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「不快でも向き合い続けろ 『思考停止』だけは絶対するな!」

2015年03月26日 | 宿主からのブログ

おはようございます。旅人宿 会津野 宿主の長谷川洋一です。

会津野は気温ー2℃、晴れた朝です。

NHKの「東北発☆未来塾」という番組があります。3月23日の放送で、「フクシマ論」の著者である社会学者の開沼博さんが、福島第一原発から20Km圏の楢葉町を訪ね、現状とこれからを考える内容が紹介されました。

ここ会津美里町は、原発事故当時、全町避難となった楢葉町の災害対策本部と役場機能が置かれ、被災者の方々の避難先となりました。現在も、会津美里町内の仮設住宅には、楢葉町の方々が暮らしておられます。とても身近で関係の深い町の現状紹介でしたので、興味深く視聴しました。

番組では、いっしょに訪れた大学生たちが「無力」という言葉を使い、自分たちに出来そうなことが頭に浮かばない様子でした。開沼先生は、「微力」という言葉を使い、『少しでも何かできることはある。考えてわからなくて不快になっても、思考停止してしまったら明日はない。』とおっしゃってました。

フクシマで暮らす住民にとって、フクシマの将来を考えることは、はっきり言って「不快」なことです。しかし、必ず明日はやってきます。思考停止をしてしまったら、どうしようもない。重い課題だけれど、前を向いて生きるしかないのです。

昨日書いた「新潟仕入れの旅」の途中で読んだ新潟の地方紙である新潟日報に、新潟水俣病訴訟のことが載っていました。新潟水俣病は、汚染された川魚を食べた流域住民らが発症したもので、50年前の1965年に確認されたものです。汚染から50年以上たっても、実際にはまだ解決していないのです。

こんなに長いこと尾を引く問題があっても、その地域の暮らしは行われています。そして、汚染源となった巨大な工場跡地は、現在でも古い建築物が残っています。地域の方々は、長いこと前を向いて歩いてきたのです。

番組では、廃炉作業員とともに暮らすまちづくりが、ひとつの提案とされていました。汚染除去(除染)を行い、地域にとっての新たな産業である廃炉作業を考える。不快な選択だけれど、これが汚染地域の生きる道なのだろうか。

有効な解は見えないけれど、次世代、次々世代まで、この悩みを持ち越したくないとだけは思います。

今日も楽しく過ごしましょう。

※コメントは、旅人宿会津野Facebookにて承ります。

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