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【会津野】日常の中にこそ未来がある

2015年10月05日 | 宿主からのブログ

おはようございます。旅人宿 会津野 宿主の長谷川洋一です。

今朝が空に半分くらいの雲が広がる9℃の会津野です。

昨日、「只見線敷設の歴史」から見える未来というエントリーを書きました。そこでは、「水」という資源から得られる生産物である「電力」を運び出す(送電する)役目を期待することを述べてみました。今日は、逆説的なものをご紹介しましょう。

福島県出身の社会学者、開沼博著「フクシマの正義」からの引用です。

「『非日常』を見ながら『希望』を語ってだされた『模範解答』はいらない。それ自体は悪いものではないかもしれないが、しかし、それによって見えなくなるものをこそ明確に意識しなければならない。希望の光によって見えなくなるような陰にこそ目を向けねければならない。
あの日の『日産サニー』を無意識に求めてしまう年長世代のおじちゃんたちの郷愁には同情する。しかし、その先に3・11があったことを、あの『日産サニー』などもはや戻ってこない、そして戻らなくても『幸福』があることをも知っている私は、『希望』ある『模範解答』の書かれた答案を破り捨てる必要を感じている。
『希望』などない。そこの未来はある。」

※宿主註 「日産サニー」とは、バブル期に店舗をリニューアルしときに多くの景品を配布しドンチャン騒ぎをしたときの様子を見た著者の少年期体験を言う。

只見線は日常に走っている路線です。そして、「人」を運ぶことが日常で、「電力」を運ぶことは非日常です。昨日書いたことは、非日常かもしれない。写真を見比べればわかるように、刈り取られた稲わらは、日常として「人」により乾燥のために束ねられて立てられていく。奥会津三島町では、小水力発電や森林資源の活用を「日常」として取り組む人々がいます。彼らの日常は、そこで暮らしに用いて、ひとつの完結するスタイルである。この小さな完結スタイルを日常として、非日常の「模範解答」を出すことは、巡り巡って消費地による生産地の植民地化となってしまうかもしれない。

「希望」がないとすれば、現在の生き方の範疇で満足する生き方、そのものが未来となる。これが長い下り坂の生き方なのかもしれない。

今日もすてきな一日を過ごしましょう。

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