読書の森

物語を読むのも書くのも大好きです。読書感想、創作、エッセイなど綴ってまいります。

2.26事件 前編

2016-10-13 19:48:56 | ノンフィクション


昭和11年2月26日大雪の日、白い雪を真っ赤な血に染めた事件が起こった。
青年将校らに率いられた兵士約1400名が決起して、政府の要人六人と使用人家族に至るまでを襲ったのである。

俗に言う2、26事件である。
この事件後、政府は弱体化して軍部の力が強まって戦争に突入した。

歴史を習った頃、ただ年月日と事件の概要だけを丸暗記した私は何の疑問も持つ事は無かった。


後の世にこの事件に関する多くの書が出版された。
私の関心を持ったのは専ら、事件の裏で泣いた加害者被害者双方の家族、特に女たちの思いであった。

青年将校達は天皇制の下の正義を求めていた。
汚職と賄賂に塗れた汚ない政治家を倒して、軍部と天皇の直結した清らかな政治を目指したのである。
結果的に大罪人として処刑される。
しかし、彼らの殆どが天皇に殉じて死ぬと思い込んでいた。


三島由紀夫が上梓した『殉国』と言う小説は正に美しい魂のまま自死する軍人を描いている。私はそれをそのまま信じた。

つまり私は事実を深く考える事も無く、若い純粋な魂の悲劇と2、26事件を重ねていたのである。



しかし、今明らかな疑問点が出てくる。
殺されたのは当時リベラル派と呼ばれる大臣らである。
何らの証拠も無く青年将校達は真っ当な政治家を惨殺した。

昭和天皇は殺された政治家を信頼していた。
日本経済は安定の方向に向かっていたし、列強との関係も安全に保たれていた。

昭和天皇は現実的に政治をみていたのである。
天皇はこの事件に激怒して、彼らを逆賊として追討した。
何よりも大事な国の治安や平和を乱したからだろう。

青年将校は天皇を護る為に悪徳政治家を殺すつもりだった。
天皇は大事な臣下を馬鹿な若者達に殺されたと思われた。

そして元来この事件の責任を取るべき軍部が、事件後急激に勢力を伸ばした。
おかしいと思う。
この矛盾は何処から生じたのだ?
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