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【会津野】旅言葉でいう「沈没」

2017年02月06日 | 宿主からのブログ

おはようございます。旅人宿 会津野 宿主の長谷川洋一です。

「沈没」という言葉、1986年に出版された「ゴーゴーインド」(蔵前仁一著)で書かれたものです。

世界を旅するバックパッカーが、ひとつの安宿で長逗留し、旅をせず、あたかも、そこの住民になってしまうようなことを言います。

1970年代から隆盛を極めた若者たちの自分探しの旅である海外自由旅行が、80年代後半には沈没する若者が出現するように変化しました。

1969年生まれの私は、19の時、この「沈没」という現象をライブでみていました。

19才であった1986年春、沖縄の離島を2か月近く放浪しましたが、この時、「キャンプ場に2年住んでます!」なんて人がいたことを覚えています。

日本国内では宿に長逗留するにも費用がかさむので、キャンプ場に沈没している人々がいました。

私は、約1ケ月間、石垣島の米原キャンプ場で過ごしましたが、そこには、誰が用意したのか、ドラム缶風呂があったり、キャンプ場の中で米を育てている方がいたりしました。こんな生き方があるのかと、大きなカルチャーショックを受けたものです。

一人旅なのに、みんなでご飯を食べたり、風呂を交代で沸かしたり、時には他の方のテントで朝まで過ごしたりと、旅と言うより共同生活でしたね。

でも、それはそれは楽しい時間だったものです。

1997年に会津で宿をはじめた頃も、わずかながら沈没する方々がいたことを覚えています。わが宿では、最高で4か月過ごされた旅人さんがいましたが、いま思えば、2000年頃を境に、そういう旅人がまったくいなくなりました。

1980年代と2000年以降を考えると、そこには売り手市場であった労働環境と、就職氷河期の違いがあります。

ガンガン働く時期と、のんびり旅先で沈没する時期を繰り返す生き方が許されていた時代と、それが不可能な時代へと変化してしまったのです。

沈没していたアウトローな生き方をする方は、現代の若者にはいなくなってしまったのでしょうか。

でも人々というものは、そう簡単に変われるものでもありませんよね。

2日前のエントリー【会津野】書籍「『地球の歩き方』の歩き方」で、安松清さんの言葉を書きました。少し書き換えるとすれば、

「アウトローな生き方を目指す人々は、いつの時代でもアウトローを目指す。困難でも目指す。ただ、その逗留先として、宿が魅力を示し、伝え続けなければならない。」

残念ながら、日本の宿はこの魅力を示せていないのかもしれません。

私は基本的にアウトローな生き方が好き。旅人さんとの共同生活を繰り広げる毎日が過ごせたら、どんなに楽しいものか。

さあ、具体的にどうやって行動するか。立春を迎えた今年の大きな課題として、考えてみようと思います。

今日も素敵な一日を過ごしましょう。

※コメントは、旅人宿会津野Facebookにて承ります。
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