ちくわブログ

おっぱい

北朝鮮に行ってきます。

2017-08-08 23:26:49 | 映画制作
5年ぶり2度目の訪朝です。


久しぶりによど号グループの皆さんと会ってきます。

明日北京へ入り、明後日から北朝鮮へ。
平壌の風景も以前と変わっているらしいので、楽しみです。



以上!!
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『浅間山荘から45年「連合赤軍とは何だったのか」』に参加して

2017-07-24 02:19:28 | 映画制作
先日はご参加いただきありがとうございました。
このブログ読んでる方で参加された方がいるのか謎ですが…

満員御礼で150名強のお客さんのご参加をもってイベントを終えることができました。
3部構成で「戦後史」「映画」「作家」と、それぞれの切り口で語られる連合赤軍はやはり『よど号事件』や『日本赤軍』等の、赤軍派から派生した他の現象とは違うもの、興味への根本が別次元である「人間」そのものを扱う事象として再認識させてくれました。


詳しくは『連合赤軍事件の全体像を残す会』の公式ページからどうぞ。

まあただ時間がめちゃくちゃ少なかった。
これだけ豪華なゲストを呼んで、1部につき1時間は無茶もいいとこでした。


あと、
かんじんな俺の映画の予告編が間に合わなかったが「どうなってんの」という声は1名のお客様からしか聞かれず、悲しかった。金返せとか言ってほしかった。

印象的だったのはやはり自分が深く関わっているからでしょう『第2部 ≪映画がとらえた連合赤軍≫』で、足立正生監督大暴走で司会ハイジャックを敢行し、思いっきり自分のペースに持ち込んでました。

内容は主に若松孝二監督『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』の有名なセリフ「勇気がなかったんだよ!」を巡るやりとり。
この映画で最も議論に上がることが多いシーンなのですが、わたしもこのセリフが、この素晴らしい映画を一気にダメにしている部分だと思っています。
ひとつの事象を再検証する時、送り手である個人の感情を爆発させる事は、最もやってはいけないことだと考えているからです。

だってこの人達、まだ生きてるわけです。昔のこと、終わったことではありますが、まだ45年前の出来事なんです。
「勇気がなかった」というのは、そういうことを彼がもし本当に言ったとしても、ああいう演技でやらせては駄目でしょう… と。

例えて言うと、ドキュメント見てたらいきなり感傷的な音楽が流れてしらける、あの感じです。
だからこそ、はまる人にはぴたっとはまる演出だとは思いますが。


足立監督はこのシーンを「『勇気』が違う意味にされ、慙愧に堪えない」「革命をやろうとする中で、悩むこと、わからないこと、疑問に思うこと、それを認めて引き受けることが『勇気』だと思う」と語りました。

そこであることを思い出しました。

3年ほど前だったか、何かの帰りに足立監督が唐突に「これからの運動(自分たちがやってきたこと)はお前が担え」と言い出しました。ふざけて「俺に運動だとか活動なんてできるわけないじゃないですか!俺がそんなことやれるって思ってます?」と笑いながら言うと、「やれる。お前はできない事は『できない』と言う。だからやれる」と帰ってきました。

何を言ってるんだろう… と思いましたが、つまりこの『勇気』にまつわることを言っていたのかもしれません。


よど号も、連合赤軍も、日本赤軍も、彼らの運動・活動は失敗続きでした。
それは今という現状がなによりも物語っています。

だからこそ、その敗北の積み重ねと個人の姿勢を、足立監督は重要視しているのかもしれません。


闇を闇として、それでも前に進む。そういうことを何十何百と積み重ねることが、革命には必要なのでしょうか。
革命に敗北はあっても挫折はない。

ということで。


今、同じように「お前がやれ」と言われたら「嫌でございます」と即答しますが。



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浅間山荘から45年「連合赤軍とは何だったのか」

2017-07-09 22:44:59 | 映画制作
前回から5年。
今年は少しおもむきを変えて、渋谷LOFT9にて開催いたします。

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OPEN 12:30 / START 13:00
予約¥1500 / 当日¥1800(+飲食代)
場所:渋谷LOFT9
東京都渋谷区円山町1-5 KINOHAUS(キノハウス) 1F


チケット予約

【第1部〜3部まで登壇の連合赤軍当事者】
植垣康博(赤軍派)、前澤虎義(革命左派)、岩田平治(革命左派)、雪野建作(革命左派)
【司会】金 廣志、椎野礼仁

第1部 ≪戦後史の中の連合赤軍≫
白井 聡(京都精華大学専任講師)
鈴木邦男(一水会元顧問)
青木 理(ジャーナリスト)

第2部 ≪映画がとらえた連合赤軍≫
足立正生(「実録連合赤軍の最初のシナリオ執筆」)
掛川正幸(「実録連合赤軍」決定稿シナリオ」)
青島 武(シナリオライター。連合赤軍を描いた「光の雨」等多数)
原渕勝仁(フリーTV番組制作者)

第3部 ≪作家が描いた連合赤軍≫
桐野夏生(作家。最新作は連合赤軍の女性を描いた『夜の谷を行く』)
山本直樹(エロ漫画家。連合赤軍を詳細に追った『レッド』を連載中)
金井広秋(慶応大学の紀要に「死者の軍隊」を連載。彩流社刊)

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第2部 ≪映画がとらえた連合赤軍≫にて足立正生・若松孝二監督による『赤軍‐PFLP 世界戦争宣言』の3分バージョンを上映します。



あと、あと!!わたしが作り続けている赤軍派のドキュメント映画『赤軍の人々(仮)』の「現状報告版」予告編も上映します!!
これにつられて来る方はいないであろうことは分かっているんだ。でもやっと、撮った映像を編集して皆さんにお届けできる、初めての場となります。
北朝鮮・レバノン・日本全国をロケした内容をギュッとつめこみます。
何卒何卒よろすくね。


先日、初夏のあさま山荘に行ってまいりました。
事件時の季節とは違い、草木が生い茂り全容が見えないさまはまさに要塞。本当にいいロケーションだなーと思いました。

ついでにメル斗さんの案内で「さつき山荘」があった場所にも行き、ここからこうしてあさま山荘に辿りついたんだろうか?と二人で想像したりしておりました。


では皆様、当日LOFT9でお会いしましょう。



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東アジア反日武装戦線“狼” ・ 大道寺将司の死

2017-06-08 22:39:49 | 映画制作
元・東アジア反日武装戦線“狼”の実質的リーダーであった死刑囚、大道寺将司さんが亡くなった。
5月24日、多発性骨髄腫により死亡。


赤軍派を取材する前、国内の様々な過激派、武装闘争を試みた人々のことを調べていた。
その中でも東アジア反日武装戦線について書かれた、松下竜一著『狼煙を見よ―東アジア反日武装戦線“狼”部隊』と鈴木邦男著『腹腹時計と<狼>』からは多くのことを学ばせてもらった。
彼ら団塊の世代特有の戦争犯罪に対する「原罪意識」は、我々世代にとってそこまで絶対的なものではなかった。だからこそネット右翼等が生まれたのだと思う。

だからと言って、わたしは彼らのことをそれほど追いかけなかった。やったことの過ちが、あまりに明確で受け止めきれないものを内包しているため。
一度、支援者の方々に頼まれて死刑制度反対についてのトークに参加したが、その時も明確に「死刑反対」とは言えなかった。当時の週刊誌を集めると、生々しい現場の死体写真が写っている。それを見ると国家が遺族に代わり、加害側に死の制裁を与えるのはやむないことだと思っていた。
政治犯に限らず、あらゆる殺人事件においても。

特にそれからは少し距離を置き、一年に一度頼まれて支援者の集会を撮影する程度だった。

ただ、わたしの中で大道寺将司は絶対的な存在だった。
誰も持ち得なかったヒューマニズムと感性、そして実行能力と屈強な意志。人間としてここまでやれる意志の力は、その部分だけ切り取ってみれば、ある種のヒーローのように感じた。これは日本赤軍の奥平剛士さんに対して感じるものと同じだ。

だからと言って、自分は大道寺さんの死に対する言葉を何も持ち合わせていない。
ただ記録することができるのは自分だけだ、と思い2日間にわたって山谷で行われたお別れ会に参加した。






以下、現地で聞いた言葉。


会場の外で山谷のオッサン達と酒を飲んでいた外国人の日雇い労働者らしき人。突然、話しかけられた。
「42年、ハンパじゃないよ。やったのことは悪いよ。でも中で変わるでしょう?それは外に出さなきゃダメ。人間にそんなことやっちゃいけないよ。42年だよ?ガバメントが悪い」

支援者
「『加害者なのに盛大に惜しまれながら見送られるのは違うのではないか』といったことを言っていた。
自分自身が病気で痛みをずっと耐えることによって、被害者の人達が具体的にどんな思いをしたかという事を、本人も分かる思いがあったのではないか…今は、おつかれさまという思い」


かつての同志
「あの日みんな死ぬ予定だった。『死ななければならない、死ななければならない』と思いながら皆取調べを受けた。…その後色々な人に出会い、自分達の責任の取り方は死ぬことではないのだ、と教えられた。生きて責任はとれないが、死んでも責任はとれない。彼らが死刑制度反対の先頭に立ったことはすごいなあ、と… 自分の事を『死刑になって当たり前』と思う中、それでも自分を含めた皆を殺すな、というのはすごく苦しかったし勇気のいることだったと思う」


支援関係者
「私たちは想像力が足りなかった。学生運動時代『大道寺君たちが正しい』と思っていたが、実際に飛び散った遺体等の写真を見れば、それによってこういうふうになる、という必要な想像力が、大道寺さんたちにも足らなかった」


支援者
「ある日の面会で『人を殺めたことがある人間と、そうでない人間の間にはとてつもなく大きな壁がある』ということを言っていた。それはもちろん74年の三菱重工爆破で、8人の人を殺めてしまっているという、そのことが自分にとってどういう重みを持っているか、という。そうでない人間には理解しようの無いものとして残り続けている。そういう風に捉える事ができた。
(病気になり)自分の死の苦しみと、身体的な痛みと闘うということは、それは同時に74年の8月、あの丸の内で傷ついた、死んでいった、あるいは重軽傷を負った人達が、どういう苦しみを持っていたかということに改めて直面する日々であったと。そういうふうに思います」



以上。



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ビッグ野郎

2017-05-23 01:26:46 | Weblog
「ワシ、チンポだけはデカイんですわ。そらあもうビッグだんねん」


酒が入っての事とはいえ、やにわに語りだしたちくわ氏(38歳・童貞)に一同はドン引きしながらも相づちをうつしかなかった。
彼の孤独は、まだまだこれからなのだ。

そのことを知る大人の友人たちを持ち得たことは、彼にとってただひとつの幸運であった。


風俗嬢からの一言のお世辞が、今の彼を生かすものの全てであった。

孤独はまだまだ、これから。



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