行雲流水

阿島征夫、一生活者として、自由に現代の世相を評す。時には旅の記録や郷土東京の郊外昭島を紹介する。

大和魂?の豪栄道大関昇進

2014-07-31 23:30:02 | Weblog

名古屋場所は久しぶりに実り多い場所となった。名勝負もいくつかあった。特に日馬富士を破った嘉風のスピードあふれる相撲は何回見ても素晴らしい相撲史に残る一番だった。次には、豪栄道が白鵬を破った一番で、力負けしないで大関を確定した。

それにしても、豪栄道の大関昇進を受けた時の口上で大和魂が出てきたのには驚いた。あまりにも古色蒼然とした言葉で、何故この場でこの時に大和魂が出てきたのか思い巡らしてみた。
・稀勢の里のに期待が掛かった日本人横綱への期待がしぼんだことの反動、
・モンゴル勢は人材豊富で、10両の巨漢逸ノ城は大きさ重さで憎らしいほど強い。来場所は台風の眼になり来年の今頃は横綱候補になるかも
・和製横綱の候補として精神力で稀勢の里を上回る豪栄道に期待を掛け、今年中に横綱になってもらいたい
・常幸龍は187cm162Kgと大きく今場所も10勝をあげ、期待できるが未知数、遠藤や妙義龍のように小兵で巨漢力士を倒す醍醐味は有るが、横綱候補になるには課題が多く、時間もかかる
・実力は白鵬並みと言われながら、精神的に落ち着かない立ち会いで負ける稀勢の里に対する刺激にもなる

大和魂で豪栄道はもちろん、稀勢の里、栃煌山が頑張れば良いのだが、そもそも大和魂とは何かを理解することが肝心だ。
大辞林によると
やまとだましい【大和魂】
 ①大和心。和魂。(漢学を学んで得た知識に対して)日本人固有の実務・世事などを処理する能力・知恵をいう。 「才(ざえ)を本としてこそ,-の世に用ゐらるる方も強う侍らめ/源氏 乙女」 「露,-無かりける者にて/今昔 20」
②〔近世以降の国粋思想の中で用いられた語〕 日本民族固有の精神。日本人としての意識

今回のケースは源氏物語から出てきた和魂漢才を意味する大和魂でなく、戦前の軍国主義から出てきた大和魂「不足するものは大和魂で補え」「大和民族は優秀だから突撃しろ」といった方の大和魂なのだろうか?そうだとしたら精神論だけでは勝てなかった戦争の教訓を忘れてはならない。

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内閣支持率低下で内閣改造?

2014-07-29 22:54:46 | Weblog

最近の世論調査で安倍内閣の支持率について報道されている。日経48%、朝日42%といずれも5割をわり、最低の結果だ。最大の要因は集団的自衛権の行使容認を閣議決定したことにあり、特に女性の拒否反応が大きい。次に原発の再稼働に反対する世論が日経で52%朝日で59%に達するのに、財界の推進論に押され、再稼働ありき前提のエネルギー政策を進めていることも支持率低下の要素だ。

支持率が低下すれば、自民党内から安倍内閣を危惧する動きが出て来る。先手を打って内閣改造を提起し、求心力を保とうとするようだが、古い自民党のやり方で感心しない。1年半で大臣が替わることはろくに仕事をしないうちに肩書と年金増だけをもらうことになる。入閣待望者60人もいるので、大幅に変えても10人だとするとかえってこじれる可能性が大だ。

世論調査では経済政策への評価は日経44%、朝日45%と評価しないの37%、35%を上回っており、安倍内閣は今後アベノミクスを着実に実行し、女性参画、雇用改善につながれば内閣支持率は上がってくる。物価の動向が日銀の思惑どおりに2%に近づき、デフレ脱却が黒田日銀総裁の異次元緩和の成果となると、安倍内閣としてはトンビに油揚をさらわれたようなものだ。対外摩擦を起こさず、国民の平和を求める声を大切にすれば50%の無党派層からの支持が得られよう。

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英国に学べ

2014-07-27 23:02:52 | Weblog

「日本はイギリスより50年進んでいる」などと自己満足本が書店に並んでいるが、実際の英国経済は日本どころか目下世界のトップクラスのパフォーマンスを遂げている。アベノミクスは大いに学ばなければならない。

英政府統計局が25日発表した2014年4~6月期の実質国内総生産(GDP)速報値は前期比0.8%増(年率3.2%増)となり、規模でリーマン危機前のピークを超えた。消費の伸びに加え、法人税率下げの効果などで自動車を中心に国内製造業が活性化したためだ。

縁あって、仕事やプライベートで1980年代より、しばしば英国を訪れたが、英国は古き伝統の停滞している国と思われてるが、この30年実にダイナミックな国だと感じてきた。金融ビッグバンでロンドンが世界の資本市場や金取引の中心になって多くの雇用を生み出したことは記憶に新しい。しかし、それ故にリーマンショックの影響は大きかった。

克服するために取った政策は法人税の引き下げ(28%→21%)で外資、特に製造業を呼び込んだことだ。かつて、英国の自動車会社はロールスロイスにしろ、ランドローバーにしろ全て経営が傾き外国企業に買収され、英国籍の自動車メーカーは皆無となった。それでも英国政府は法人税を下げ、外資を優遇した結果、BMWのロールスロイス、インドタタのジャガーやランドローバーは英国での生産を続け、復活を遂げた。自動車産業は英ポンドが対ドルで6年ぶりの高値圏にあるにもかかわらず、14年上半期の輸出台数は前年同期比4%増え、年間の生産台数は10年ぶりの記録となる160万台に達する見通しだ。日本の日産も80年代サンダーランドに工場をつくり、EU市場へ供給している。

ソーシャルエンタプライズという社会福祉企業が発達して、国の福祉を担い、地方に大きな雇用を生み出していることも特筆すべきことだ。
唯一気掛かりなのは、不動産バブルで、この点は日本とよく似ている。

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ジョコ・ウィインドネシア新大統領に期待する

2014-07-25 23:28:38 | Weblog

永年、軍人や名門一家に独占されていたインドネシア大統領に53歳の民間人ジョコ・ウィ氏が当選した。(ジョコ・ウィドドが本名だが本人は親しみ安いジョコ・ウィと呼んで欲しいといっている)彼はソロ川の辺のスラム街に生まれ育ち、大工から家具輸出業へ、2005年に地元の市長に初当選、2期勤め、2012年ジャカルタ州知事に駆け上がった。

対立候補はスハルト一族の軍人で、伝統的なインドネシアの大統領候補だった。小さな町の市長に大統領は勤まらないと反ジョコキャンペーンを張ったが、政治家としてのキャリアはジャカルタ州知事をこなしたジョコ・ウィ氏の方が上だという反論が実った。

しかし、インドネシアは領土も広く、多民族で人口は2億を超え、貧富の格差、インフラの貧弱、その上財政危機と乗り越えなければならない課題は多く、政治手腕が問われる。最近のタイのようにばらまきで人気を取ったり、ウクライナのように民族間の対立を煽るようなことをすれば、軍の介入を招きかねない。ジャカルタ州知事時代、最低賃金の舵取りを見ていると労働者と経営者のバランスをとり、必ずしも大衆におもねることはしない。今年の最賃でも要求の68%に対し11%増の裁定を下している。昨年は60%増の裁定で日系企業を含む外資系企業から不満が出たことを考慮したのだろう。

インドネシアの安定は東南アジアの安定に繋がり、日本にとっても重要だ。

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中国産チキンナゲット事件からの教訓

2014-07-23 22:30:09 | Weblog

昨年、有名一流ホテルでメニュー表示と異なる食材が使用された問題が発覚、冷凍魚を鮮魚、濃縮還元ジュースをフレッシュジュースと表示したり、トビコをレッドキャビア、また「車エビ」の代わりに「ブラックタイガー」を、「芝エビ」の代わりに「バナメイエビ」を使っていたことが判明し、レストランの表示が新たに書き直された。今回の事件と何となんとなく似ているが全く違う点もある。

今回の中国産チキンナゲットは賞味期限の過ぎたものを再利用するという健康被害に及ぶだけに昨年の偽表示事件より深刻だ。野菜やピーナッツとか鶏肉そのものなら原産地が明確にされているがこれを使った製品になると原産地が明確にされてないケースもある。マックのチキン関連製品は安くかつハンバーグよりカロリーが低いので自分も食べたことがあるがまさか中国製品とは思わなかった。

良心的な居酒屋やレストランでは食材の生産地を明示している。今回の事件で、外食産業やコンビニでは今後、使用している食材産地を明示することが信頼を取り戻す必須条件だ。

1960年代、社会主義の中国では、貧しくとも空気は綺麗で、食糧も安心して食べられた。経済学者の故大内兵衛先生が「中国の卵は資本主義の日本の卵よりはるかに美味しい。それは人間を大切にしているからだ」と何かの雑誌で言っていた記憶がある。1989年初めて私が中国を訪問したときは、各地の料理は旨く、大内先生の言うとおりだと感じた。世界から金を買い集め、今や資本主義の先を行ってるかのような中国、世界2位の経済大国の国民は幸せなのだろうか。

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ブラック企業「追い出し部屋」に厳しい判決

2014-07-21 17:41:17 | Weblog

リコーが、希望退職に応じなかった社員約100人を「追い出し部屋」に移動させ、更に出向・配転命令を行った行為に対し、命令を無効とする地裁判決が控訴審で争われたが、高裁でも無効とする判決が下った。労使が和解することになったが、人材を軽く扱ったという職場のしこりは残る。企業は人なり、今後経営側の努力が見られないと人材を集めることは難しい。

出向や配転命令は、企業の人事裁量権の一つとして、認められているが、権利を乱用した場合は無効になるという判決だ。リコーの今回のケースは常識的に見て人を大切にする企業のやることではない。
先ず、人員削減の方法で、人減らしを各部署ごとの削減人数を「6%」と機械的にはじき出したり、対象を選ぶ基準が不透明だったりして、納得性がないことだった。
次に出向者選定で、対象者のキャリアと、出向先での仕事が大きく違っていたことだ。例えば、退職勧告に応じない技術系で採用した社員を物流子会社へ出向を強要した。中には退職強要と出向命令で追い詰められ、鬱病になった社員もいた。

今回の裁判では、リコーは「退職勧奨マニュアル」を作成し、対象者が退職を拒んでも上司が説得できるように対応している。上司だって嫌な仕事を会社から押しつけられるわけだが、あくまでも事務的に対応するようにマニュアル化している。
退職勧奨の常套句は「今後あなたにやっていただく仕事はなくなり、今止めれば会社都合退職となり、加算金も出る」退職しないで「配転先や出向先で慣れない仕事だからといって退職したら自己都合退職になり、退職金は減額になるかも」といったセリフだ。

万が一、企業の経営に危険が迫っても、企業を支える人への配慮は十二分に行わなければならない。安易なマニュアルでリストラを行うことはダメという今回の判決だ。

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利尻・礼文島紀行最終章

2014-07-19 15:04:39 | Weblog

島からの帰路、日本の最北端、宗谷岬に寄った。前夜ホテルで食べた海鮮づくしの中、唯一の肉、宗谷黒牛の牧場があると聞いた。この広大な岬一帯は冬の寒さと風が厳しく原野となっており氷河期からの地形が変わっていないというまさに化石のような土地だ。(周氷河地形という)この地に牧場を開くというのはかなり勇気と苦労があったと思う。更に、現在は57機の風車発電機が回って30年前来た時とまるで様子が変わっていた。

宗谷黒牛は和牛の美味しさがあり、仔牛の肉は主として東京のデパートへ卸され、成肉はハンバークとして今や稚内の土産品トップクラスとなり、地元経済に役立っている。ちなみに、このハンバーク帰宅して食してみたら、柔らかく歯がなくても食べられる高齢者むきだ。

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利尻・礼文島紀行その3

2014-07-17 22:50:36 | Weblog

島の経済は4か月間の観光以外は漁業で持っている。漁業といってももっぱら昆布とウニで、宿泊した利尻のマリンホテルや礼文のコリンシアンホテルの売りもウニづくしの食事であった。南の函館と違いイカは沖漬け以外一切出てこなかった。私には非日常的な高価なウニを堪能できたが、ウニの苦手な人には苦痛だったに違いない。
利尻島唯一の工場でとろろ昆布を生産している

かつては鰊漁が中心の漁業で押し寄せる鰊の魚群を発見する高台だとか、出荷調整のための生けすが何カ所か残っている
鰊を見張る高台には、会津藩藩士の墓が建てられていた。江戸末期、1808年ロシア人が侵攻してきたので、幕命によって会津藩士180名余が利尻防衛にあたったが、寒さで亡くなった藩士もいた。

礼文の西海岸は景色は素晴らしいが断崖絶壁で道もなく、漁民も住めない

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利尻・礼文紀行その2

2014-07-16 23:24:52 | Weblog

利尻島、礼文島には多くの高山植物が夏に一斉に花を咲かせる。最北の位置なので本州では高山植物だがここでは普通の植生だ。水芭蕉、座禅草のように本州と全く変わらないものもあるし、本州の高山では見かけないものも有る。実に多種類の植物がある。特に利尻島はエゾマツ、トドマツなど森林地帯も有り、植生が豊かだ。

鴛泊(おしどまり)港からの利尻富士(1721m)

利尻島姫沼の周囲は森林地帯で植生も豊富

礼文うすゆきそう、エーデルワイスよりやや小ぶり

巨大なカリフラワーのようなエゾニュウ初めて見た。姫沼の周囲や礼文の西海岸でよくみかけた

エゾキスゲ、ニッコウキスゲと変わらない

礼文島の西海岸は気候も厳しく、いち早く秋の花を咲かせていた。〆はナデシコでしょ

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利尻・礼文島紀行その1

2014-07-15 23:43:43 | Weblog

東京から稚内へ、2時間弱のフライトで着く、そこからフェリーで利尻島へ1時間40分、日本最北地域へは以外と時間はかからなかった。しかし、厳しい気候のため観光シーズンは4か月、バスも宿泊ホテルも短時間勝負のためかおもてなしの心が感じられ、思いで深い旅行となった。

利尻へ渡る前、稚内のノシャップ岬を訪れ、遙か彼方樺太(現サハリン)を視界に収めることができた。終戦直後、8月20日ソビエト軍による中立条約を破棄した侵攻で樺太住民は大混乱に陥り、最後まで電話交換台を守った9人の女性は青酸カリをあおり自決した。
ノシャップ岬にはその彼女たちの霊を祭った祈念碑があり、毎年8月に慰霊祭を行うと聞いた。この地域に来ると歴史的にもロシアとの関わりが多く、樺太からの引き揚げ者もいる。引き上げる際、40キロの距離であるが、小船の転覆で多くの住民が犠牲となった。戦前の稚内港は樺太への玄関口で賑わっていた。桟橋には防波堤も当時のまま残っており、当時を偲ぶ展示物も公開されている。沖縄の悲劇は多く語られているが、おかしなことに樺太の悲劇についてはこの地域だけに限定されている。

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