行雲流水

阿島征夫、一生活者として、自由に現代の世相を評す。時には旅の記録や郷土東京の郊外昭島を紹介する。

昭和記念公園のスプリング・マジック

2011-04-30 22:03:23 | Weblog

30日の昭和記念公園の昼下がり、ここのところの暖かさでスプリングマジックはチューリップが全開、例年に比べるとムスカリが終わりになっていてパーフェクトではないが、その代わりみんなの広場の遙か遠くに菜の花が見えた。連休にはお奨めのパノラマだ。

隣にはネモフィラ、下の芝桜と良くコンビで咲いている

ポピーは盛りを過ぎつつあるが周りの若葉と見事な造形

遙か彼方に菜の花がうすく見える

周囲のハナミズキも咲き始めた

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福島第一原発事故の中間的総括その5

2011-04-27 22:50:36 | Weblog
原子炉格納容器や建屋が汚染され、計器を含め中がどのくらい壊れているか判らないことが復旧作業の遅れに繋がっている。作業員の被曝管理も分刻みでやらなくてはならない。世界のロボットの7割が日本の工場にあるロボット王国なのに、原発現場では縁がなかったというより開発する努力が足りなかったのだ。ようやく米国で開発したロボットが4月17日高放射能の建屋を観察出動した。ロボットで放射線レベルを先ず計ることが作業の前提だ。

放射性物質を放出するのは外部への蒸気やパイプや弁、そして今回は格納容器からも高レベルに汚染された水が漏れていて一部が外部に流出した。どこから漏れているのか見つけるのが難しく、岩盤の割れ目から地下水に入り込むことも考えられる。地下水の流れを掴んで防がないとやがて海に流れ込むことになる。こうした研究はこれまでないがしろにされてきたのではないか

ベルギーのモルにある高レベル廃棄物処理の研究所を訪問した時に地下深く縦穴を掘り、粘土質の土壌がどのくらい水を通すか研究していた。またスイスのグリムセルではアルプス岩盤に横穴を掘り、雪解け水が岩盤の中をトンネル内の研究所まで到達するのに1億年は掛かっているといった研究をしていた。諸外国の研究に助けてもらうことも必要だ。
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福島第一原発事故の中間的総括その4

2011-04-26 00:53:14 | Weblog
住民避難がもたついたことがよけい不安をあおった。先ず、日米で避難範囲が異なるということ自体がおかしい。当初、日本は30km、米国は80km、しかも日本は20kmは避難、30kmまでは屋内待避といったことで、外国人は当然米国基準を選択した。日本政府の自信のなさと情報提供への不信が渦巻いた結果だ。この点はすでに4月10日のブログで解明した。

避難計画と訓練が必要だということが今回の事故で(残念だが)ようやく政府も自治体も理解できたのではないか、これまで原発に不信感を与えるとして避難訓練は避けてきたが決して住民のためにはならない。事故のレベルに併せた避難計画の策定が全ての原発立地地域では必要だ。4月17日、ようやく東電からこれからのロードマップが発表され、6~9ヶ月をめどに事故原発の循環冷却が復活し、放射性物質の放出も治まり、原子炉を冷温停止状態にして建屋全体をカバーで覆うと発表した。その時点で避難民が果たして帰宅できるか?土壌がどれくらい汚染されたかによるが、そのあたりの説明は政府の判断ということになった。

2000年6月に始まった三宅島雄山の山頂噴火により、同年9月全島民は島外へ強制避難した。そして2005年2月、4年5ヶ月ぶりに避難指示は解除され島外での避難生活も一応の終止符を打った。こうした最近の例を参考に長期的な計画も政府は考えておくべきだ。
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福島第一原発事故の中間的総括その3

2011-04-24 04:02:29 | Weblog
今回の事故では外部電源の喪失が危機を招いたことを実感した。それによって緊急冷却装置(ECCS)が働かず、炉心溶融という事態を招き、燃料を包むジルコニウムが反応し1号機3/12、3号機3/14に水素爆発が起きた。放射性物質は風によってかなりの範囲に運ばれ、降雨を経由して東京の飲料水まで赤ん坊が飲めない事態にもなった。この時点でレベル7に近いことを発表すべきであった。

その後、4月11日の余震で東北地方は停電状態となり、女川原発まで大部分の外部電源が喪失した。ヂーゼル発電機が働いたが、肝を冷やすことが起きた。

電気が無くては原発は電気を生み出せないことは判りきったことだが現実にそうした事態が起きるとは考えてなかったのではないだろうか。非常用発電機のヂーゼル発電機が福島のように全滅したら外部電源が回復するまで電源車の手配をしなければならないが、その準備がなされてなかった。

原発自体は耐震でも今回のように強い余震で広範囲に渡る大停電が起きることを想定し、万全の準備を早急にしておくべきだろう。これは福島第一原発に限ったことではない。
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福島第一原発事故の中間的総括その2

2011-04-22 00:11:20 | Weblog
同じ東北にある女川原発や茨城県の東海第2原発は3月11日の巨大地震に耐え、津波対策ができていたので巨大津波の影響も大きくなかった。東海原発では二台の冷却ポンプのうち一台が津波をかぶり作動しなかったが制御棒もきちんと入って、冷却機能も保たれた。

東北電力女川原発は巨大津波を想定し、14.8mの高度に建設、津波で被災した住民が避難所として利用したほど安全だった。震源地に近く津波の高さはほぼ14.8m程度だった。
原電東海原発は津波対策として防潮堤の強化、ジーゼル発電機の移設などの対策が幸いした。正確には三台のうち1台は上記冷却ポンプと伴に移せず津波にやられた。

想定外のゆれには福島第一原発も何とか耐えたようだが、津波の想定5.7mをはるかに超えた14mの巨大津波で外部電源が切れた場合の命綱、ジーゼル発電機が全滅、海水冷却ポンプもやられ、1~3号機は炉心溶融という事態になった。

問題は建設した当時の想定で、現在も通用するかということだ。与謝野大臣が「あの時点では最善のものだった」などと言っているが、津波の大きさについてもインドネシアの大津波はテレビでもはっきりと確認できた。その時点で安全第一を考えれば少なくとも、防潮堤の設置やタービン建屋にあるジーゼル発電機の高台への移設だけはできたはずだ。今回の福島第一原発の事故はこれだけでも人災といえる。東京電力だけでなく保安院を含む代々政府の責任は大きい。
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福島第一原発事故の中間的総括その1

2011-04-20 15:51:52 | Weblog
私は1980年代の後半、約10年間安全性の追求という面からいくつかの研究会を作り、原子力を含むエネルギー政策に取り組み、連合の前身民間連合のエネルギー政策を主導した。この間、日本だけでなくドイツ、フランス、カナダ、米国など欧米の原子力発電、核燃料再処理施設などを現地視察し安全施策を調査研究した。当時は反原発運動も活発で大いに議論をしたし、電力会社も緊張感に包まれていた。

その後、エネルギー政策の現場から離れていたが、原発で何となく危惧を抱いたのは次の2つの問題に代表される現場のゆるみというか安全第一の精神が弛緩しているのではないかという思いがよぎった。反原発運動が弱まった反作用かもしれないとも考えた。

一つは2004年8月9日福井県美浜町の関西電力美浜原発3号機の2次冷却系の配管が破損し、高温蒸気が噴出して作業員4人が死亡した事故で、同社は2003年11月に破れた部分が計画的な点検が必要な個所と把握しながら、2004年8月14日から始まる定期検査まで、何もせずに運転を継続して9日に事故がおきた。

もう一つは2007年1月31日、東京電力は原子力発電所で行った定期検査に関するデータの改ざんについて調査結果をまとめた。福島第一、第二、柏崎刈羽の原発、合計17基中13基で新たな不正が発覚し、緊急時に原発のメルトダウンなどを防ぐ非常用炉心冷却装置(ECCS)のポンプ故障を隠して検査を通すなど、悪質な改ざんが明らかになった

今回の福島原発の事故は想定外の津波が原因と当初私も思ったが、上記のごとく電力会社全体に安全第一の精神が弛緩していたことが今回の大事故を招いた背景と考えている。
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夢のある復興へ一つの提案

2011-04-18 21:51:21 | Weblog

津波で被災した市町村の復興がいろいろと提案されている。被災者の声は前の住居にすみたいという気持ちが強いが防災の観点から難しい。ここは将来の街作りをじっくり考え、夢のあるこれまでにない街作りを提案したい。。

私が世界のあちこちで見受けた街で印象に残っているのは、イタリアのトスカーナやシチリアの丘の上の街だ。その昔、イタリアは都市国家のモザイク状態で、都市国家間の紛争が日常茶飯事であったため、防衛に適した丘の上に城壁をめぐらし、その中に街を建設した。

畑は丘の下だったからさぞ不便だったと推測できるが安全はなによりと我慢をしたのだろう。三陸のようにリアス式海岸であれば津波を避けるため、街は丘の上に建設したらどうだろうか。海や畑へ出るのに不便になるが、ニュージーランドの港町ウエリントンではいくつものミニケーブルで丘にある住まいから通勤している。財力のある人は自家ケーブルを施設している。日本でも中央線の四方津では駅から斜行エレベーターで丘の上の新開地と連絡している。

皆で知恵を出し合い実現してほしい。

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政治が二次災害にならないように

2011-04-16 18:38:43 | Weblog

大震災から1ヶ月過ぎて、毎日、テレビやメディアで「がんばろう、団結、日本人ならできる」といったかけ声が流されているのに、政治はどうだ。政権党の民主党では政府の足を何とか引っ張ろうと小鳩が画策し、今の内閣ではだめだと余分なことを言って国民に不安をあおっている。

首をすげ替えれば簡単に済むことだろうか、自民党は平時に取っ替え引っ替え首相を替えたがろくな結果にならなかったではないか。この国難を乗り切るには与野党一致した彼らの好きな「挙国一致」体制が必要だ。今仮に菅内閣をつぶしたらどういう内閣ができてこの国難をどう乗り切るのか示してもらいたい。

菅首相も自信があるならきちんと国民に説明すべきだし、なければ自ら降りる道を取るべきだ。原発周辺の土地は20年?30年?使えないと言ったとか言わなかったとか。広島に原爆が落ちた時に、70年間人が住めないといった噂が流れたがそれと同じような実に不愉快な発言だ。余震が続いているが政治の方が崩壊するとなると、3万人近い死者、行方不明者がうかばれないだけでなく何とか這い上がろうとしている被災地の努力が実らない。

政治による二次災害だけはnoだ

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今週見たさくら 昭和記念公園他

2011-04-14 21:29:42 | Weblog

今週はさくらの週、暇さえあれば花見散歩となった。

昭和記念公園の桜園はさくら吹雪となり、花びらの上を歩ける唯一の季節だ

この2日間は初夏のような気温で新緑も映え、菜の花の生育の遅さを補ってくれた

しだれもようやく満開、ソメイヨシノとカクテルを形成してくれた

名物スプリングマジックのチューリップもようやく見られるようになった

さくらの陰で咲くれんぎょう

立川の官庁街

多摩川の桜堤、福生あたり

二人合わせて185歳の年寄りは国立で車窓花見、

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ついにレベル7へ

2011-04-12 23:48:03 | Weblog

チェルノブイリの事故は今でも欧州では悪夢だ。放出された放射性物質は600Kmにも達している。その事故と同じレベルへ今になって引き上げた狙いは何なのだろうかこれまた謎だ。保安院は同時に放射性物質の放出量はチェルノブイリの1割と強調しているが、一方で東電は福島第1原発では1~3号機の圧力容器や格納容器が損傷している恐れがあり、原子炉から放射性物質が100%外に出れば、チェルノブイリを超える可能性もあると説明した。

チェルノブイリの事故はコンクリートや鉛で暴走している事故炉を被い、10日間で放射性物質拡散には歯止めが掛かったが、福島の場合、炉事態が地震と同時に制御棒が入り、暴走すること(臨界に達する)は防げたが、燃料冷却が緊急冷却装置が働かず、炉心溶融が起きた可能性が大きく、格納容器も損傷している可能性がある。これを解決するために循環する水で冷却する装置の稼働に向けて作業を続けているが、高レベル汚染水もれや余震の影響で作業がはかどらない。

一方外部での蓄積放射量は1ヶ月経ち、一般人の被曝線量の限界に達する地域も出てきている。本来なら水素爆発が起き、放射性物質が拡散し、その後東京で水道水が乳幼児に飲ませてはいけないレベルまで達した時にレベル7とすべきだったのにパニックを恐れ、出来なかったのだろう。

すでに低レベルの貯蔵汚染水は海に流し、今後どのような影響が出て来るか、また多重安全装置の最後の砦ともいうべき格納容器からの放射性物質放出を止めるのには長期戦となり、放出量が増える可能性がまだあるのでレベル7としたのだろう。

これで外国人の日本敬遠は加速、国際交流は益々難しくなるし、日本製品の国際的な風評被害も当分避けられない。細かく各地の放射線レベルを測定し、毎日公表することによって挽回するしかない。

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