読書の森

物語を読むのも書くのも大好きです。読書感想、創作、エッセイなど綴ってまいります。

哀しきバレンタインデー 最終章

2017-02-13 18:23:37 | 創作


年が明けて初めて実沢の指導を受けた後、
靖は実沢に熱いココアを勧めた。

靖が作ったココアにはタップリのミルクと散薬が入っている。
その散薬は紗南の薬の袋に入っていた。
錠剤もあったが散薬の方が溶け易いと靖は思ったのである。
「先生、熱い飲み物で暖かくなって」
「おっ、気がきくね、靖君」

実沢は美味そうにココアを飲み干して家を出た。
駐車場は近くにある。
後30分位したら眠剤は効くとネットに載っていた。

靖は実沢だけが事故で傷つく様にと、暗く熱い思いで願った。



実沢は翌日家の近くの山道でスリップ事故を起こした。
被害は大した事は無いが、彼の息は止まっていた。

両親にA会から連絡が有って、靖は憑き物が落ちた様になった。
自分が悪事を働いたという事実が酷く重くのし掛かってきた。
復讐心に燃えていたのが嘘の様に罪の意識に苛まれた。

しかし、それにしてもおかしい。
靖の住む街から実沢の住む地域迄は1時間以上掛かる筈だ。
あの薬は遅く効いたのだろうか?

考え込む靖に隣の部屋から両親の声が聞こえた。
「先生、運転中に急性の心筋梗塞を起こしたんだって。丈夫に見えたけどね」
「近頃の様に天候不順だと、若い人も体調を崩し易いんだ」
「それにしても、呆気ないわね」
「不規則な生活してたのかね」
「あなた、こんな話、靖に聞かせちゃダメよ」

隣の声は急に静かになった。

靖は暫くぼうっとしていたが、もしやと思って実沢に渡した薬の名前を確認した。
検索すると、その薬は胃腸薬だった。
おそらく紗南は胃の具合が悪いと訴えて、処方されたものだろう。
靖はホッとした。
その様に、コロコロ気分が変わる情け無い自分にガッカリした。




靖は今柔らかな日差しを受けて目を細めていた。
心迄柔らかで穏やかに変わっていく様である。

希望の中学に入った時心に閃いた「ヤッタ!」は紗南にチョコレート貰った時と全然違うものだ。

世の中は「ヤッタ!」という思いで決して説明出来ない複雑なものだ。
実沢は悪い男だけと言えないし、紗南は可憐なお姫様だけと言えない。
何故どうしてそうなのか、靖には説明つかないが、単純に人を決めつける事は出来ない。
それをわずか12歳で知ってる自分を靖はふと哀しく感じた。

紗南も実沢もあんなに若くして死ぬ事はなかったのに。
何が有っても、自分は生きていこう。
それだけを願って、靖は舞い散る桜を見た。




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