読書の森

物語を読むのも書くのも大好きです。読書感想、創作、エッセイなど綴ってまいります。

『青春の墓標』の中の青春 最終章

2017-07-11 23:01:48 | エッセイ


このマドンナが果たして恋を失ったのか、恋と運動との板挟みになったのか、追いかけられて苦しんだのか、それは知らない。

ただ、昭和40年代、男尊女卑の風潮は根強かった。
大学を出た女性の就職も結婚も厳しかったのである。どんなに優しい女であろうと、生意気、驕っているという偏見がついて回った。



男子学生は、古い女性像を理想と描いていたし、知的な女子の理想と齟齬をきたす事があった。
それでも、結局女性側が折れるケースは多かった。
つまり彼女は現実との激しい自己矛盾に苦しんだのではないだろうか?
これが奥公平に通じると私は思う。

奥公平と学生運動とその悲恋に戻りたい。
奥公平という人は関心の対象と一体化したいという強い希求を持った人だったという。

彼らは手紙の内容からも非常にストイックな付き合いしかしていないようだ。
よって、魂の一体化を異常に望んだ人ではないだろうか?

彼女はおそらく理知的で政治問題についても対等に話し合える仲間だっただろう。
高校卒業までは。

ところが、大学が異なり、所属する派が対立した時、彼らの中で混乱が起きたのではないか?

奥公平にとってその矛盾は耐えがたいものだった。
同志が敵になった。
愛して止まず一体化したい対象が、理論的に決して屈する事の出来ない相手、異質なものと変わった。

女はこのような時融通が効く。
それはそれ。
これはこれと。
彼女の中で奥公平はいつだって真摯に政治を考える仲間で恋人に近いものだったと思える。

すれ違う男女の思いが奥公平を過激に走らせ悲劇を生んだと私は見るが、違っているだろうか?

難解でロマンを極力排した彼の手紙の中から、あまりにも綺麗な理想を追い求めた若者の悲劇を思う。

それは同時に時代が下った自分自身の苦い体験と結びつくのである。
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