読書の森

哀しきバレンタインデー その1



空はスカッと青いが、風の冷たい冬の朝だった。
靖が登校の途中後ろから声をかけられた。
「溝口くーん、待って!」
振り返ると、ジーンズ姿の岸本紗南が軽く息を弾ませて走ってきた。
「お姉さん!」
靖は不思議そうにスラリとした背の紗南を見上げた。
紗南の綺麗な黒い瞳は笑っていた。

優しく手に載せられた包みを見て、靖はビックリした。
「チョコレート?」
「そうよ、フランス行った人のお土産にいっぱい貰ったの。お裾分けよ」
「いいの?僕なんかに」
「モチよ。靖君好きだもん」

紗南はフランス人形に似た愛らしい顔で応える。
(バレンタインチョコじゃん、ヤッタ!)
靖はこの時やっと「恋」の芽生えを感じた。
決してそんな様子をみせず、いかにも子供っぽい喜び方をしてみせたが。



靖は小学5年生、紗南は大学1年生、隣同士に住んでいる。
東京都内の住宅地、靖は小綺麗な一軒家に住み、隣のモルタル造りのアパートに紗南は住む。

靖にとって、紗南は時々見かける綺麗なお姉さんで、すごく大人に見えた。
挨拶を交わすだけの存在だった。

きっかけは猫だった。
休みの日に、靖が近くの公園に出ると、紗南は困った様な顔で小さな猫を抱いていた。

「どうしたのですか?」
「この猫可哀想なの。捨てられて鳴いていたのよ。アパートじゃ猫は飼えないし、このまま置いとく訳にいかなくて困ってたの」

猫は薄茶色のひ弱そうな猫で「ミャーミャー」と細い声を上げていた。
靖は思わずその仔を抱きとった。
「僕、家で飼っていいか聞いてみます。
両親は快くとはいかなかったが、靖の願いを聞いてくれた。
その猫を靖の家が引き取ったのが二人が親しくなったきっかけである。

可哀想な猫は育ち切れなかったのだろう。食が細く暫くして死んでしまった。
安らかな様子だったのが何よりだった。
以来、紗南は靖と出会う毎に軽い会話を交わす様になった。

一人っ子の靖にとって、年上の娘である紗南との会話は、とても新鮮で知的に思えた。
いつの間にか、靖は紗南に会える時間を見計らって外出する様になったのである。

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