
みなさん、お正月はどう過ごされましたか?
わたしは名古屋に帰省しておりました。
しかし30をおおいに過ぎた息子こと、わたくしは親と大喧嘩。
母には泣かれ、「俺はなんと親不孝な人間であることか・・・」と反省したところでまたメソメソしている母に向かって「泣くな!!」と一喝。
もう、帰らないほうがよかったんじゃないか・・・と暗澹たる気持ちでおった次第です。
やることも例年と変わらず。
ひいばあちゃんと犬の墓参りに行き、長野の温泉につかり、大須観音へ参拝。
撮るものも例年と変わらず。
ですが、せっかく撮ったので見ていってやって下さい。どうせタダですから。
まずは犬の墓参り。

動物のお寺。毎年行っているのですが、まあだいたい同じ猫が同じところにいます。
この子は新しい子かな。子猫っぽかったです。

今年のおせち。
貧相だけど、こういう「食える」おせちってわたしは好きです。
お神酒とおせちに、雑煮で腹いっぱいになった後、名古屋駅近くの新しくできた(?)シネコンへ映画を観にいきました。
母の希望で『ワイルド7』が観たいと・・・深キョンが好きらしいのです。
どこでやっているのかな、と新聞の劇場欄を見てびっくり。もはや殆どの劇場がシネコンに。
シネコンができればしぜん単独の劇場は潰れるわけで、わたしが青春時代をすごし、さまざまな思いを馳せたスクリーンはほとんどが無くなっていました。
時代の趨勢という言葉で簡単に納得できてしまうけども、それが尚更寂しい。

劇場からの帰り。
この、後ろに見える名古屋駅前の「大名古屋ビルヂング」。
「大名古屋」も「ビルヂング」も時代を感じさせます。
その時代を感じさせるビルヂングも、まもなく建て替えられるとのこと。
ウィキペディアには、建設された経緯が以下のように書かれています。
“当時の三菱地所社長渡辺武次郎が被災直後の名古屋を訪れた際、その被害の惨たんたる状況から、地方進出の第一号として名古屋駅前に大型ビルを建設することを決めた。1965年5月の完工記念式典で配布されたパンフレットには、『伊勢湾台風災害の御見舞にまいりました時であります。名古屋駅に着く前、汽車の窓から見ますと、罹災後1カ月を経ているのに一面に海のようにまだ水が溜まっており、人々が戸板に乗って家から出入りしておりました。(中略)ひとつここに耐震不燃の高層ビルヂングを決意致したのであります』と、その経緯が記されている。”
翌日、たたき起こされて朝から長野の温泉へ。

長野へ近づき山道へ入るにつれ、雪が本格的に降ってきました。

水車が意味の無い何かに変わり果てるほどの極寒。
ここまで寒いといよいよ温泉が楽しみになってくる。ゾクゾクする。

写真では青空ですが、天気がちょくちょく変わり、ちょうど温泉につかった頃雪が降り始め、たいへん気持ちのいい露天風呂となりました。
さて、浴場の洗い場で身体をゴシゴシと洗っておりましたところ、クソガキがふざけてシャワーをひっかぶっておりまして、わたしの背中に水がかかりました。
こいつは一喝してやろうか、と後ろのほうを「ジロ」と睨んだ所、その父親とおぼしき実に体躯のご立派なお方が。
その背中にはビッシリと刺青が入っており「やあ絶景かな」と思うと同時にわたしは目をそらしました。「ごめんなぁ」と、背中越しに謝罪の言葉が聞かれたのですが、わたくしは返答をすることもなく、ただただ、自らのご子息がしんなりとするのを見守っておりました。
初詣は両親と別の場所で済ませ、そのまた翌日に、わたしの最も思いで深い場所である大須観音に一人でやってきました。



ここでも同じく、やることは一緒。
参拝して、お守り買って、屋台で串カツ食べて、喫茶店でコーヒー飲んで、大須演芸場で寄席をみる。


今年も五木ひろしのそっくりさん、三木ひろしさんが来てた。
場内はお客さんも含めて完全に昭和の雰囲気。なごむ。
後はだんご食って帰りました。


しかしなんで毎年同じことやってんのかなー。
行く場所も、やることも、撮るものも一緒。
だいたい同じアングルで同じものを撮っています。
こういうことって、かれこれ5年以上続けているんですね。
あまり馬鹿みたいに繰り返すので、さすがに考えてみたら、ウーム・・・これがわたしなりの望郷の念なのかな、と思い至りました。
今年もこの場所は同じだったよ、今年もこのアングルで同じ風景が撮れたよ、という確認というか。
なんか犬っぽい確認作業。
変わるものもあれば、変わらないものもありますね。
有形、無形問わず。
去年は家族に大きな変化がありました。
そういうのを乗り越えるために、変わらなければいけないこともある。
どう変わったらいいかなんて分からないけど、とにかくいろいろ、変わらざるをえないものなんだな、と。
こうして、一人のオッサンはまたひとつ大人になったのです。

わたしは名古屋に帰省しておりました。
しかし30をおおいに過ぎた息子こと、わたくしは親と大喧嘩。
母には泣かれ、「俺はなんと親不孝な人間であることか・・・」と反省したところでまたメソメソしている母に向かって「泣くな!!」と一喝。
もう、帰らないほうがよかったんじゃないか・・・と暗澹たる気持ちでおった次第です。
やることも例年と変わらず。
ひいばあちゃんと犬の墓参りに行き、長野の温泉につかり、大須観音へ参拝。
撮るものも例年と変わらず。
ですが、せっかく撮ったので見ていってやって下さい。どうせタダですから。
まずは犬の墓参り。

動物のお寺。毎年行っているのですが、まあだいたい同じ猫が同じところにいます。
この子は新しい子かな。子猫っぽかったです。

今年のおせち。
貧相だけど、こういう「食える」おせちってわたしは好きです。
お神酒とおせちに、雑煮で腹いっぱいになった後、名古屋駅近くの新しくできた(?)シネコンへ映画を観にいきました。
母の希望で『ワイルド7』が観たいと・・・深キョンが好きらしいのです。
どこでやっているのかな、と新聞の劇場欄を見てびっくり。もはや殆どの劇場がシネコンに。
シネコンができればしぜん単独の劇場は潰れるわけで、わたしが青春時代をすごし、さまざまな思いを馳せたスクリーンはほとんどが無くなっていました。
時代の趨勢という言葉で簡単に納得できてしまうけども、それが尚更寂しい。

劇場からの帰り。
この、後ろに見える名古屋駅前の「大名古屋ビルヂング」。
「大名古屋」も「ビルヂング」も時代を感じさせます。
その時代を感じさせるビルヂングも、まもなく建て替えられるとのこと。
ウィキペディアには、建設された経緯が以下のように書かれています。
“当時の三菱地所社長渡辺武次郎が被災直後の名古屋を訪れた際、その被害の惨たんたる状況から、地方進出の第一号として名古屋駅前に大型ビルを建設することを決めた。1965年5月の完工記念式典で配布されたパンフレットには、『伊勢湾台風災害の御見舞にまいりました時であります。名古屋駅に着く前、汽車の窓から見ますと、罹災後1カ月を経ているのに一面に海のようにまだ水が溜まっており、人々が戸板に乗って家から出入りしておりました。(中略)ひとつここに耐震不燃の高層ビルヂングを決意致したのであります』と、その経緯が記されている。”
翌日、たたき起こされて朝から長野の温泉へ。

長野へ近づき山道へ入るにつれ、雪が本格的に降ってきました。

水車が意味の無い何かに変わり果てるほどの極寒。
ここまで寒いといよいよ温泉が楽しみになってくる。ゾクゾクする。

写真では青空ですが、天気がちょくちょく変わり、ちょうど温泉につかった頃雪が降り始め、たいへん気持ちのいい露天風呂となりました。
さて、浴場の洗い場で身体をゴシゴシと洗っておりましたところ、クソガキがふざけてシャワーをひっかぶっておりまして、わたしの背中に水がかかりました。
こいつは一喝してやろうか、と後ろのほうを「ジロ」と睨んだ所、その父親とおぼしき実に体躯のご立派なお方が。
その背中にはビッシリと刺青が入っており「やあ絶景かな」と思うと同時にわたしは目をそらしました。「ごめんなぁ」と、背中越しに謝罪の言葉が聞かれたのですが、わたくしは返答をすることもなく、ただただ、自らのご子息がしんなりとするのを見守っておりました。
初詣は両親と別の場所で済ませ、そのまた翌日に、わたしの最も思いで深い場所である大須観音に一人でやってきました。



ここでも同じく、やることは一緒。
参拝して、お守り買って、屋台で串カツ食べて、喫茶店でコーヒー飲んで、大須演芸場で寄席をみる。


今年も五木ひろしのそっくりさん、三木ひろしさんが来てた。
場内はお客さんも含めて完全に昭和の雰囲気。なごむ。
後はだんご食って帰りました。


しかしなんで毎年同じことやってんのかなー。
行く場所も、やることも、撮るものも一緒。
だいたい同じアングルで同じものを撮っています。
こういうことって、かれこれ5年以上続けているんですね。
あまり馬鹿みたいに繰り返すので、さすがに考えてみたら、ウーム・・・これがわたしなりの望郷の念なのかな、と思い至りました。
今年もこの場所は同じだったよ、今年もこのアングルで同じ風景が撮れたよ、という確認というか。
なんか犬っぽい確認作業。
変わるものもあれば、変わらないものもありますね。
有形、無形問わず。
去年は家族に大きな変化がありました。
そういうのを乗り越えるために、変わらなければいけないこともある。
どう変わったらいいかなんて分からないけど、とにかくいろいろ、変わらざるをえないものなんだな、と。
こうして、一人のオッサンはまたひとつ大人になったのです。













露天風呂が茶褐色で、御嶽山よく見えたでしょ?
信州平谷温泉 ひまわりの湯ってところでした。
でも今ネットでみたけど、そっちの方がいいな・・・
てっきり玄関先似ていたので
だって群馬県と愛知県の間には
長野県しかないのですよ?
でっけぇなぁ。
毎年同じ帰郷、同じ写真が撮れるっつーのも
幸せなことなのかもしれませぬねー。
うんでかいっすね・・・
そうですね、そのシヤワセをかみ締めるためにこうして写真を撮って残しているのかな、と思います。
やっぱ変わってないとほっとするものですね。