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【会津野】さまざまなことがつながった1日

2017年01月19日 | 宿主からのブログ

おはようございます。旅人宿 会津野 宿主の長谷川洋一です。

今日は、長文エントリーになりそうです。ぜひ、ゆっくりとお読みくださいませ。

昨日は、超エクセレントな日でした。

朝からあるプレゼンを行い、その場で別のお仕事の打診をいただき、担当者からは「神ってる」と言われ、帰ってからは、さらに別のお仕事につながるお話を頂戴することとなりました。

そして自らが進めることとして、昨日背水の陣を敷いた小説を書く練習のため、お気に入りの小説から逆にプロットを起こす練習をしてみたら、なんだかデジャブーな感じ。昔取った杵柄のシステム設計の基本設計と同じだ!ということを実感したのです。

少し説明しますと、私が新卒で就職した1991年頃のコンピュータシステム開発手法の中心は、「構造化」と呼ばれるものでした。機能ごとに分割し、処理単位を明確にしながら構築、それらをつなげて1つのパッケージとして製品提供するものでした。

わかりやすく言えば、部品となるものまで細分化して考え、それぞれの部品を作り、最終製品を作り上げていくようなイメージでしょうか。

私が担当したシステムは、構造化されているものもありましたが、それ以前の1970年代に作られたものも多く、すべての処理をひたすら順番に並べた形でした。重複する部品も多く、それぞれに必要なオーダーメイドの部品がひたすら並びます。そういうパッケージの設計書は、ものすごく読みづらいものでした。

なので、羅列されたソースコード(コンピュータの命令を書いたもの)を分析し、機能ごとにわかりやすく文書化する仕事をよく行ったことを覚えています。

デジャブーとは、「なんだ!小説のプロットって、システムの基本設計と同じじゃん!」というのが、つながった1つのことです。

「構造化」の時代は、その後、「オブジェクト指向」と呼ばれる機能ごとに分割したモジュールを必要に応じ組み合わせる方式に変わっていきました。

部品は、その都度考える方式から、すでに存在する部品をうまく組み合わせていく方法へと、主流が変わったのです。

次に、映画の話をしましょう。

先日、Ex Machina(エクスマキナ)を観ました。AIを題材にした2015年公開の映画です。この映画は、ほかのAI映画と違い、アンドロイドが作られた後、ヒトと同じように、環境教育されるところにあります。映画でのアンドロイドは、女性として作られ、女性の性的魅力を駆使しながら、自分の進化に必要だと感じたらナマのヒトを使い倒し、必要ないと思ったら捨てる(殺す)というストーリーで進行します。

アンドロイドは、自らが一体どういうものなのかを、ヒトのように自己分析しつつ、その設計内容を自分で変えていく。

これは、アンドロイドが作られた後、社会変化に応じ、部品を組み立てしなおすのではなく、構造分析をしながら新たなアンドロイドを構築していくのと同じことです。

なんと、オブジェクト思考より古い考えがこのAI映画の背景として使われています。

オブジェクト思考以前の時代に「構造-機能分析」に力を尽くした学者と言えば、会津出身の社会科学学者 小室直樹です。

私は、昨年から、小室直樹先生の書籍を読み漁っています。彼は、社会の構造を「機能」に分け、それぞれの機能を分析し、その機能を深堀しつつ本質のポイントを抽出し、それらをつなげ論じることに精を尽くしました。

しかし、後に、社会科学の分野も、各学問ごとに確立されたいわゆる部品をつなげ合わせる「学際」へと変化していきます。

例えて言えば、他の専門分野には入らず、部品を供給する方式になってしまった。さまざまな学問を修める碩学的な学者さんは、残念ながらほとんどいない。

トータルに学問を修め、その大量の知識をもとに社会状況を論じ結論を出すよりも、各分野から部品となるものを集め結論を出すようになったということです。

不思議なものですね。実際の社会は1980年代の構造化への変化からオブジェクト指向へと変わり、そしてAIは構造化時代へと戻っていく。

しかし今日は、昨年から興味を持っていたさまざまな分野がつながり、AIが進歩したら、また「構造-機能分析」へと進むことを実感できたことです。

お正月にこんなニュースがありました。

アルファ碁の進化版が、ことごとくプロの棋士を破り、「人類の歴史が終わった」と論じているものです。

深層学習(ディープラーニング)は、まだまだ新しい技術です。ディープラーニングの仕組みを大胆に言えば、構造分析で行き詰まった論理的な分析を解決するために、統計学の手法を用いて、構造分析で得られるような細分化された部品を構築し直すということ。構造化時代の方法とオーバーラップします。

ディープラーニングの構造化、さらに、時代が歩んだオブジェクト指向化、つまり、ヒトの環境教育を理論化することの成熟が行われると、AIの次なる段階と呼ばれるシンギュラリティー領域まで達するのでしょう。

その時は、環境教育を理論化できない部分を持つヒトになるのが、生命をつなげる方法のような気がします。

現在のAIは「行間を読む」ことができません。行間は、構造化されたものの間を求めるもの。オブジェクト指向においても、部品の間に存在する概念です。

この能力こそ、ヒトに残された最後のモノ。

さまざまなことがつながり、最後にこの結論を得ました。

長くなってしまいました。これで終わりにします。

行間を感じていただける小説の表現を考えること、これが私のシンギュラリティー時代を生き延びる基本戦略だと、つながりました。

今日も素敵な一日を過ごしましょう。(最後の言葉、ちょっと変えてみました。わかるかな?)

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