会津の旅人宿 地域との交流・旅人との交流が盛んな【会津野】宿主ブログ

地域の話題、旅人のホットな話題、季節のおいしい食べ物の話題など、会津へ旅する人々への話題中心の宿主ブログです。

日本人が起こしてきたテロ事件

2015年01月25日 | 旅行

おはようございます。旅人宿 会津野 宿主の長谷川洋一です。

イスラム国と名乗る人質事件で社会が揺れています。ちまたでは、さまざまな意見があるようですが、日本が起こしたテロ事件を復習しつつ、なぜこのようなことが起きるのかを、今日は考えてみようと思います。

1972年にテルアビブ空港乱射事件というのがありました。(WikiPedia)

この事件は、対立していたイスラエルとパレスチナにおいて、イスラエルに逮捕勾留されているパレスチナ人317人の開放を要求するために、パレスチナ開放人民戦線(PFLP)がサベナ航空機をハイジャックし、イスラエル テルアビブ近郊のロッド空港に着陸させたうえで、機内の人質を盾に要求を通そうとしたことがきっかけでした。イスラエル政府は要求を拒否し、ハイジャックを制圧しましたが、PFLPはこの報復をするために、警戒をすり抜けられそうな日本人と協力し、ロッド空港で銃の乱射事件を起こしました。この事件は、無差別テロとして空港の乗降客26名が殺害され、73人が重軽傷を負った。

43年前の日本には、テロ支援としての実行犯となる人間がいたということです。

1974年には、三菱重工爆破事件が起きています。(WikiPedia

この事件は、東京丸の内の三菱重工業本社に時限爆弾が仕掛けられ、8名死亡、負傷376名の大惨事が起きた。これも無差別テロとして、当時は戦後最悪の無差別テロであった。 第二次世界対戦前の日本を絶対的な悪と捉えた東アジア反日武装戦線が出した犯行声明によると、 「三菱をボスとする日帝の侵略企業・植民者に対する攻撃」であった。つまり現状へのはらいせであった。

 1977年には、ダッカ日航機ハイジャック事件が起きる。(WikiPedia)

この事件は、日本赤軍が日本国内で逮捕・勾留されている9名を開放させ日本赤軍に参加させることを目的として、日本航空機をハイジャックし、乗客を人質として要求したもの。日本政府は、人質の身代金600万ドル(当時のレートでは約16億円)を用意し、要求に屈した。この事件では、人質は全員開放されたものの、獄中の人間を釈放したり、身代金を支払ったりと、超法規的措置を講じたことは、後世まで残る大きな出来事であった。

1995年には、地下鉄サリン事件が起きる。(WikiPedia)

この事件は、20年経った現在でもまだ裁判が続いているので、全容が判明したわけではないけれど、宗教団体のオウム真理教が、東京の地下鉄社内で猛毒のサリンをばらまいて、無差別なテロを行ったものです。乗客や駅員の13名が死亡。6300人が負傷した大事件でした。このときは、私も地下鉄で通勤していたのですが、たまたまいつもより早い時間に通勤していたので、この騒動には巻き込まれませんでした。ただ、一日中、救急車のサイレンが鳴り響き、大都市東京が麻痺したことを覚えています。

 

ここまでみてきたように、日本人が起こしたテロ事件はたくさんあります。

どの事件も、現状変更を目的としてハイジャックや爆弾、猛毒ガスなどの暴力的な手段を用い、社会へ挑戦しています。

それぞれの首謀者が持つ理想社会と、現状の社会が食い違っていることが、その背景にあります。

イスラム国はイスラム国なりの理想があるのでしょうが、その理想へ向かって行動を起こすのに暴力的な手段を用いることはやはり良くない。これはイスラム国に限らず、どんな団体・個人でも暴力的な手段は良くない。

一般的なこととして理想をもつことは良いだろうが、現実社会と共存することも大事。社会を変えるには、社会そのものの方が自分から変わるようなイノベーションを起こすことの方が正論だと思う。

結局、人間は暴力に対し、「やられたらやり返す」というところから抜け出せないのだから。

今日も楽しい1日を過ごしましょう。

※コメントはFacebook,twitterにて承ります。

『福島県』 ジャンルのランキング
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« トランプゲーム「オーヘル」 | トップ | トランプを使って戦略を考え... »

あわせて読む