このような記事をアップすると亦亦人気がなくなってしまうが如何にも怒りが収まらない。
日本の政治家は何故かくも程度が低いのか。
怒り心頭の事を二つほど。
まず最初は、国会での質疑応答について。
連日開催の国会で防衛大臣の口頭試問が行われている。
無能な大臣であることは百も承知である。
貴重な国会の場で、議論すべきもっと大事なことがあるはずである。
口頭試問することになんら疑問を抱くことなく行っている自民党議員にはそれ以上に頭にくる。
国家を論じる場でこの程度の口頭試問を行うことになんらの疑問を感じない国会議員には消えてもらうべきである。
国民は高い血税を払い無能な大臣を養い、無能な国会議員を養っているのではない。
もう一つの怒りは、防衛省の真部局長の件である。
公務員である防衛省の真部沖縄防衛局長が宜野湾市長選にあたり防衛省職員などに講話を行った事での防衛大臣の対応である。
女性や沖縄を侮辱する不適切な発言をした田中聡沖縄防衛局長を更迭と物事の軽重が全くことなるのである。
女性を侮辱したり沖縄に対しての問題発言ではあるが、民主主義や政治に対しての問題はそれほど大きくはない。
それでも、田中聡沖縄防衛局長が更迭されるのは当然である。
しかしながら、言葉は悪いが民主主義に対する政治的問題はそれほど大きくはなく、今回の真部局長の問題の行為の方が政治的にも民主主義にとっても事は重大である。
なのに更迭せずに結論を先延ばしした。
法に触れる触れないの問題ではない。
「李下に冠を正さず」である。
刑法的に刑罰を受ける問題では厳正に対処すべきであり、疑わしきは罰せずでる。
しかし、政治的には疑わしき行為を行った局長は更迭すべきであることは自明の理である。
民主主義に対する重大な挑戦であるからである。
何の意味もないんであれば、講話など開くはずがないのである。
疑いがあるだけで更迭すべきなのに更迭しないこの軟弱さである。
物事の本質をわきまえていないのである。
また、報道機関であるジャーナリスト達にも問題があるのかもしれない。
何が譲る事ができない問題なのかわきまえるべきである。
「普天間基地」の評価書の搬入問題など民主主義にとってはとるに足らない問題なのである。
搬入できないから混乱を避けて早朝に運び込んだまでである。
でも、今回の真部局長の問題の本質は重大な国民に対する挑戦である。
日本の政治家は何故かくも程度が低いのか。
怒り心頭の事を二つほど。
まず最初は、国会での質疑応答について。
連日開催の国会で防衛大臣の口頭試問が行われている。
無能な大臣であることは百も承知である。
貴重な国会の場で、議論すべきもっと大事なことがあるはずである。
口頭試問することになんら疑問を抱くことなく行っている自民党議員にはそれ以上に頭にくる。
国家を論じる場でこの程度の口頭試問を行うことになんらの疑問を感じない国会議員には消えてもらうべきである。
国民は高い血税を払い無能な大臣を養い、無能な国会議員を養っているのではない。
もう一つの怒りは、防衛省の真部局長の件である。
公務員である防衛省の真部沖縄防衛局長が宜野湾市長選にあたり防衛省職員などに講話を行った事での防衛大臣の対応である。
女性や沖縄を侮辱する不適切な発言をした田中聡沖縄防衛局長を更迭と物事の軽重が全くことなるのである。
女性を侮辱したり沖縄に対しての問題発言ではあるが、民主主義や政治に対しての問題はそれほど大きくはない。
それでも、田中聡沖縄防衛局長が更迭されるのは当然である。
しかしながら、言葉は悪いが民主主義に対する政治的問題はそれほど大きくはなく、今回の真部局長の問題の行為の方が政治的にも民主主義にとっても事は重大である。
なのに更迭せずに結論を先延ばしした。
法に触れる触れないの問題ではない。
「李下に冠を正さず」である。
刑法的に刑罰を受ける問題では厳正に対処すべきであり、疑わしきは罰せずでる。
しかし、政治的には疑わしき行為を行った局長は更迭すべきであることは自明の理である。
民主主義に対する重大な挑戦であるからである。
何の意味もないんであれば、講話など開くはずがないのである。
疑いがあるだけで更迭すべきなのに更迭しないこの軟弱さである。
物事の本質をわきまえていないのである。
また、報道機関であるジャーナリスト達にも問題があるのかもしれない。
何が譲る事ができない問題なのかわきまえるべきである。
「普天間基地」の評価書の搬入問題など民主主義にとってはとるに足らない問題なのである。
搬入できないから混乱を避けて早朝に運び込んだまでである。
でも、今回の真部局長の問題の本質は重大な国民に対する挑戦である。












昔、「コーラは○○○、ボクシングはヤマトダマシィ」という宣伝文句があった。
闘争には、大和魂が有効であるということであろうか。大和魂とは、負けじ魂のことなのか。大和魂を発揮して頑張れば、その結果は沖縄戦のようになるというものであろうか。
悪くないものを悪いと言わせようとする恣意がある。これも、腹芸か、大和魂か。
その恣意が政治問題を何十年も膠着させている。
普天間基地の環境がどうしても我が国民に許しがたいものであるならば、政府は福島の第一原発のように「長期帰還困難区域」に指定すればよい。
この国の政治には、恣意の人でなく、意思の人が必要である。
さすれば、腹案ではなく、成案をもって問題は決着できる。
問題を解決する能力はないが、事態を台無しにする (ちゃぶ台をひっくり返す)力は持っている。
だから無能力の我々は、常に耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで、もって万世のために太平を開かんと欲しなくてはならない。
和をもって尊しとなす。過ちは、繰り返しませぬから。
これは単なる感傷ではなく、我々自らの叡智をもって裏付ける行動に出なくてはならない。
日本人には意思 (will) がない。
意思は未来時制 (future tense) の内容である。
日本語には時制がない。
日本人には意思がない。
英米人の子供には意思がない。
この点で日本人のようなものである。
思春期を迎え、言語能力が発達すると、意思を表すことができるようになる。
英米流の高等教育 (大人の教育) が可能になる。これは、さらなる英語の教育である。
日本語脳の持ち主には、大人の教育の意味は理解できない。
日本人は英米流の大学教育を高く評価もしないし、効果も上がらない。
子どもには意思がない。
だから、子供には保護者 (chaperon) がついてきて、それを代行する。
日本政府にも、意思決定が難しい。
だから、アメリカ政府が意思決定を助けてくれる。
日本人の誰もが指摘する通り、我が国の政府は、アメリカ政府のポチである。
日本人が、この道を脱却できるかどうかは、英米の高等教育の習得の成否にかかっているといえる。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
コメント頂きありがとうございます。
頂いたコメントに対して、自分の意思を示してご返事を差し上げるべきですが。
何分にも自分自身の理解力を超えて高度な内容の為、ご返事すべき内容が思い浮かびません。
自分の思考力のなさに悲しくなるしだいです。
これに懲りずまた、お越しください。