読書の森

物語を読むのも書くのも大好きです。読書感想、創作、エッセイなど綴ってまいります。

いつか江ノ島で その3

2017-06-30 21:38:01 | 創作


半年ぶりに会った美也は明らかに窶れていた。
艶やかだった皮膚がくすみ、華奢な身体つきが更に痩せた。
仕立ての良いグレージャケットが妙に大きく見えた。
そして以前より歩き難そうに傾いで見えた。

響子は声が出なかった。
(どうしたの?大丈夫?)
などと迂闊に慰める事が出来ない。
浮かれた自分の気持ちをグッと抑えて、明るく挨拶した。

「お久しぶり!」
「ホントに。
ねえ、響子さん綺麗になったわね。ツヤツヤしてる」

美也の声の明るさも、屈託のない調子も変わらない。

ただ明らかに無理をして言っている事が分かった。
顔に深い苦渋の後があったからである。

お互いにそれを知らぬふりをして、待ち合わせ場所からバスで市民ホールに向かった。



『ルイズ、その旅立ち』は当時の響子にとって無縁の話に思えた。
無政府主義の大杉栄と伊藤野枝の無惨な最期が出る訳でもない、思想性を全面に出す訳でもない。

籍を入れていない両親の死後、私生児の幼いルイズは祖父母に引き取られ名前も変える。
全てを知ってプロポーズしてくれた相手と結婚するまでは荊だったろう。
子供を持って育て平凡に暮らすが、一たび伊藤野枝の子供と知れると針の筵にいる様だっただろう。

それら全ての苦難がさらさらと川の流れの様に描いたドキュメントは急にテンションが上がる。
それは70代になったルイズが末期ガンの宣告をされた時だった。

彼女は一切の延命治療を拒否して、市民運動に初めて身を投じる。
今までひたすら隠していた出自を明らかにする。
あんなにおぞましかった両親の生き様が初めて、ルイズに理解出来た。
どれほど自由が尊いものか、それを両親が叫び続けてきた事が、命の制限を受けて分かったのだ。
彼女は生まれて初めてイキイキと活動して、やがて燃え尽きるのである。

映画がクライマックスを迎えた時、響子は隣の美也の目に大粒の涙が浮かぶのを見た。

その瞬間全てを悟った。
美也は重いガンを患っているのだ。
脚の手術で検査を受けた時、それが分かった。
そして脚の手術は不可能となった。
そうなのだと。

(続く)
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