ちくわブログ

おっぱい

日常に潜む姫宮なな

2017-04-26 04:26:48 | Weblog
ある日。
東京拘置所へ向かうため小菅駅へ降り立ったわたくしは上記のようなポスターを見た。

あ、かわいい。

困っている顔がすごくかわいい。

以来、東武線に乗るたびにこの「姫宮なな」という女を盗撮した。
ご覧頂きたい。





















笑顔より困っている顔がいいと思う。
わたくしは駅員さんに尋ね、この女に会わせてもらうことにしたのだ。

教えられた通り「東武鉄道 お客様センター」に向かったわたしを、彼女は待ちうけていた。

「サインをくれ」

困った顔をすると思ったが、渡してきたのはこのような名刺だった。




キミは自分のよさが、ぜんぜん分かっていない!!!



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浴田由紀子さん・釈放

2017-04-05 00:36:15 | 映画制作
「出発にあたっての私の決意の第一は、『もうだれも死なせない革命をやる』ということでした」



東アジア反日武装戦線“大地の牙”にて連続企業爆破事件に関与、そして77年ダッカ事件により日本赤軍に合流した浴田由紀子さんが先月釈放されました。

当日の早朝、東京拘置所へ。

まだ誰も来ていない。

数日前、支援者の方と打ち合わせはしていた。
この日のために約4年間、毎年あることを手伝っていた。それを無駄にしたくないし、一方で42年ぶり(日本での刑期は22年)に日本の娑婆に帰還する人においそれとカメラを向けていいものか。
いつも重大な事象を撮る時に出てくる罪悪感のようなものが気を重くさせたけど、エゴだけで撮るわけじゃないんだ、と自分に言い聞かせる。

そういうことを考えながら自分を奮い立たせていると、猫が来て遊んでくれた。





なんかスゲーなごみました。


ぽつぽつと支援者、お迎えの車がやってくる。マスコミも4社ほど来ていた。

みなさんと「どう動くか」を改めて確認する。
支援者もわたしも、とにかく「本人の希望を第一に」ということで一致した。

マスコミの取材は断る、とのこと。これは救援連絡センターのボス・Yさんが「俺が抑えるから大丈夫」と請け負ってくれた。
そうしてマスコミの方々は横一列に並んで、行儀よく出所を待っていた。本当に何も撮っていなかった。

一方でわたしは「車で出て、そのまま合流地点まで行く」とのことなので、どうにか何かを撮れないか探っていた。
前述の通りわたしと、支援者に深く内通した韓国人監督は撮影を許されていた。

近くの広場に出入り口を覗ける場所がある。
そこで出所時間の7時30分まで待った。





やがてそこに支援者の迎えの車が停まった。
その窓越しに、かすかに出所する浴田さんの姿をとらえた。
送り出す刑務官に深々とお辞儀をする浴田さん。

ああ、撮れた。これをずっと待っていたんだ。

手ごたえのあるものを撮った時の、独特の高揚感を抱えたまま、合流地点のファミレスに向かう。
浴田さんはすでに多数の支援者、関係者に囲まれてコーヒーを飲んでいた。

その後の撮影は、ある程度自由にさせてもらえた。
移動の車中等で話をさせてもらうと「本当に優しいただの若者がいわゆる『テロリスト』になった、なってしまったんだな」と思った。

ずっと笑顔で、はつらつとしていて。
時代と個人の相性もあるだろう。そしてこれまでの取材で「人との出会い」があの時代、武装にはしった人々の起点であるような気がする。

浴田さんにとって、その人とは齋藤和(のどか)さんということになるだろう。
齋藤和さんは浴田さんのパートナーであり、“大地の牙”メンバーだった。
その齋藤さんは東アジア反日武装戦線が共通して持っていた意志「逮捕されたら持ち歩いている青酸カリで自殺する」を唯一成し遂げた人物だった。
その辺のことは『でもわたしには戦が待っている』という本に詳しく書かれている。


「あなたを死なせて自分は死ななかったことの後ろめたさも大きく私のなかにありました」

連続企業爆破事件に関与し、人を傷つけ、パートナーも死に、自分は生き残ってしまったその総括を引きずりながら。
77年、浴田さんは日本赤軍の奪還要求に応えアラブへ飛びました。



「どうですか?約40年ぶりの日本は」と聞くと「まるで外国みたい。どこも変わってて」と。
「とりあえず出てきて何が嬉しかったですか?」「さっきのファミレスで大好きなコーヒーが飲めたこと!2杯も飲んじゃった」


どういう経緯か知らないが、浴田さんは釈放とほぼ同時に本を出した。

児童文学だった。

優しい筆致で書かれたその本を眺めながら「優しすぎる人はどこまでも行ってしまう、という事は本当にあるんだな」と思った。





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死と生をめぐる

2017-03-13 21:07:26 | 
夢と目覚めの間を行き来することがよくある。


夢の中で、たまに訪れる街があって、そこにはいつも地方都市を旅した時に感じるような、ある種の郷愁が漂っている。

ある日、その街を歩きつつ「もう2時間後には起きなければならないのに」とあせりながら、それでも目覚めに向けてゆっくり散策し、たまに喫茶店に入ってコーヒーのようなものを飲んだりしていた。

ずっと歩いて街の端に行き着くと、海のような、大きな川のような開けた場所に出る。
夜があけて周りが明るくなってくると、海辺だか川辺には様々な種類の生き物がいた。見たことのないような虫もいる。綺麗なカラークラゲもいる。
水辺に坊さんが3人、念仏を唱えながら歩いていた。
「絵になるなぁ」と思いながらカメラを構え、海だか川に近づいていった。そのまま水の中に入ってしまった。
塗れてしまった。どうしよう。もう起きなきゃいけないのに、目覚めまであとどれくらい歩かなくてはいけないのだろう?

困っていると平泳ぎしながら伯父がニュッと出てきた。
伯父のことは、やっさんと呼んでいた。

「ああ、やっさん助かった。今から帰るんでしょう?俺も帰るんだ。このあたり不慣れだから車で送ってってくれよ」

そう頼むとやっさんは、濡れた俺の背中をバスタオルでぽんぽんと優しく拭いた。子供をあやすようなあの独特の、情のこもった手つきで。
不思議だな、と思った。

親でもない、数年に一度会うか会わないかの仲なのに。
おじさんやおばさんという存在は、時折実の親子のような優しさや厳しさを見せてくれる。

「一緒に帰ろう」と言うと、やっさんは困ったような笑顔で、無言のままずっと背中を拭いてくれた。
もういい、もういいって乾いてるから。


そう思って言おうとしたところで目が覚めた。


これから仕事で12時間は超えるだろう重たい撮影がある。
ヘンな夢見ちゃったな。



やっさんは、去年のクリスマスに亡くなった。
おばさんに「寝る」と言って就寝。そのまま翌朝それこそ寝てるように死んでいたらしい。

近しい人が死ぬと、いつも悲しみが遅れてやってくる。
感情の吃音という言葉をどこかで読んだが、そういうものだろうか。でも多くの人は、近しい人が亡くなると、その喪失に感情がついていかないものだと思う。


シャワーを浴びながら、夢のことを思い出し、やっさんの葬式に出れなかったことを悔やんだ。
同時に、夢の中で背中を拭かれた時に感じた優しさを思い出した。

子供の頃、何度も夏休みに泊まりに行って世話になった。自分から進んで行くというより、両親が子供の自立心を養わせるために、熊本の実家に俺と兄を預けた。
その間、おじさんとおばさんが親のような存在になる。

そういう、両親以外の親のような存在だった。

唐突に様々な思い出が巡ってきて、涙が止まらなくなった。
俺はやっさんの、あの優しさに報いることができただろうか。結局なにも返せていない。もう全て遅い。そういう不義理を自分はやってしまった。

死という事象は人の感情を酌量しない。ただそこにあって、そこから先は何もできない。
墓参りも、手を合わせることも、生きている人間の気休めでしかない。
「お別れの数時間復活」みたいな準備があればいいが、ない。




仕事で熊本を訪れた折、帰りを1日遅らせてもらって母の実家、つまりおじさん、おばさんの家を訪れた。6年ぶりのことになる。

子供の頃、じいちゃん、ばあちゃん、おじさん、おばさん、いとこの兄妹がいたこの広い家も、今はおばさん一人になってしまった。

家に上がり、仏壇の遺影に手を合わせると涙がぶわっと出てきてしばらく止まらなくなった。
その状態でロウソクの火を消そうと手を振り下ろしたら、線香を手の平に「ジュッ」と叩きつけてしまい、小さな根性焼きが。


玄関の正面には犬小屋がある。

もうとっくに死んでしまっただろうと思っていた飼い犬のゴマが、まだ生きていた。失敬な。ごめんね。
立派なおじいちゃん。あれ?オスだっけメスだっけ。

もうほとんど眼は見えず、耳は聞こえないらしい。認知症も進んでいる。そのため人が近づくとおびえるらしい。
排泄も自分ではうまくできず、オムツをしている。

昔は、近づくとぴょんぴょん跳ね、ワンワン吠えて腹を見せてなついてきた。
腹をなでてやると目を細めて幸せそうな表情をしていた。その顔が大好きだった。

もう俺のことも分からなくなっているだろう。
ここまで近づいても寝てる。

「ゴマ、ゴマやーい」
しばらくすると、ムクリと頭を上げた。

白濁した眼がこっちを見ているようで、どこかを見ている。少なくとも「人間がそこにいる」という認識はできているみたいだ。
なでて、耳の近くで「おい、ゴマよ。俺だ」と言うと、ピクンと反応した。

耳の下をわさわさしてやると、そのまま体重をかけ、リラックスしながらフンフンと鼻を鳴らして目を細めた。
一応昔会ったことがある誰か、という信頼はされているようで良かった。


翌日、おばちゃんに頼んで父方の祖母を老人ホームに訪ねた。
寝たきりで痴呆になって数年経つ。そして何度か「もうダメかもしれない」と言われてきたがたくましく生き続けている。

祖母は昼飯を取った後、車椅子でグッスリと寝ていた。
職員さんが起こそうとしたが「お腹いっぱいで気持ちよくなっちゃったみたいですね~」と。

子供の頃、こちらの祖母はちょっと厳しい人という印象で、私はもっぱら母方の祖父・祖母になついていた。
しかし今はもう本当に優しい表情で、なんかかわいい。憑き物が落ちたよう、というか。お肌もスベスベしている。
そういう表情になって死んでいくというのは、本人にとって幸せなことなのかもしれない。
自分の息子が、突然先立ったことも知らない。


その後、父方の実家へ顔を出した。

ちょっとヘンな話だけど、うちの両親は兄弟と姉妹で結婚している。そのため実家同士が近い。

茶をもてなされていると、近所に住むいとこが2歳の子供を連れて遊びに来た。
ずっと死や老いについて考えていたけど、この小さな命が言葉になってない言葉を話しながら体中のエネルギーを迸らせるように動き回っているのを見ていると、周りのもの、空気、景色も全ての彩度が上がるように感じた。

こうして世代は変わるんだなあ。俺もオッサンだし、間もなくおじいちゃんにだってなるのだ。
そうなのだ。

おばちゃんから聞いた話だと、いとこの娘(従姪)が若くして子を産んだらしい。えー、つまりおばちゃんが曾祖母になったという。
ということは俺は世代的におじいちゃんでもおかしくないのだ。

ぼんぼん子供産めばいい、と思う。


帰りまでの時間、おばちゃんとコーヒーを飲んで、人吉城跡に連れて行ってもらった。



「登るのは疲れるから」と、一人で石段を登り、二ノ丸から人吉市を望む。









6年前、母方の祖母が亡くなった時にもここへ来た。
人の死に触れたあと高い場所に登ると、何かその風景に不思議な印象を残す。






駅でおばちゃんと別れた。





これから、あの広い田舎の家でおばちゃんはずっと一人で過ごすのか。
しばらくは何度も人知れず泣くのだろう。薄い色の中で、誰にも気付かれずに、慰めも自己憐憫も何もない涙を何度も流すのだろう。

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熊本にて

2017-02-23 17:44:44 | 
先日、お仕事で熊本に行ってきました。

だいたいどこの制作会社でも、ホテルに泊まる場合の予算は同じなのですが、シーズンや場所によりなんだかスゲー部屋になったりします。
去年も同じ仕事で熊本に来て、その時はスゲー部屋だったのでデリヘルを呼んだものです。

今年は「あ、はい」という感じでした。

とりあえず制作の人と町に繰り出す。







この人は地方に行く時、現地のグルメ情報をチェックしているのでいつもお任せしてます。
それで高確率でラーメン食わされます。
なぜかわたしは「行列ができる店のラーメン」があまり口に合わず、たいてい「これなら博多天神の方が好きなんですけど」と愚痴をぶつけます。

今回は桂花ラーメンの本店に行きました。



ラーメンとチャーハン。めちゃくちゃおいしかったです。

で、まだ食いたいものがあるらしくついて行くと蜂楽饅頭でありました。
両親が熊本出身なのでわたしも大好物なんであります。



蜂楽饅頭って知ってますか?
いわゆる大判焼きなのですが、生地にだったかどっかに蜂蜜が使用されており、上品な甘さがたまらないのです。
調子に乗ってばくばく2個食いました。

ラーメンとチャーハン食った後に饅頭2個なので相当なものです。

うーい食った食ったとふらふら歩き

コーシーを飲んでおったらお客さんも到着したとのことなので、落ちあって下通で飲み屋を探します。





熊本地震でどうなっているのだろう、と思っていましたが、通りは活気にあふれ、どこも満席でなかなか店に入れず。
断られた先のお店の方が、近くの系列店に確認を入れてくれ、馬肉の焼肉店へ。

ぜんぜん味が分からないです。
16時にラーメンその他を食って、この時点で18時です。まだ全く腹が減っていないのです。

とはいえその後盛り上がりついでにもう一軒ハシゴし、おひらき。


翌日、昼過ぎに無事撮影終了。

わたしは私用のため、帰りを1日遅らしてもらいました。
撮影がいつ終わるか分からなかったので、移動のバスは夜の便を予約していました。
まだずいぶんと時間があるので、街の方に路面電車で移動。

再び蜂楽饅頭を食い、食いつつぶらぶら。

あ、近くに熊本城がある。

ヒマだったので近付いていくと神社がありました。熊本城稲荷神社というそうです。











さらに奥に進みいくつもの鳥居をくぐると幻想的な一角が。













夢の中にいるみたいだ。

しばらくここのベンチでボーっとして、その後お城の方へ向いました。



テレビで何度か見た光景。いたいたしい。



お城の近くには行けませんでしたが、付近をうろうろするだけで楽しかったです。



日も暮れてきて、そろそろ移動の時間に。

歩道橋の階段にさしかかった瞬間、本当に久しぶりに「あ、いま旅をしている」と思いました。



再び路面電車に乗って駅へ。
仕事や学校帰りの地元の方たちと、彼らには見慣れた風景であろう暮れ行く街の景色を堪能しました。








旅先で、生活する人々と同じリズムに乗る時、なんか不思議な気持ちになります。
なんなんでしょうね。



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金がない時ほど忙しい

2017-02-06 23:36:41 | Weblog
なんで。
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