私には、中学校からの友人が一人いる。中学校からだから、もう人生の半分以上友達で、つきあいは一番長い。私のことを「頭の回転がはやくて、おもしろい。」という唯一の人だ。私にとっても彼女はとってもおもしろく、それを言うと「そんなん言うの、八平だけじゃわ。」と言う。「恋は、盲目。あばたもえくぼ」と言うから、二人を結ぶ思いは、友情ではなく恋なのかもしれない。
彼女は、感性の固まりのような人で、旅行にでも行こうものならば、「うわ~っっっ、見て、あの木の曲がり具合。好きじゃわ~。」だとか、「見て見て!!あの石の階段の苔のはえかた、好きじゃわ~。」だとか、綺麗な空を見て、感動して泣いたりだとか、一緒にいると、周りの風景がキラキラして見え、たっくさんの刺激をもらえる。
そんな彼女と、以前、友情10周年記念旅行に、夏に京都へでかけたことがある。お寺巡りをして、少し暑さにばてた私達は、涼むために木陰のベンチに腰掛け、ぼ~っと視界にはいるものを眺めていた。
私は、道行く人々をその表情や歩き方を見て、勝手にその人の背景や気持ちを妄想して楽しんでいた。するとお寺を眺めていた彼女がふと、「あのお寺の柱、一回切られて、死んでるんだけど、ああしてお寺の柱になって活かされてるよね。生きてるね。」と言った。鳥肌がたった。
人間も同じかもしれないと思った。「人は二度死ぬ。」とよく聞く。一度目は、その人の呼吸がとまった時。二度目は、その人のことを覚えている人達がいなくなった時。
小さい頃、おむすびをよく作ってくれた、小さなひいばあちゃんも、会ったことのない、ピカピカな笑顔のあの子供達も、ブツブツと相談する私に、「君の人生まだまだこれからじゃない。」と笑って私の肩を叩いてくれたのに、自分は40代の若さで急に逝ってしまったあの人も、みんな私の胸の中にいる。死後の世界については、今はまだ何の考えももってないけれども、もしも死後の世界が存在し、また会える日がきた時に、「あなたに出会ったからこそ、こんな生き方できたよ。ありがとう。」と胸をはって笑って言えるようなそんな生き方をしていきたいと思った。
1/30 うっかり八平