読書の森

物語を読むのも書くのも大好きです。読書感想、創作、エッセイなど綴ってまいります。

松本清張 『砂の器』

2017-05-15 22:38:02 | 書評


松本清張については何回も触れた。
私の大好きな作家で、おそらくフィクションは全作読んだと思う。

彼の作品が面白いのは、巧妙な推理小説でありながら、人間心理の本質を描いてるところだと思う。
更に、多少どころか、大いに女性に意地悪な見方をしているが。
それはある真実をついているところが怖い。

『西郷札』や『或る小倉日記伝』辺りは、寧ろ一途な女性や清らかな女性、母性愛に満ちた女性を描いている。
ところが大ヒット作『点と線』辺りになると、女性の残酷さや愚かさを嫌という程見せつけてくれる。

何故だろうかと思うに、男が年齢を重ね、経験を積めば、当然(普通)女についての幻想が消えるのだろうと思う。
それに下世話な見方をすれば、清張の外見や物の言い方から彼を好いた女性が居なかったのではないか?

谷崎潤一郎みたいな女性遍歴の多い女性崇拝者を除き、男は普通自分の為に献身的に尽くす女を求めると私は思う(独断でしょうか)。
清張の場合は、男としてそれが裏切られた経験が多いのでは、と余計な事を考えてしまった。

つまり古い日本人男性の典型的な女性蔑視が根底にあるのではないか?
とはいえ、彼自身の家庭は、堅実で妻も賢妻だったようだ。



さて、こういう皮相な考えと全く別に、私は清張の生い立ちそのものに女性に対する根本的な感覚があると思う。

そして大推理小説家としての魅力以上にこの生い立ちに私は惹かれるのだ。
そしてだからこそ、これだけ醜い女性の側面を描かれてもさもありなんと思える。

自伝『半生の記』を読むと、幼少期彼は貧困をタップリ味わった事が分かる。
彼の父は実の親に捨てられた形でそこに暗い秘密がある。
彼の母親は働き者だが無学な女性で、二人は出来合って、清張が生まれた。
彼はたった一人の子だった。

二人は貧困の理由をお互いになすりつけ、いがみ合っていた。
清張はこの一部始終を見ていた訳である。

実の母の強欲さ、父親に対する残酷さを嫌という程見て来たと思う。

人は誰しも自分の家庭を原風景として持っている。
母親の父親に対する態度が子供の異性に対する見方を決めると私は考えている。

松本清張は苦しかった子供時代や青春を経た故に、自分が初めて認められた創作の世界に打ち込めたのではないかと思う。

独断に満ちた私の考えを披露した。
ただ欠乏しているものが多い程、それを埋めるエネルギーを持てる人がいる。
そして松本清張はその偉大な一人だった気がする。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 濁流の果て 最終章 | トップ | 松本清張 『砂の器』 続き »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL