日記塊~77と49に関する幾つかの考察~

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優勝記念メガホンに関する幾つかの思い出話

2017-01-25 15:13:55 | ライオンズ・野球関連
今となってはすっかり小型の応援スティックにその座を奪われておりますが、その昔野球応援グッズの定番といえば文句無しでメガホンでした。
ライオンズにすっかり優勝の気配が無くなってるので
メガホン主流時代が終焉して久しいので、優勝記念グッズの筆頭もメガホンだった、ということを知るファンも少ないのでは。

先日、メガホン末期をともに過ごした64と8とツイッター上で優勝記念メガホンの話になりました。
ただ直近が2004年とそれなりの年月を経てることもあり
(2008年は記念スティックになっちゃいました)
お互い記憶があやふやなところも。
当方メガホン類は里子に出しておるのですが、ちょうどこの週末法事で実家に帰ったので、現物を見ながら思い出してみることに。
出て以来両親の手で色々整理されている実家ですが、メガホン類は愚息が発狂すると残してくれています。
ダミー背表紙のエロビデオはあっさり捨てられていたのに
親戚一同が楽しくやってる陰で1人ガサゴソ。
それなりに出てきました。



まずは97年版。
自分が1人で球場に通うようになった年。
ご覧のとおり優勝記念メガホンは金色の造りが基本でした。
チームカラー完全無視なのですが、この時ばかりは「金=一等賞」という分かりやすさにやられてました。

余談ですが、このバット型メガホンは当時ライオンズの主流の構造ではありません。
後の画像に出てきますが、もう少し短くグリップも太く、
グリップエンド部分の穴も広くちゃんとメガホンとして口につけて声を響かせられる構造でした。
この造りは何故かライオンズだけで、他球団のものは画像の造り。
長くグリップは細くグリップエンド部分の穴は指も入らない大きさ。
メガホンというよりバット型の打楽器玩具といった風情。
ライオンズのメガホンが割れやすい印象があり、当時の自分はより武骨そうで打楽器としては性能が良い他球団仕様に憧れ、ライオンズもこの仕様にならないかと願っていました。

この優勝記念メガホンはライオンズ仕様バージョンもあったのですが、そんな流れもあり当時の自分は迷わずこちらを選んだのでありました。
20年前かよ...。


翌98年はほとんど球場に行っていないため手元にありません。

続いて2002年。
この年が3人で議論が紛糾した年。
8曰く「金メガホンは無かった」。
64曰く「金メガホンは一応あった」。
自分は「ラメ入りのと金メガホン両方だった気がする。でもそれは2004かも」。

実物を見ると



我が家には3本ありました。
ここからは自分の記憶頼りですが、優勝時に販売されたのは左の青いラメ入りのみでした。
チームカラーを考えれば正しいモデルチェンジなのですが、金メガイコールジャンプW杯で通算首位の人が着るビブス位の価値を認めていた自分は憤慨。
「金メガの無い優勝など優勝にあらず。日本シリーズも中止だし
と宣っていた記憶があります。
では何故金メガが存在し、8の記憶には無いのか。

このメガホン、購入したのが草薙なのです。
オールドファンはピンとくるかと思いますが、当時オフシーズン恒例だったパリーグ東西対抗。
その試合当日のグッズ売場に並んでいたのです。
一緒に行っていた64とともに発見するや狂喜。
「優勝して良かった」と、周りの他球団ファンの白い目もお構い無いに大喜びしました。
当時は今のライオンズストアほどオフも充実した常設グッズ売場は少なく、
オンラインストアなんてものも存在しませんでした。
草薙に行っていない8が存在を知らないのも納得。
翌年の球場グッズ売場にも陳列されることは無かったので、64とは草薙だけでしか売っていないという共通見解。
草薙だけのために用意したのか、本来は他にも展開する予定が狂った結果なのか、我々の知らないところでも販売されていたのかは謎。
草薙以外で販売していたという情報があれば是非知りたいです。
今のところコレを持っている、という人は当日同行した面子以外知りません。
あまりの金メガ欲しさに狐に化かされた説も色濃いです。
日本シリーズのショックで既存品を金色に塗りたくってマイ金メガを作成して、記憶があやふやになっていった結果草薙で購入したと記憶操作しちゃってる説も。
2人して?やばいな俺たち。


最大の謎を呼んだ2002に比べると大した記憶の曖昧さも無い2004。
上の金メガが04では無いかと思っていたのですが、その理由が「シリーズで中日ファンが持っているのを見て羨ましく思った記憶があった」から。
シリーズ時点では金メガが出てなかったから羨ましがり、草薙で発見したときの狂喜に繋がったのではと。
この推測は「2004年に東西対抗は開催されていない」という64の指摘で消え、且つ「羨ましく思った」という記憶も純粋な金メガは日本一決定後に販売され、金メガ要素の薄いリーグ優勝記念メガホンは別に存在していたためということが現物を見て判明。
スッキリ解決...のはずだったんですが。



おい真ん中。誰だお前。

実物を見るまで一切記憶にありませんでした。
ていうか実物を見ても一切付随する記憶がありません。
念の為。右がリーグ優勝記念、左が日本一記念。のはず。
当時はCSが無いためCS優勝記念では無く。
プレーオフ初年度でしたがプレーオフ制覇でリーグ優勝だったし、そもそもレギュラーシーズンは2位通過だったので記念グッズを出す立場でもありません。
何故かリーグ優勝で記念Vメガホンを2点用意していた、ということになるのですが、
選択肢を用意するために2デザイン、とは到底考えにくい真ん中と右のクオリティ差。
小牧市長杯優勝記念ならギリギリ許せるレベル。
球場周りで外国人が売ってた無許可モノと言われても信じそう。
これをわざわざ購入したということは、これしか出ていない時期があったと考えるのが妥当そうですが...。
ピカピカ過ぎる日本一記念は東京ドームの売店で買いました。
大学のキャンパスから近く、オフでも確実にやってるグッズショップといえばここだったなー。

画像でお分かり頂けるかわかりませんが、この年のメガホンは小型になっています。
「メガホンでかくてかさばるっつーの」
という真っ当な意見が遂に作り手に届いた時期。
ここからどんどんコンパクトになっていきます。
それに伴い自分のメガホン熱は下がっていってしまいました。
直近の2008年は時代の流れで記念グッズもフラッグなどが主流に。
記念スティックバットは出たようですが、食指は動きませんでした。

直近が2008年なんですねえ...。
そろそろ選手個人ではなくチームの記念グッズが欲しいなあ。


おまけ。




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