読書の森

物語を読むのも書くのも大好きです。読書感想、創作、エッセイなど綴ってまいります。

宮城音弥 『天才』 最終章

2016-11-04 22:33:31 | 書評


本著の決定的な欠陥は「女性の天才はいない」と述べられている事である。
「女性はその肉体的条件から天才とはならない。未知のものを創造する力がない」という文章を、現代ではコテンパンに攻撃される事だろう。
昔に社会構造が女性の天才の出現を難しくしたと思える。

紫式部はどうなのか?
キューリ夫人はどうなのか?
と名前を挙げると彼女たちが異常性を持つという何らの証拠もない。

となると、女性イコール天才でないというのは間違いであると同時に、天才イコール異常な人というのも間違いではないか?

ピカソ、ビートルズ、松本清張、いわゆる天才的才能を持つ彼らは正常である。



宮城先生の持論に反論する形になってしまった。
以前他の著書を読んだ時あれ程納得出来た説に反対するのは不本意だ。
しかし、これは時代の流れではないか。

天才の条件に関する推論はストレスだと考える。
異常な程強いストレスに優れた才能を持つ人が遭った時、そこで天才的才能が生まれるのではないかと。

安穏とした環境や条件の下で天才は生まれていない。
スポーツの世界でもイチローはわざと自分を苦境に追い込んだ上で成績を上げている。
歌の世界で美空ひばりや中島みゆきは恐らく恋のにが酒をしたたか飲んだ事だろう。
今上げた人は宮城先生の天才の範疇に入らないかも知れないが、天才と言われる人たちである。

人間関係や肉体的条件、経済的問題、それらのストレスに凡人は耐えるだけだが、天才は跳ね除けるエネルギーが凄まじいのだと思う。



現在AI(人工知能)の可能性が探られている。
しかし、人間はAIに負けてはならないと私は思う。
何故かというと詐欺や軍事に使われれば、心を持たず正確無比なAIは人間より能力を発揮すると思うからだ。
このAIをコントロールする力はかなりのエネルギーを要する。

人間が負けない部分とは即ち創造力であり、反発力である。
それ故に天才の業績から、今まで画期的な考えを生み出す過程を学ぶ事が必要ではないかと思う。

ただ天才は天与のものであり、真似られるものでない。
世の中に流されずに自分で考える力を養う点を学びたい。

本著を読み、一貫して天才は本当にしんどい一生を送ってると痛感した。
天分があるよりも、周りと溶け込んでいながら考える力を持つ事が幸せと思う。
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