読書の森

物語を読むのも書くのも大好きです。読書感想、創作、エッセイなど綴ってまいります。

夢屋 その1

2016-10-17 12:56:05 | 創作


「あなたの見たい夢をお見せします。
どんな夢でもOKですよ。
心癒される空間で素敵な夢を見たあなたは、きっと生まれ変われる事でしょう」

ネットに載っていた「夢屋」の広告である。
色とりどりの風船玉が透き通った空に飛ぶ画面をバックに躍る様な文字が浮かんでいた。
大野春香は「ふーん」と次の画面に移ろうとした時、小さく添えられた料金表に目を止めた。

「但し30歳以下の女性はアンケートに答えて頂く代わりに無料ですよ」


「きっとなんかの宣伝だろう。でも無料か。ちょっと惹かれるな」
23歳の春香は夢屋を訪ねてみようかなと思った。
いかがわしい店だったら、途中で帰れば良いと思った。

それに春香は見たい夢があった。
それは三年前に別れた恋人本間祐樹の夢である。
夢でも良い、会いたい。



秋風が頬に爽やかな公園で、本間祐樹は春香に告げた。
「もう君について行けない。きっと君にはもっとふさわしい相手がいる」

「何誤解してるの、祐樹。私何かした?」
「自分の胸に聞いてみろよ」

同じ大学で、同じサークルで付き合っていた二人である。
春香は一見華やかな顔立ちで派手に見えるが、実はかなり臆病な性格だった。
祐樹はいかにも爽やかな若々しい容貌でファンの女性も多かった。

春香にとって初めて味わう恋のプロセスはまるでジェットコースターの様に刺激的で我を忘れていた。
それが真っ逆様に奈落へ堕ちた気持ちだった。

「春香が飲み会で男とホテルに泊まった」
とんでもない噂が流れていたのである。

その飲み会で春香はひどく上機嫌になった。
隣りで飲んだ男と話が弾んだのである。
その男田宮大と親しく会話を交わして帰りに下宿まで送ってもらった。
しかし、それだけの事である。

祐樹はバイトが忙しい為欠席していた。

この噂を頭から否定しようにも真実は大と春香しか知らない。
困った事に大は噂の真偽を聞くと笑って相手にしないという。

尻軽女という噂が祐樹の耳に届いたのだ。
真面目で潔癖な祐樹が許せない気持ちになったのは分かるが。
直ぐに祐樹は退部届けを出して、春香の許を去った。
理工学部の祐樹はキャンパスが離れていた。

春香は絶望的な思いで自分もサークルを辞めた。
青春の思い出は残酷な記憶で刻まれている。



その後ひたすら就職活動に春香は力を注いだ。
くだらないデマを飛ばされたトラウマは臆病な春香に鎧を被せた。
「お高い女、美人を鼻にかけた食えない女」そう思われてもよかった。
尻軽女と言われるのが気持ち悪く死ぬほど嫌だったのだ。

春香は、今TV局の番組制作会社で働いている。
「君は発想は良いが、制作のノウハウを理解していない」
といつも上司にお小言を食う。

仕事はキツく精神的にも肉体的にも過重である。
報酬はそれなりに貰えるが、ホッと出来るゆとりがない。

元々恋をする暇が無いほど忙しい職場を望んだ春香だが、これでは夢見る暇もない。
せいぜいスマホでSNSを楽しむ位の余裕である。

たまに出来た貴重な休日を春香は夢屋で過ごそうと決めた。
それは、砂糖菓子の様に脆く壊れた学生時代の夢、恋しい祐樹の夢を見たかったからだ。

しかし、それだけでなかった。
とてつも無く高い値段でなくて若い娘は無料というのも面白い。
アンケートとは何だろう。
春香はマスコミ関係者の一人として興味深かった。

彼女は身の危険へのアンテナはいつも張ってるつもりだった。
少しでもいかがわしい点があれば、即逃げようと思っていた。
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