読書の森

いつか江ノ島で その4



響子の直感は当たっていた。
映画会の終了後に美也はガンになった経緯を淡々と打ち明けてくれた。
打ち明けた事で少し楽になったのか、お茶を飲みながら美也は彼女らしいイキイキとした視線で外を眺めていた。

スッキリと晴れた空の下、江ノ島の海は凪いで輝いていた。
その穏やかさが、美也を襲った病魔も今見たルイズの修羅の道も、一瞬忘れさせてくれた。
二人はその日笑顔で別れたのである。



何日か経つと馨子は又自分のことに夢中になっていた。
単調な在宅ワークから離れて、毎日砂賀宛てにメールを送るのが密やかな楽しみだった。
内容は取り留めもない事でロマンスを匂わせる言葉を避けていた。
二人共通の趣味の演劇について語っただけだった。
それは「いつか一緒に舞台を見たいな」と漏らした砂賀の誘いを期待したからでもある。

砂賀からは返事が来たり来なかったりだった。
明らかに彼は思いも寄らぬ響子の積極性にたじろいでいたのだろう。
家庭持ちの彼にとって、世間体や自分の立場の方が青臭い学生気分より遥かに大切なものだった。

世間を狭くして、ようやっと芽生えた恋に夢中になってる響子にはなにも見えてなかった。



夏の終わり、珍しく砂賀の方からメールが来た。
「新劇の切符が手に入った。是非一緒に見たい」簡単な誘い文句と場所と日時が記されていた。

待ち合わせが平日の午後で駅前の高級レストランというのが砂賀らしくなかった。
それでも響子は無邪気な気持ちでその日出かけた。

約束の場所で待っていたのは砂賀の妻、春香だった。
白い襟のついた淡いブルーのワンピースを身につけた響子を、彼女は侮蔑の目で見つめた。
春香はスタイルの良い都会的な奥様で隙のない印象を与えた。

響子は勿論春香の顔を知らなかったが、約束の場所に彼女がいた事で全てを悟った。
春香は夫の携帯の中身を全て見ていた。
そして、自ら響子に偽メールを送ったのだ。

「子供みたいな方ね。心もお顔も。
いい年してみっともない」
アルトの声は抑制されてはいたが、響子の心に突き刺さった。

響子は一言も話さずにその場を走り去った。

食べる事も眠る事も困難な日々が続き、響子は深い鬱状態に陥った。
かろうじて出来る仕事も減り、家に籠る時が多かった。

そんな時に、美也から絵葉書が届いた。
外国の海岸だろうか。鮮やかな色の屋根の家が崖上に並び、崖下にはエメラルドグリーンの海が見える。

響子は飛びつくようにハガキを読んだ。

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