正論ちゃう?正論トップページです。  嶌田法海華(Simada.Norika)! 

常識とは何?何気なく使う言葉の危うさ。噛みつき亀風味でもの申す。脱線ご容赦。あくまでもお馬鹿な私の私論です。

闇に葬られた弱者 BC級戦犯 安保 そして 相模原 中巻3-2

2017年08月07日 20時47分57秒 | 死よりも遠くへ

戦後の日本の復興は意外と早かった。それは、皮肉な然し平和に対する罪で

日本を裁いたはずのアメリカが朝鮮戦争にも介入した為に日本に特需を

もたらした事も一因だ。現在も韓国と北朝鮮の間にある38度ラインは、

アメリカが策定したものである。アメリカという国は、のちのベトナム戦争

などもそうだがゲリラ戦には滅法弱いのだ。硫黄島 レイテ島等数日かからずに

制圧できると踏んでいたが、1か月もかかった。アメリカの戦術というのは

地形が変形する程艦砲射撃をして、それから兵隊を上陸させる方法だ。

つまり遠くの安全圏から 隙間なく砲弾を浴びせて恐らく生存者がいない

と踏んでの上陸作戦だったが、日本軍はおよそ10倍の敵に対して、

ゲリラ戦を行った。塹壕を縦横無尽に利用し、また夜間に攻撃を仕掛けた

日本兵にアメリカ兵は脅威を感じたに違いないし歯が立たなかったのだ。

同じ事が 朝鮮戦争でも起き、同じ民族を分断させて手を引いたのだ。

またのちの冷戦をの時代を迎えるが、38度ライン以上攻め入ることは

背後にいるソビエトとの直接対立という、到底勝ち目のない戦いをしなければ

ならない事もあったと思う。それはさておき、この戦争における特需と

いざなぎ 桓武景気などが続いた日本の景気は右肩上がりに驚異的に伸び

復興は進んだ。「もはや戦後ではない」という言葉がそんな戦後の復興を

表しているといえる。焼野原の後にはどんどんと家が建ち、或いは

団地という4~5階建ての建物ー鉄筋コンクリートという日本にはなかった

工法でー建ち始め人口の増加を吸収した。さらに3種の神器と謂われる

洗濯機 冷蔵庫そしてテレビをそろえることがひとつのステイタスになった

そういえば アメリカとの初めての中継が繋がった時、アメリカの大統領

ジョンFケネディ暗殺のニュースが流れたのは有名な話だ。実は私はふと

したきっかけがあって ごく単純に写真・映像の観点から一市民が撮影

したにもかかわらず 公式の証拠のように取り上げられた俗にいう

ブルーダル・フィルムだけを一コマづつ分析を試みた。政治的な背景

などは市井の一市民である私が知る由もないので専門家に任せるとして

私がたどりついた結論は、これまで誰も考えなかったものだった。唯一の

弱点は日本には拳銃やライフルを扱う人は警官等に限られているので

データーに乏しいところだが、唯一アメリカにメールをしまくってみたら

1通だけ回答を得た。JFK暗殺の私の推論 狙撃の弾道解析があり得ないもの

なのかについて答えを得た。(JFKの件については自費出版済、在庫なし)

話を戻せば、アメリカは ベトナム戦争に介入しはじめている。

なぜ 世界はアメリカを裁かないのだろうか?日本はアメリカにとって

都合の良い前線基地として捉えて戦略化していこうとしていた。

そして その為の 安全保障条約を日本がアメリカの求めに応じて

批准やむなしと判断したことで、いわゆる安保騒乱の時代を迎えた

60年安保 70年安保 この頃は いわゆる復興から高度成長に時代に

なった。何十万の人々がデモを行ったのだ。今では想像がつかないと思う。

憲法で不戦を誓い・・しかしアメリカがそもそも日本の軍事力をそぐために

戦後 最初に作られたのが警察予備隊というもので、(のちにこれが別れて

警察と自衛隊になるのだが)もっぱら国内の治安を維持するためのもので

あった。今も自衛隊というものが存在するわけだが、いまだに明確な

憲法での保証がないままだからだ。憲法論は置いておくが日本はそもそもは

戦争前には、空 海 に関して非常に優秀なものを作っていた。ゼロ戦の

能力には全く歯が立たなかった事は有名な話だ。空中戦では、アメリカ機が

後ろについても、あっという間に上昇反転して後ろに回り餌食にされた。

アメリカはその呪縛の再現を恐れて、戦後いくつかの産業に関しては、

安全保障を見返りにして許可をしなかった。本来なら航空機産業やロケット

産業は得意分野だったので、H2ロケット程度ではなくたぶんアポロ計画

より先に宇宙進出も出来たと思う。

「戦争を知らずに僕らは生まれた 戦争を知らずに僕らは育った」

だからアメリカの文化の真似をすることが流行った。ヒッピー フォークソング

新宿駅騒乱事件の時ギターを抱えて座り込む若者が映像に記録されている

 明確な時系列で書いている訳ではないが、反体制が声高に叫ばれて

いたが、それは市井の市民の熱が冷めるのに対して時間がかからなかった

そして 学園闘争に場所を変えたものの、全学連という組織化に失敗した。

アメリカは ベトナム戦争において 日本同様にゲリラ戦に苦しみ、

厭戦気分が本国では勿論、日本においてもべ平連などという、戦争反対の

機運が高まった。業を煮やしたアメリカは 原子爆弾についで禁断の兵器

枯れ葉剤という生物化学兵器を用いた。これがアメリカなのだ。

生物化学兵器というものを使ったら結果がどうなるのか?広島や長崎と同様に

ごく普通のごく平和を好む人も 兵士も一色単に殺害するものである。

さらに 子孫までダメージを与えてしまう事ぐらいわかっていても使った。

最大の戦犯国はアメリカそのものなのだ。もちろん世界的な批判を浴びた

事は言うまでもない。そして、どちらの兵器にもナチスドイツの技術者の

影がちらついている。ナチスは ユダヤ人だけを大量に迫害したことは言う

までもない。しかし ナチスのヒトラーは独裁者としてさらにその思想は

戦後禁忌事項とされたし世紀が変わった現在でも踏襲されていることだ。

日本は日本列島改造論などで沸き立ち、いつの間にか皆自身は中流以上の

生活をしていると意識し始めていた。サヨクという言葉が幻影となった。

 時代で区切りたくはないが もともと群れで動いていた日本人。だから

そこからはじかれることを恐れ、しかし隣の芝生は良く見えるという程度の

個人主義や自己主張をする事をよしとしだしたのである。

 

 

鋭意   執筆中 ご期待禁物

 

JFKに続けて 出版 赤入れ中2017/2/14

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