思ったところで、運気の元となる国や土地や自然のエネルギーが枯渇していれば、開運どころか生きることすら不可能でしょう。

つらい状況から抜け出せないのは、「相手から連絡がない」「仕事で失敗した」などの、目先の問題にのみ意識を集中させすぎるゆえ。今日の運勢や小手先のテクニック等々…、細かい部分にとらわれればとらわれるほど、確実に心身は疲弊していきます。「生かされている基盤」に目を向けることで解消する問題は、想像以上にあるのだと思いますよ。

photo<フォッサマグナミュージアム>

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フォッサマグナ

2011-05-28 13:13:16 | 日記

先日、フォッサマグナの西端に当たる糸静線の北側の基点、糸魚川のあたりに出かけてまいりました。ラテン語で「大きな窪み」を意味するこのフォッサマグナ、本州のほぼ中央(中部~関東にかけて)を貫く地溝帯を指し、富士山を中心に草津白根、浅間、八ヶ岳など日本を代表する火山が、このフォッサマグナ上に点在しております。~By Wikipedia

実は、日本列島が今の形に落ち着く以前、フォッサマグナより東側(つまり東日本)のほとんどが海だった時代があり、現在の糸魚川付近できた窪みから、「くの字」型に日本列島が折れ曲がる過程で、東日本の大部分は海底に沈んでおったそう。まあつまり「ほんの」数百万年前まで、日本列島は今とはまったく違う形だったわけですね。

先日の大津波で、東北沿岸の地形が大きく変わったと言われておりますが、今世界各地で発生している自然災害は、「大陸移動」の始まりだという話もちらほら…。これまでの地球上の大陸の歴史を紐解けば、陸地に変化が起こらないほうが不自然でして、今東日本の各地で発生している、地盤沈下や液状化現象などは、古代の東日本が海だった証拠です。

日本列島の成り立ちを知ることは、地震や津波等の災害時に役立つだけでなく、これからの生活環境を選ぶ上でも大切なポイント。私自身、フォッサマグナの上で生活していることを頭に入れながら、日々の身の振り方を考えております。今後は、自分に関わる損得だけでなく、日本や地球規模の変化を前提にしつつ、行動しなければならない時代なのだと。「当たり前の生活」「変わらない環境」など、この世の中に存在しないのかもしれませんね。

photo<フォッサマグナミュージアム>

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謙虚に生きる

2011-05-24 12:13:22 | 日記

今まで私たちに足りなかったのは、「謙虚に生きる姿勢」ではないかなと昨日ふと思いました。地球温暖化の問題や原発反対運動を取り上げても、結局は「事態が悪化してから」あれこれ騒ぎ始めるのが人間。周囲を見渡しても、見て見ぬ振りをしていた問題や、「気づこうともしなかった問題」が、のちのちの大きなトラブルに発展し、心身を痛めている人がたくさんいます。

謙虚に生きるということは、決して受け身になることでも、相手の顔色をうかがいながらびくびくと過ごすことでもなく、自分たちの生活や生命を支える、有形無形の様々なものを感じながら生きるということ。今自分が取り組んでいる仕事がどんな影響をもたらすのか、今自分が先延ばしにしている行動がどんな結果を生むのか、何度も葛藤を繰り返しながらひとつの答えを選ぶことで、確実に「事態の悪化」にブレーキがかかるのですね。

すでに私たち世代が生まれた高度成長期には、環境問題にも原発問題にも歯止めがかからない状態でした。ましてや若者や子供たちは、身勝手な大人の思惑に振り回され、無抵抗のまま心身を病み続けなければならないのが現状。声高に反対運動を唱える前に、「なぜ今まで気づけなかったのか」と、すべての大人が自省するのが先ではないかと。国や政府や企業が背負ってる量と同等の責任が、ひとりひとりの人間にも、重くのしかかっているのは本当です。

世の中の状況をこれ以上悪化させたくないなら、まずは個人個人が自分の生き方を振り返り、謙虚に生きようと方向転換しなければ無理。毎日どれだけ無償の恩恵を受けているかを知ることで、「やめたほうがいいこと」と「やったほうがいいこと」とがはっきりとわかります。きっと謙虚に生きていいさえすれば、たくさんの「ありがたいこと」にも、いち早く気付けるのかもしれませんね。

photo<風宮>

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受け取れる縁

2011-05-23 10:55:55 | 日記

ときどき「縁」についての記事を書きますが、人との出会いだけでなく、物との出合い、情報との出合いなど、この世はすべて「縁」で回っているといっても過言ではありません。ゆえに、人間は「良縁」を求め続け、さまざまな開運行動を試みるものの、決して理想の縁にたどりつくことはなく…。かえって間違った祈願をしたばかりに、それ以外の幸福を犠牲にしている人も、世の中には想像以上にいらっしゃいます。

今日言いたいのは、縁は「思いもよらぬレベルで発生するもの」ということでして、その場しのぎの誤魔化しや気休めの思い込みで、欲しい縁を手に入れることなど不可能。どんなに素晴らしい縁を提示されても、手に取ろうとすらしない人もいれば、すぐに手放してしまったり、そのまましまい込んでしまったりする人も多数。いくら「この人にこれを与えたい」と思っても、水面下での様々なタイミングが合致しない限り、すんなりとは受け取ってもらえないのが通常です。

悩みを抱えている人たちを観ておりますと、そのほとんどが「求めている縁のレベルに目線が達していない」もので、「どうしてここにあるのに気づかないのだろう」と、不思議に思うこともしばしば。当人の目に映っているのは悩みが起こっている世界と、それから派生するナーバスな想像の世界のみ。具体的な解消法が見つからないなら、「別の角度からのアプローチ」を試みることも、大切な生きる努力のひとつでしょう。

例えば、夫婦関係が上手く行かないなら、相手の欠点にばかり焦点を当てのではなく、自分を取り巻く親族への対応を考えてみること。また、仕事環境がよくないのなら、職場の問題だけに意識を集中するのではなく、プライベートの過ごし方を工夫してみること。ほんのちょっと視点をずらしただけで、「受け取れる縁」の数は格段に増えるはず。あなたが今求めている縁は、探している場所とはまったく別のところに隠れているのかもしれませんよ。

photo<多賀宮への階段>

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人生のタイムリミット

2011-05-22 12:48:12 | 日記

昨日家族と電話をしているとき、「人間80歳まで寿命があったとしても、30000日弱しか生きられない」という話題が出ました。つまり、人生の半分を消化した私たち世代に残された日数は約15000日。これを多いととらえるか、少ないととらえるかは別として、残り15000日で何ができるかを考えると、「一日がいかに貴重であるか」がリアルに胸に迫ってまいります。

実際に、数万日という限られた一生の間で、周囲と自分とを比べて落ち込んでいる暇などなく、他人の言動に振り回されて貴重な時間を浪費するのは、非常にもったいない話。人生のすべてを自分のために費やしたところで、まだまだ時間が足りないというのに、つまらない人間のつまらない一言に縛られ、「自由に動ける自分」を制限し続けるなど、せっかく当たった数億円の宝くじを、溝に捨てているようなものでしょう。

結局、納得のいく人生を送れるかどうかは、「自分の思う道を歩くこと」にかかっているのだと。自分というオリジナリティあふれる世界を、人との出会いや有益な知識で磨き上げながら、さらに美しく輝かせていくのが生きるということ。そして、残された日数で何ができるかを突き詰めると、必ず「誰かの役に立ちたい」という思いがわきあがります。自分の世界を大切にできる人こそが、本当の意味で「他人」も尊重できる人なのかもしれませんね。

photo<伊雑宮>

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おトクな人

2011-05-21 11:45:15 | 日記

「今月の占い」をサイトにアップしました! 

トップページの写真は伊雑宮の神田でして、撮影したときはあたり一面に、小さな春の花が咲き始めたばかり。人間の心も常に「のどかで平和」な状態を維持すれば、必ず自然災害も穏やかにやり過ごせるであろうと、春の日差しをいっぱいに浴びた田んぼを眺めながら、ふと思いを巡らせた次第でございます(ちなみに3月12日撮影)。

人のため世の中のためと言いながら、実際には「自分だけ」が開運行動でパワーをもらい、ヒーリングで健康を回復しようとしているのが、スピリチュアルにはまる人間。お金を出して未来の指針をもらったり、ヒーリングを受けたりしないと運気が上がらないなら、それこそ「平等」というこの世の理念が覆されるでしょう。

たとえお金や仕事や健康に恵まれなくても、すべての人間には「心」という大切な財産があるはず。お金を払えないなら払えないなりに、思いやりや気配りの精神を持ち「無償の施し」を心がければ、必ず紙幣と同等(もしくはそれ以上)の品が手に入ります。

いつも笑顔で他人と接しているだけでも、気づかないうちに相手の心を解きほぐし、トラブルの元を洗い流しているのは本当です。「一緒にいると何となく気持ちが落ち着く人」こそ、自分の身ひとつで開運できる「おトクな人」なのかもしれませんね。

photo<伊雑宮>

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何気ない焦点

2011-05-20 10:56:56 | 日記

先日は、震災以来久々にひとりでのんびり街をうろついて、初夏の一日を満喫してまいりました。まあ、ようやく地に足が着いてきたといいますか、今後の世の中のベクトルが微かに見えてきたといいますか、「知ると知らないの差」はこんなに大きいものなのかと、街を歩きながら改めて認識した次第でございます(訳わからん文章だな^^)。

例えば、いつものように仕事をしたり、歩いたりしている最中、頭の中で何を意識するかで、その人の運気は確実に変化するもの。自分が今「国土」という巨大な神様の上で毎日の営みを行い、「太陽」の神様の恵みを受け命を保っているのだと考えれば、自然と生活態度にも変化が現れるはず。いつも運気が上がらないと嘆いている人は、こういった「日々の何気ない焦点」がズレている場合が多いのですね。

家族とご飯を食べるときも、友人と会話をするときも、ただ単に目の前の動作をおざなりに繰り返すのではなく、その一場面に関わる多くの人たちの努力や、その裏に潜む貴重な恩恵に思いを寄せることで、人間に与えられる環境などあっという間に変わります。「他人が気づかない視点」で日常生活を送れる人ほど、人よりたくさんの幸運が与えられるのは当たり前かもしれません。

アクシデントをきっかけに、教訓に気づくことも大切ですが、アクシデントが起こる前に、大切な教訓を学ぶことができれば、痛い思いをせずにこれからの道を切り開くことも可能。今この瞬間、自分自身が何を考えどんな気持ちを抱くのかで、起こるはずだった災難や選ぶはずだった不正解の選択肢が消え、自然と開運行動を取れるようになるのは確かでしょう。

photo<土宮>

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良縁の知識

2011-05-19 10:25:35 | 日記

このブログを訪れた理由は、少なからず占いやスピリチュアルに、興味を持たれたことがきっかけだったと思います。ただ、毎日の記事を読んでいただければわかるように、占いという看板は「占いに興味を持たれている方への目印」であって、内容はほぼ真逆。それでもこうして続けられるのは、「占いで運気が上がらないのはなぜだろう?」「スピリチュアルって本当は何なんだろう?」という疑問を、多くのスピ好き人間が抱えているからなのだと。未だ世間に根付く「占いは害のないもの」「スピリチュアルは安全なもの」という間違った知識が、運気や生命力をも左右する時代になったのは確かです。

先日の「想定外」の大地震や「想定外」の原発事故の発生は、日本人のみならず世界中の人々を震撼させましたが、これまで「大丈夫」とされてきたことが、一瞬のうちに覆るのが今の世の中。放射能問題ひとつをとっても、学者の間で180度意見が分かれるように、人それぞれが偶然得た「知識の縁」が、寿命や健康にまで関わってまいります。精神世界も同様に「運気を上げる」「パワーをもらう」「神様を感じる」等々、これまで「よい」と言われてきた行為のほとんどは、真逆の結果を生み出す「悪縁の知識」なのですね。

よい知識の縁を得るためには、まず「自分だけ(今さえ)よければいい」というエゴを極力排除し、「見えない存在の力」に頼ろうとしないことが前提。どんなにそれらしい理由をつけても、占いやスピリチュアルというのは結局、「自分を見捨てている行為」に変わりありません。周囲を見渡してみても、せっかく貴重なきっかけを与えられているのに、あっさりと見過ごしている人はたくさんいるもの。本当に有意義な人生を送るための行動は、どんな環境で過ごしていても、自分の身ひとつで今すぐに始められるものだと思いますよ。

photo<風宮>

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