行雲流水

阿島征夫、一生活者として、自由に現代の世相を評す。時には旅の記録や郷土東京の郊外昭島を紹介する。

残念な「石原裕次郎記念館」の閉鎖

2017-08-31 18:41:45 | Weblog
昭和の大スター、石原裕次郎の愛用品を展示している北海道小樽市の「石原裕次郎記念館」が31日、26年の歴史に幕を閉じる。とのニュース、施設が古くなり、来館者も減ったことから「裕次郎さんらしく、惜しまれているうちに終わりたい」(浅野謙治郎館長)と閉館を決めたとのこと。
 
私達70代にとって、映画スターといえば日活時代の面々、中でも裕次郎がピカイチに輝いていた。勤めていた三菱電機が「太陽にほえろ!」というテレビドラマを提供していた関係で、撮影所に近い当時砧にあった労組事務所がドラマの撮影に時々使われていた。ご本人を遠くから拝むことも時々あり、撮影所の総務部長に只で事務所を貸しているのだからサインの色紙ぐらい持って来いよと言ったら、ご本人のサインと当時は無名の太陽にほえろの役者の集合サインを持ってきた。今でも大事にしているが、見る度に、雄姿を思い出す。
 
小樽には何回か観光で行ったので、その度に裕次郎記念館に行かなくてはと思っていたが、小樽市内から結構離れているので行きそびれてしまった。この記念館が東京にあったら今でも毎日多くの人で賑わっていただろうと思うと残念だ。石原プロは砧の隣、成城にあったので成城に作るのが適していたのだが、高級住宅地でコストがかかり難しかったのだろう。
 
かつて、米国の南部メンフィスのエルビス・プレスリーの記念館を訪れたとき、道路むこうの土産店だけで1500人も雇用を産んでいると聞いた。最近では当時非公開であった邸宅も公開されてるとのニュース、永遠のスターとして大事にされている。日本でも葛飾柴又では、寅さん記念館の隣に山田監督ミュージアムを併設し観光協会が力を入れている。
ファンドで資金を集め、石原裕次郎ミニ記念館でも再建して欲しい。

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