読書の森

物語を読むのも書くのも大好きです。読書感想、創作、エッセイなど綴ってまいります。

不幸ぐせ

2016-11-24 23:21:01 | エッセイ


「私は不幸ぐせ取れない女と」
夜更け、ふと演歌の文句が浮かぶ。
いつになく大人しく眠ってくれた母のお陰で、読書に耽ってると急に言われのない寂しさが込み上げた。

不思議な事にここ半年全く襲われなかった寂しさである。
きっと、日常の慌ただしさに追われて忘れていた癖が出た。

大抵の人は寂しさを飼い慣らして生活をしている。
寂しさの底が見えないのが分かっているからだろう。

ところが、私は自分でも驚く程寂しさとの付き合い方が下手である。
自分を誤魔化すのが下手と言って良いだろう。




私は20歳の時に心の病に罹った。
若しくは医師から病と診断された。

実はこれが私の本当の不幸ぐせの始まりだった。

当時、私は真剣に両親から離れる事を考えていた。
綱渡りしてる様な不安定感のある両親と居ると本当に寂しかった。
矢鱈と人恋しかった。

そして不器用な恋をしていた。
恋する悩みの中で発病した。

両親は相手を知っていたが認めたがらない。
何故ならまだ離れて欲しくなかったからである。
為に「大人しい子で真面目だったのに」と医者に言った。
医師は大人しい患者に(私は全然大人しくない人だが)よくある架空の恋と判断した。

私は実際によく話をした飲み仲間から好きと言われた。
そこで舞い上がってハイになり過ぎて興奮したのである。
家を出て夜の街を彷徨った。
両親は私を打擲した。
永遠の寂しさは「あの人しか癒やしてくれない」と叫び回った。
それが医師から興奮性の妄想と診断されてしまった。
本当に狂人にされてしまったのである。

病院では私の行動は監視付きで、言った事は信用されなかった。
本来心を休める筈の病院で、飛び切り深い傷を負った。
私は気狂いなのかと言う絶望感を医師からも看護師からも味わされた。

よく有りがちな本当の事が、医師に信じてもらえないのだ。
そこから、両親も医者も人生を遮る加害者に見えた。
その上、恋した相手は、強い薬の副作用でブクブクに太り鈍い表情の私を見て去っていった。

その後苦労して、自立し自分の家を買って親許を離れた。
しかし、忌まわしいカルテの記録は残っていた。

為にとしか言えないが、その後の恋は全て相手の実体を信じられなくなった。
又、医者から妄想と言われるという不安が付いて回ったのである。



「それって恋愛が上手くいかない言い訳じゃない」と言われそうである。
そうかも知れない。
ただ私は、自分を狂気に導いた恋は忌まわしいと思う。
心の強い人を愛したいと思う。

寂しがり屋が不幸ぐせでない。
自立出来ない病人と保護されるのが不幸なのだ。
失恋が不幸なのでない、人を愛せない人ことが不幸なのだ。

人は皆不幸のカケラを持つが、それと共生して暮らしてる。
それを悟るまで回り道して、その分年を取らないで済んだのか?


幸福とは、寂しさを飼いならせた人間同士が共感した時に生まれるのだと思う。




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