『私のエッ !? 日記』(とりとめもない“ボヤ記”) 

  平凡な日常を画像とともに綴る Photo diary です。 

セミナー

2017年02月12日 06時24分32秒 | 日記
 虐待防止法が施行されて久しいが、一向に後を絶たない『障がい者虐待』
 加害者は、保護者、教師、施設従事者、雇用主など誰もが成り得るが、とりわけ障がい者支援施設における心理的虐待の根が深そうだ。
 支援と言う名のもと、その子のためと言いつつも全くためにならないことが、閉鎖された環境の中で平然と行われ、他人が口を出さない悪しき慣習が出来上がっていて、止まるところを知らない。

 子供たちは、とても個性豊かで十人十色、皆と少しずつ違うから通所してくるのであって、それを当方の都合で一緒くたに扱おうとすることが間違いの基で、着替えが遅いとか、切り換えが悪いなどの理由で、罵声が飛び交いお仕置が待っている。
 当人は子供のためと思ってやっているのだろうが、全くなっていないばかりか、そのことに気付いてもいない。子供は怒鳴られてパニック状態になり、何で怒られているのかも理解できず、事態は益々エスカレートするという構図である。

 要因は 「支援者の知識や技術上の問題」 「支援者のストレスや感情コントロールの問題」 「支援者の性格や資質の問題」 「倫理観や理念の欠如」 「虐待を助長する組織風土や人間関係」 「人員不足や人員配置問題による多忙」 などが複雑に絡み合っており極めて厄介である。



 
 後半、シンポジストとして登壇した「NPO知的障害者在宅支援の会」の理事長が、担任から虐待を受けた息子を持つ母親の立場から警鐘を鳴らした。
 自分も家庭では母親として厳しく躾けてきたつもりだし、もしかしたら虐待に近いこともあったかも知れないと振り返るとともに、学校に対しても厳しく指導して欲しいと期待していたのも事実だと言う。
 しかし、よもや息子が担任から虐待を受けようとは?と絶句し、熱心な指導と行き過ぎた指導の線引きは難しいし、どこからが虐待なのかも定義づけは難しいが、一つだけ確かなことは、担任は卒業してしまえばそれで終わるが、母親は一生その子に責任を持ち続けることであると訴え、この言葉の重みが会場全体を支配した。
 傷付いた心は今も癒えず、外出先などで当時の担任の住所「清田区」の表記や文字を見ただけで急に怯え出し、一生消えることはないだろうと結んだ。

 最後の質問コーナーでは、勇気をもって通報しても市町村のおざなりな対応で虐待が見逃され、通報する側にも力が入らなくなってしまう。これは『市や区の人事配置の問題と、担当者の資質の問題である!』と手厳しく指摘し、会場が大きな拍手に包まれた。行政側の本気度が試される!
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