凱風晴天の散策記

緩やかな南風をがいふうと言う。そういう晴天は心も弾む。
快晴の日に美しい景色に出会うのは一期一会のしあわせ。

凱風晴天散策記 2011 Sep 06

2011-09-06 11:06:35 | 日記
*写真は、古典落語にちなんで震災にめげずに、宮古漁協主催で行われた目黒の「サンマ祭り」の模様。

何気なく人の言葉を聴いていると、時代は変われども年配者が若年世代をひとくくりにして『いまどきの若い者は…』とその不品行を嘆いたりする。自分が若者だったころに、同様な言葉で年配者から窘められた記憶もあるし、どこかの洞窟の落書にも『若いもんのやることは…』と、書かれていたとかいないとか。

時は流れても人が昔から同じ言葉をいいつづけているのは確かなようで、それに類似した常套句に、何気なく口を突いて夏に言う『暑いねぇ』というのと、最近はもうひとつ加わり『異常だねぇ』というのも入りそう。

「言うまいと思えど今日の暑さかな」の句の通り、いつの間にか口にしてきた。だが、この12号台風がもたらせた雨は異常な降雨量にて、和歌山の十津川近辺の惨状を見れば、歴史的とか記録的な大雨になった。

東京は一連の台風被害はないが、個人的には気温変動に対応できない。軟弱な体には茹ですぎた菜のようになり、なるべく言うまいと思いつつも、まだ「未練がましい残暑だねぇ」と洩らしそうだ。
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凱風晴天散策記 2011 Aug 31

2011-08-31 11:04:32 | 日記
政界の方々は例え話が上手で面白いなと思って聞くことがある。いつのころからか閣僚を選ぶときに、任命権者の首相が候補者の身体検査をするというようなことを言うようになった。健康状態の確認という意味もなくはないが、ここで言う主眼目は、カネにまつわる問題など、政治的な病を抱えていないかを調査することにある。

一般的にいう身体検査においても、自分では健康と思っていても病気が見つかるときがあるのだが、早期発見ならば手遅れにならないうちに手当てをするのが普通だ。

公開されている政治資金収支報告書を丹念に調べていくと、問題のあるカネの流れはおのずと見えてくるという。どうしてこうも小沢さんには、集中して不動産取得などの疑惑がずっと消えないのだろうか。

法的に訴追されていないのだから、推定無罪という説を述べる人もいるにはいる。その疑惑を払拭できない人が民主党の代表選のキーマンと目されていた。今後も小沢さんがあらゆる局面で関与しそうに思う。
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凱風晴天散策記 2011 Aug 30

2011-08-30 10:17:29 | 日記

あらためて指摘されると、世間の多くの人たちと同じように、ずっと無頓着に使っていた。思い違いをしていた言葉や慣用句の調査結果というのが新聞に出ていた。

煮詰まるという言い方の意味を議論や意見が出尽くし、結論の出る状態を示す意味なのに「行き詰まって結論が出せない状態」と間違えている人が、若い人では七割前後に上ったという。年齢を問わない全体の数字では、五十七パーセントの人が「結論の出る状態」という本来の解釈を回答したとか。

そのほか、憮然とするというのも、失望してぼんやりしているという意味を、腹を立てているという理解の人が七割だったそうだ。そのほかにも「さわり」というのを、話などの最初の部分と解釈した人が七割強。ちなみに正解は、話などの要点をいう。

それらは知っていたが、いい年をして若い人たちと同じ間違いをしていて愕然とした。「げきを飛ばす」とか、「ひきょうなやり方で失敗させられる」などの意味を取り違えていた。「げきを飛ばす」は、元気のない者に刺激を与えて活気づかせる、という意味だとばかり思っていたが、自分の主張や考えを広く人々に知らせて同意を求めるというのが正解という。もうひとつは、足元をすくわれるだとばかり思い込み、足をすくわれるだとは理解しておらず、過ぎたことだが、多くの恥をかいてきたことに汗顔の至りだ。
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凱風晴天散策記 2011 Aug 29

2011-08-29 13:31:34 | 日記
時代の変遷とともに生活全般が変わってしまったけれど、日本独自の特色が消えつつあって、衣食住の中でも家屋の変わりようは著しい。 田舎においても近代的家屋が多くなり、都会はなおさらマンションやアパートのような集合住宅は、おしなべてマンション形式の洋館造りがほとんど。
今では少なくなったが、昔の日本家屋には障子があった。湿度の調節や明り取りとして機能していた。気候と密接な関係があると推測されるが、中庭に植える白梅なども、花に光が反射して、障子越しに照らされる明かりが和室に入り、独特の雰囲気を醸していたのも昔の人の知恵でもある。
知り合いの方が京都の奥地の丹波という所に居られて、今は老夫婦だけの住居として茅葺家は、扉を開放しているととても涼しく、この時期の酷暑も気にならないという残暑見舞い状をいただいた。
なんでも洋式になり、古来の日本情緒が消えつつある根本は、家屋構造の変化からきている面もあり、日本独自の良さを捨ててしまったとも言える。そういえば、女性の着物なども生活のすべてが洋式化して正月や結婚式、あるいは夏の浴衣でもないかぎり、最近は街中で和服の姿をほとんど見かけなくなった。
ベンチに座っている女性が膝を閉じている人が減ったのは、日常的にパンツスタイルが多いから気が緩み無頓着になっているようにも覗える。そういうところばっかり見ているわけではないが、女性の作法も変わった。
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凱風晴天散策記 2011 Aug 28

2011-08-28 11:15:16 | 日記
夏が旬のようだがオクラ(秋葵)の花。野菜の花の中ではこれが一番美しいと思うが、好みもあろう。
栄養と強壮効果があるとされており、エジプトでは、紀元前200年頃には、すでに栽培が始まっていたという記録が残っているとか。クレオパトラもオクラを食べていたのかも知れない。その美貌はおくらを食べていたから・・・という俗説はあるものの定かではない。食べ物で性格が変わることはあっても、顔の形まで変わるとは推測し難い。
わが国へは江戸の末期に渡来したとあり、本格的に普及しだしたのは昭和40年ごろだというから、最近のことだ。
花の後5〜6日の若い莢果を食用にする。オクラは英語名 Okraと書き、語源はガーナで話されるトウィ語からだそうで、てっきり日本語だと思っていた。和名をアメリカネリと呼び、ネリとはトロロアオイの別称のようにて、八丈島辺りでは「セイヨウネリ」とも呼ぶらしい。
アフリカ産なのになぜアメリカと付くのかといえば、これは奴隷としてアメリカに連れて来られた黒人がアメリカに持ち込みそれがアメリカからわが国に渡来したからだとか。
そんなことからアメリカはおくらの一大産地なのに、アメリカ人はこれを食べないという。どうもおくらの持っているネバネバがいやらしいのだが、このネバリ気がコレステロールを減らす効果を持っているのだそうだ。
陸蓮根(おかれんこん)の異名もあり、血中脂肪の多い方はオクラを食べて改善できる可能性があるらしい。また、夏ばて防止や便秘・下痢に効く腸整作用などが期待できるのだそうで、良いとこだらけの野菜といえる。あおい科アオイ科トロロアオイ属 原産はアフリカ。
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凱風晴天散策記 2011 Aug 27

2011-08-27 12:54:55 | 日記
国際的に経済が不安定な時期に、政策ではない権力闘争には辟易している人も多いような気がする。血相を変えるという言葉があるが、表情がすぐに出る大人というものは、一見分かりやすいが御しがたい存在でもある。

感情に動かされることなく、落ち着いて物事に動じないことを冷静沈着というけれど、人間は感情の動物といわれて、内心を隠すのは相当に難しい。

個人的にもいつでもそうありたいと思い、普段ならばおおむねその通りにしていられるものを、時に感情的になったりあわてる場面もある。少し時間を置いて考えれば、実にどうという問題でもないことに拘っていたりする。

政界の暗闘は知る由も無いけれど、よもやの党員資格を剥奪されているはずの小沢さんが首相選びのキーマンだとか。
どう考えても挙党一致は難しい局面。それぞれの思惑の中で同床異夢の寄せ集め政党だが、二、三日を以って日本の首相が決まるというのが現実だ。いずれ党が分裂するのか岡田幹事長のみならず多くの関係者が血相を変えて、穏やかならざる心境と推察される。
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凱風晴天散策記 2011 Aug 26

2011-08-26 10:51:58 | 日記
石原都知事は、日本へ五輪大会の招致をと情熱を傾けており、都民にも賛否が拮抗している。四年に一度の国際的なイベントにて、どこの国で開催されても印象に残る部分は多く、日本や韓国で開催された後もそうだったように、オリンピックを境に社会の経済活動や、感覚的な国際基準などが見直されて発展を遂げる機会になるような気がする。

成人前のことにてローマオリンピックのことは、ほとんど断片的にしか記憶がないけれど、1964年の東京五輪には三波春夫さんの歌とともに、昭和天皇が五輪開会の宣言をされて、当時の都知事は東竜太郎という方ただったように記憶する。

そのオリンピックに備えて、東海道新幹線が開通して首都高速道路も整備され、順次一般家庭にカラーテレビが行き渡るようになり、1968年のメキシコ五輪はカラー映像で視聴したことを懐かしく思う。

その時から半世紀ほどの歳月が流れたわけで、節目節目のオリンピックを思い返せば、心の中のアルバムがセピアカラーのように、その頃の出来事と重なり記憶に刻まれている。
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凱風晴天散策記 2011 Aug 25

2011-08-25 11:11:31 | 日記
擬宝珠(ぎぼうし)というのは、橋の欄干や神社仏閣回廊の上に玉ねぎをひっくり返したような装飾物があり、あれが擬宝珠というもので(ぎぼし)とも読むようだ。この花のつぼみが擬宝珠に似ていることからこの名になった。
擬宝珠は仏教における宝珠から来ているとされており、一説では釈迦の骨壺(舎利壺)の形だとも言われている。日本・中国・朝鮮半島に約30種位が分布しているという。
若葉は食用となり、歳時記にも登場する夏の植物だけれど、どうも日本の暑い夏は苦手と見えて葉が日焼けするらしい。木陰の直射日光が当たらぬところが良いようで、欧米ではかなりの人気の植物。あちらの庭園の写真など見ると必ずと言って良いほど写っている。葉と茎は食べられ、山形あたりでは野菜として栽培しているとか。湯がいて酢味噌で食べるというが、中国ではこの花を玉簪花と書くと聞いた。
それにまつわる話など・・・昔、石州と言うところにに張という笛の名人が居り、夏の月夜に笛を吹いていると、紫雲がたなびき天女が降りてきたという。天女は張の美しい笛の音を受け継いでくるようにと、月の宮殿の姫君からの使者だった。言うならば天女をテープレコーダー替わりにした。
天女は耳を澄まして聞き入っておりましたが、曲が終わり天に帰ろうとした時、張は今宵の思い出に何か残してくれるよう頼んだ。すると天女は髪に挿していた玉の簪(かんざし)を抜いて張に投げ与え、その簪の落ちた辺りから咲いた花が玉簪花(ぎぼうし)ゆり科ぎぼうし属(APG植物分類体系ではリュウゼツラン科)
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凱風晴天散策記 2011 Aug 24

2011-08-24 11:06:52 | 日記
蛙の子は蛙とはよく耳にする言葉だけれど、親がアスリートだったという見事なほどに親のDNAを受け継いだ選手もいる。家庭環境も影響を与えるものと推測されるが、血筋というのもあるのかと…。もちろん、トンビが鷹を産んだという人もいなくはないわけで、どちらかといえば突然変異のような例も多い。

様々な花をじっくり見ると、形や色も不思議だなぁと思う。自然界の造形はDNAが作用するらしいが、奇妙奇天烈なその形の必然性はなぜだか分からない。日当たりの良い湿地に咲くサギ草もそのひとつ。あたかも鳥が飛び立つかのような花は、多年草ゆえ同じ処に本体の草が枯れるまで夏に花が咲く。

宇宙の現象や実態はよくわからないところがあり、この世に存在する意味なんか、いくら考えたってわからない。

開花が五月六月と時期は違うが、アヤメや牡丹の花の色もグラデーションが実に美しい。くっきりとした色の違いも不思議な子孫伝承だが、自然にぼかしたような色の変化が素晴らしい。高浜虚子の句の「白牡丹というといえども紅ほのか」というのが好きだ。サギ草の花が枯れる頃になれば秋の虫が鳴き夏が終わりを告げる頃かも…。
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凱風晴天散策記 2011 Aug 23

2011-08-23 11:05:15 | 日記
奥多摩の御岳山には、知る人ぞ知るレンゲショウマの群生地があり、この時季はカメラ片手に訪れる客は多いらしい。
次から次へと行く場所はいくらでもあり中年の子育てを終了した主婦たちは、こころにも懐にも余裕ができたのか割安な日帰り旅行によく出かけるという。
説明によれば、バスの中は男性はわずかなもので、車中の客の殆どが女性だとか。
埼玉の「長瀞」は東京から近いこともあり、冬を除けば一年中、沢山のバスが行くという。川くだりや紙すきの見学と、特に珍しい風景では無さそうだが、仲間と丸一日旅気分に浸れることが最大の魅力と知人は言っていた。
確かに、新聞の折り込み広告にあるツアー代金は安く、いずれも表記の価格で採算に合うのかと不思議な気がする。
今日もそこそこの晴れ、きっと愉しいバス旅行になるに相違ない。それにしても、いくらか夜明けが遅くなり季節の変わり目かなと思わせる予兆はあるが、二十四節気の処暑の本日もまだ日差しは弱くなったものの暑い。

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凱風晴天散策記 2011 Aug 22

2011-08-22 11:16:31 | 日記
知人からの電話でたまには出てくればどうかと云われても、辛うじてなんとか元気ではあるが、車椅子の生活は容易ではない面が多々ある。折角のお誘いではあるが、すぐに行動できないもどかしさを感じている。

昔、暮らしていたことのある麻布十番という処の『納涼まつり』が年を追うごとに国際色豊かに盛大になっているのは、この十年ほどの傾向という。街興しの一環で始めたイベントが、今では一日に30万人も人を寄せているというから、都会は凄い。立地環境の場所柄、各国の大使館が集まっていることから大使や書記官の家族まで繰り出して、ちょっとした万博のようだとか。

今年は例年よりも残暑厳しく、それほど混雑したところへ出かけたとしても、熱中症でおかしくなる恐れもある。いつもの三社祭や浅草のサンバカーニバルは、震災からの自粛で中止だが、隅田川の花火は月遅れで27日に実施とか。それぞれに夏のイベントが目白押しだが、健康でなければ何事も愉しむことは難しい。

高校野球も日大三高の優勝で終りそれぞれの夏のイベントが終れば、涼風が心地よい時季へと移行する。このごろの夏は、ゲリラ豪雨とやらで亜熱帯地域の気象状況に似ているという。昔の夕立は風情もあったが、現代の通り雨はひょっとすれば災害になる。

明日は「処暑」にて、暦のとおりならようやく暑さも終息の時期にさしかかるはずだ。
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凱風晴天散策記 2011 Aug 21

2011-08-21 11:06:21 | 日記


涙腺が緩んでいるのか壊れてしまったか、加齢現象のひとつかなんだか恥ずかしいほどに涙脆くなってしまった。もう三十何年も続けているという「二十四時間テレビ」をまたも観てしまい、再びワナに落ちて感動させられる。
ややマンネリになり、悲しいこととか感動するような話を寄せ集めて、やや演出過剰に、これでも感動しないかという詰め合わせ弁当のようでイヤだなと思った時期もあった。
ある時、床ずれができて再入院するハメになり、その時ちょうど二十四時間テレビを放送していたが、車椅子の人ばかりの入院患者は、どの部屋も一斉に同じ画面で秋葉原のモニターテレビのように見ていたのには驚いた。
患者のケガの状態はまちまちながら、中にはかなりの重度の人もおり、テレビ画面の中に登場する方よりも悲惨と思える状態の人も感涙にむせんでいた。
幸福な図式は画一なものだが、世の中の不幸は千差万別にいろいろある。たまには自然の目薬だと冗談を言っていたが、年を経て、同じように感涙を流しているところを他人に目撃されたら、体裁悪くイヤだなと思いながら視聴していた。
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凱風晴天散策記 2011 Aug 20

2011-08-20 11:34:51 | 日記

歴史は繰り返すというように、このところの株価や円レートの乱高下は激しい。そもそも今回は民間の格付け会社が米国国債のランクを最高位のトリプルAから、一ランク格下げしたということから混乱が始まった。
オバマ大統領が「誰がなんと言おうとも米国の経済実態にAAAはゆるぎないと演説されたが、株も為替もS&P社を信頼しているような動きになった。こういう例は時々あることで、結局相場というものは、参加者の思惑で動くもの。「山高ければ谷深し、谷深ければ山高し」という象徴的出来事だった。
経済活動から離れている人には無関係に等しいことながら、常識の限度を超えた変動は、世界的視点でバクチをしているような錯覚に陥る。何度も似たようなケースを体験すると、それが経験として教訓になったりするものだけれど、いつも結果が同じとは限らず、成功と失敗を繰り返す。
人はなるべく成功したいと願うのは当然だが、たとえば麻雀卓を囲んでいて全員が勝つことはあり得ず、たいがい勝つのは一人で他の人は負けるというのが筋書きだ。世の中に濡れ手に粟の金儲けなんてあるはずもない。失敗しない唯一の方法は、ハイリスクハイリターンは避けるのが賢明だと思う。
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凱風晴天散策記 2011 Aug 19

2011-08-19 10:10:52 | 日記

お盆休暇にハワイへ行ってきたという知人が、定番のドライマンゴーとマカデミアンナッツのお土産をくれた。しばらくして、友達の知人が奥方とともに、近くへ行く途中だとかで立ち寄ってくれた。

その人とは土産をもらうほどの親しさではないので手ぶらで良かったのだが、テーブルに出しっ放しのマカデミアンナッツの缶を見て、友人からのみやげ物とわかったらしい。自分たちは手ぶらで来たことを申し訳なさそうに詫びるので、かえって恐縮してしまった。それにしても元気に日曜日までの休暇を利用して、夫婦で奥多摩の登山だというバィタリティに驚いた。

長く東京に住みながら東京都に2,000メートルを超える山が存在することを知ったのは、二十年ほど前。その時すでに車椅子の身で登山は無理なので早速地図で確認したら、山梨県と埼玉県の境目に2,017m雲取山の表示があった。近くにこんな高い山があるとは知らなかった。

知人の話によれば、都内も富士山も眺望できて、宿泊できる山小屋もあるので登山には秋が最高だよと教えられたが、暑いいまの時期も涼しくていいのだとか。折角の登山に雨の予報にて気の毒だけれど、遭難しないように無事の下山を祈りたい。
特徴や良さを聞いたところで自分は車椅子にて登れないが、針葉樹と落葉樹のバランスがイイらしい。
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凱風晴天散策記 2011 Aug 18

2011-08-18 14:43:43 | 日記

もう既にその言葉は死語だが、その昔、奉公人が正月および盆の16日前後に、主家から休暇をもらって親もとなどに帰ることを「薮入り」と言い、盆の休暇は「後の薮入り」ともいった。
主従関係も生活様式も一変したけれど、盆休みというのは定着しており、都会では後の薮入りを終えていつもの喧騒が戻りつつある。
調べたわけではないから推定だが、都会人の半分以上は地方出身者で、盆と正月は道路の混雑具合でも著しい変化が出て、普段は都会で暮らす人が里帰りするかと思えば、夏休みを利用してか地方の人が都会に出てくるというのは面白い現象だ。
私が若い頃は、地方の言葉訛りをなるべく早く直して、できるだけ標準語をと心掛けたものだが、いまどきは東北弁をこよなく愛し、積極的に使う女子を「ナマッターズ」と呼ぶのだとか。
素朴な田舎娘風ではなく、むしろ六本木のカフェが似合いそうな出で立ちにて、テレビや雑誌その他の文化の発達からか外見からは分からなくなった。
東北弁といえば、寺山修司の『ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまで苦し』という短歌が浮かぶ。東北弁を捨てた友人への思いが、モカ珈琲という都会的な飲み物の苦さに重なり合ったという一首。
昔は言葉訛りが地方出身者のハンデでもありコンプレックスだった。時代は変わり、ぎこちない共通語を使うよりも、自分の里の言葉で話すことが、恰好よいという価値観へと替わった。
関西人の東京進出が多くなり、彼らは関西訛りを隠さないし直さない。それが誇りでもあり自信がありそうだと理解され、お国手形を堂々と行使するようになり、栃木弁や山形弁の漫才も広く受け容れられている。
何十年か昔の歌謡曲に「都会の絵の具に染まらないで帰って」という一節があった。地方出身者自身が田舎者という、少し卑下した言い方も今では無用になった。
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