『私のエッ !? 日記』(とりとめもない“ボヤ記”) 

  平凡な日常を画像とともに綴る Photo diary です。 

美宇降臨

2017年04月18日 06時13分12秒 | 日記

 17歳になったばかりの高校生・平野美宇が、史上最年少で卓球アジア選手権女子シングルスのチャンピオンに!
 それも完全アウェーの中で、世界ランク1,2,5位を連続で撃破し、5連覇中だった中国の牙城を崩した快挙は世界中に衝撃を与えた。
 準々決勝ではリオ五輪金メダルで世界ランク1位の丁寧を、準決勝では前回女王で世界ランク2位の朱雨玲を、決勝では世界ランク5位の陳夢と、格上の中国勢に3連勝。






 これまで1セットも取らせて貰えなかった丁寧に、準々決勝でも2セットを先取され、幾度も迎えたマッチポイントを凌いでの大逆転勝ち。 




 これがまぐれでないことを、準決勝・決勝ともに3-0のストレート勝ちで証明して見せた。





 リオ五輪代表漏れで補欠として同行した悔しさをバネに、「5月の世界選手権では中国人を倒してメダルを取りたい」と発言し、丁寧に「ハハ、何を寝言を・・」と笑われようとも、とてつもない事をあっさりやってのけ、各国メディアに『日本の少女が中国に降臨』とまで言わしめた末恐ろしい高校生。

 そんな彼女を陰から支えるのが、中国のお母さんこと劉潔コ一チ(元河北省チ一ム)だ。
 二人の出会いは2013年に美宇がJOCエリートアカデミーに選出された時で、劉コーチは既にJOCで指導していたそうです。JOCが劉さんを美宇のコーチとして白羽の矢を立てましたが、そんな大切な選手を自分ごとき者が与って良いものかプレッシャーで躊躇したそうです。

 JOCの熱心な説得で引き受けた後は、半年もたたないうちに劉コーチは美宇の趣味や好きなものから気性まで全てを把握したそうです。競技面だけでなくプライベートの面からも支えていくスタイルを取り、あらゆる面で美宇をその気にさせ、自信を持たせる方針を貫いたそうです。
 みるみる頭角を現し、2014年のドイツオープンで15歳の美宇・美誠コンビがダブルスで優勝するや、立て続けに2016年の卓球女子ワールドカップで何と若干16歳の美宇がシングルスで優勝してしまうのです。
 賞金60万円の使い途を聞かれた美宇は「劉コーチが好きなドイツのブランド品を贈りたい」「残りは全て母親に預ける」と答えて話題になりました。美宇がそこまでしたくなる劉コーチ、よほどの信頼関係で結ばれているのですね。

 美宇の勢いはとどまるところを知らず、1971年の全日本選手権であの石川佳純を破ってチャンピオンに輝くや、その勢いでアジアチャンピオン(実質的な世界チャンピオン)にまで昇りつめたのです。



 でも、必ずしも良いことばかりではありませんでした。
 1970年の全日本選手権の試合前、美宇はインフルエンザにかかってしまい、練習を始めることができたのは試合前日だったそうです。やっとの思いで決勝まで進んだ美宇野でしたが残念ながら敗れてしまいました。
 
 美宇のしぐさからハンパない悔しさを読み取った劉コーチは、すぐに走ってい行き泣きじゃくっている様子を見て、自分も非常につらくなり美宇を抱きながら一緒に泣いたそうです。
 美宇が勝つために必死で努力してきたことを知っていたからと劉コ一チは振り返ります。二人が抱き合いながら泣いた時、美宇は普段厳しい劉潔コーチの自分に対する深い愛を感じ、「私のためにコーチが泣く姿を初めて見て、その時にお互いの距離が近づいたような気がした。怒っていないときのコーチは、母親のように優しい」と語ったそうです。

 そんな師弟愛あればこそなのですね
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