読書の森

物語を読むのも書くのも大好きです。読書感想、創作、エッセイなど綴ってまいります。

『青春の墓標』の中の青春 その2

2017-07-10 22:16:24 | エッセイ


私が今この本について思い巡らすのは、政治とは殆ど関係の無い話である。

何故奥公平はデモで大怪我をして退院後というタイミングで自死したのか?
何故彼女の手紙を焼き捨てたのか?
彼女に失恋したのか?
彼女と思想が合わない事に絶望したのか?

先ず彼女に失恋した訳では無いと確信する。
何故なら、自分が振った男の手紙を女が大事に取って置かないからだ。
全部大切に取り置いて、しかも発表している。
彼女自身の将来の事を考えれば暴挙としか言えない。
結婚したいと思う男性が居ても相手はその時、躊躇すると思えるからだ。

この本が売れるなどと出版した時点で思っていた訳では無いと思う。
そんな事分かる訳がない。

つまり少なくとも彼女は彼を愛していたと私は思える。



では何故奥公平は彼女の手紙を全て焼いたのか?
私は後悔した訳ではないだろうと思う。

彼女を大切に思うからこそ、彼女の存在と犯罪者に近い自分とを結びつけたく無かったのではないか?

そして最初の疑問、何故彼は退院後に死を選んだか?
おそらく病院での待遇に現実を思い知ったからだと思う。

彼はエリートであったし、同じ学生運動の派の学生から尊敬されていた。
その矜持は入院中に粉々にされたと思う。

病院では、彼は訳の分からない騒ぎを起こして自業自得の怪我を負った青二才に過ぎなかったのだろう。
彼は理想を追って現実に手酷く裏切られた。
将来の自分にも世の中にも深く絶望した。
傷ついてボロボロになった魂を癒すものは死しか無い。



いささか自分の想像で物語り過ぎたが、あの時代はそういう純粋過ぎる学生が結構いたのである。
それが純粋だと言えるとしたら、学生運動に関わりなく、自分はバッカみたいに一つの観念に囚われていたと思う。

いつの時代も青春とは危なっかしくて純粋なものでは無いか。
勿論死んでしまっては元も子も無いが、純粋である事を馬鹿にするのは正しいと思えない。

純粋な時期を経て、汚れた(?)大人になった方がずっと人間らしいと私は信じてる。


さて、私はノンポリだと言ったが、出身大学は学生運動のメッカの一つであった。
おそらく、一番学生運動が華やかな時代だったろう。
実際、私は一時期民青(今の共産党青年部の様な所です)が大半の部活に所属していた。
最初全然それを知らず温もりに惹かれて、誘われるまま入部した。

それら見聞きした経験を次に記したい。
それが自分達の世代の青春の証かも知れない。


(続く)
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 『青春の墓標』の中の青春 ... | トップ | 『青春の墓標』の中の青春 その3 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL