愛国者の邪論

日々の生活のなかで、アレ?と思うことを書いていきます。おじさんも居ても立っても居られんと小さき声を今あげんとす

日本の2千年の歴史の中に、日本国憲法の源流が脈々と地下水脈のように流れている!この自由・人権・民主主義実現の戦いを発展させることが日本型社会主義・共産主義社会を実現させることだな!

2017-05-17 | 高校生でも判る日本型共産主義

安倍政権では一致していないかのように思っていたUnknownさんと一致してきた!

「ほとんどの国民は共産党が何故存在し続けているのかに疑問を持っている」というあなたに!その1 2015-12-08 | 共産党

以上の記事のコメントの中から議論が生まれました!

Unknown (愛国者の邪論)  2017-05-15 12:02:42

近さん
コメントありがとうございます。

マルクスもそうですが、私的には、日本国憲法の中身の検証を日本の2千年の歴史の中でとらえていくことが大切ではないかと、最近は思っています。

日本の歴史の中に、今日の憲法に明記されている人権・自由・民主主義・平和主義の思想が水脈のように流れている!

これを徹底していけば、自ずと資本主義の長所を生かした、いわゆる社会主義・共産主義社会が実現できる!

社会主義も共産主義も、根底には自由人権を尊重した社会であり、それを保障していくために民主主義を発揚させる!そのことによってはじめて平和が実現できる!

日本国憲法は資本主義法でありながら、それを徹底していくことで、人間が人間を搾取するような装置を着実に克服する社会を展望している!

ここに確信を持つことが必要不可欠だと思っています。

愛国者の邪論 (引用ここまで)

Unknown (Unknown)  2017-05-16 17:24:45
日本の歴史の中に、今日の憲法に明記されている人権・自由・民主主義・平和主義の思想が水脈のように流れている!とは、私もそう思いますよ。愛国者の邪論と意見が合う部分がある事が、意外ではありますが、、、。但し、日本の歴史の中で、共産主義は既に受け入れられるものではないのですよ。共産主義では、人々は働かなくなり食えなくなる事が分かっているからです。私は、飛鳥時代から奈良時代に制度とした公地公民が失敗して、墾田永年私財の法で資本主義化を計った時点で、日本における共産主義は敗北したのだと思います。

Unknown (愛国者の邪論)2017-05-15 12:02:42
近さん
コメントありがとうございます。
マルクスもそうですが、私的には、日本国憲法の中身の検証を日本の2千年の歴史の中でとらえていくことが大切ではないかと、最近は思っています。
日本の歴史の中に、今日の憲法に明記されている人権・自由・民主主義・平和主義の思想が水脈のように流れている!
これを徹底していけば、自ずと資本主義の長所を生かした、いわゆる社会主義・共産主義社会が実現できる!
社会主義も共産主義も、根底には自由人権を尊重した社会であり、それを保障していくために民主主義を発揚させる!そのことによってはじめて平和が実現できる!
日本国憲法は資本主義法でありながら、それを徹底していくことで、人間が人間を搾取するような装置を着実に克服する社会を展望している!
ここに確信を持つことが必要不可欠だと思っています。
愛国者の邪論(引用ここまで)

Unknown (Unknown) 2017-05-16 17:24:45
日本の歴史の中に、今日の憲法に明記されている人権・自由・民主主義・平和主義の思想が水脈のように流れている!とは、私もそう思いますよ。愛国者の邪論と意見が合う部分がある事が、意外ではありますが、、、。但し、日本の歴史の中で、共産主義は既に受け入れられるものではないのですよ。共産主義では、人々は働かなくなり食えなくなる事が分かっているからです。私は、飛鳥時代から奈良時代に制度とした公地公民が失敗して、墾田永年私財の法で資本主義化を計った時点で、日本における共産主義は敗北したのだと思います。(引用ここまで)

愛好者の返礼コメント

Unknownさん
コメントありがとうございます。
一致してきました!
>共産主義では、人々は働かなくなり食えなくなる事が分かっているからです。
「共産主義」像が違っていますね。
愛国者の邪論は、以下のように述べています。
日本の歴史の中に、今日の憲法に明記されている人権・自由・民主主義・平和主義の思想が水脈のように流れている!
これを徹底していけば、自ずと資本主義の長所を生かした、いわゆる社会主義・共産主義社会が実現できる!
社会主義も共産主義も、根底には自由人権を尊重した社会であり、それを保障していくために民主主義を発揚させる!そのことによってはじめて平和が実現できる!
如何でしょうか!

>私は、飛鳥時代から奈良時代に制度とした公地公民が失敗して、墾田永年私財の法で資本主義化を計った時点で、日本における共産主義は敗北したのだと思います。
共産主義=コミュニズムというようですが、この「コミュ」とは「共同」という意味だと、英語の辞書に書いてあります。comです。
コミニュニティー・コミュニケーションの「コミュ」です。
「墾田永年私財の法」以後の日本は荘園が形成されていきます。資本主義の要件である「私有財産」は圧倒的多数の庶民には保障さてれいません!一部の人間集団しか保障されていない!
「コミュ」が成り立つためには、「コミュ』を構成している人々が対等平等でなければ「共同」は成り立ちません。
そのためには、「共同」の「営み」、すなわち「民主主義」が必要不可欠です。
「民主主義」=「デモクラシー」と訳すのはご存知かと。
この「デモクラシー」は「デモ」=pepleが「クラシ―」=powerを持つことという意味だそうです。
英語の辞書を見ると、powerには「権力」という意味があります。支配力とか統治力とか能力とか、という意味もあります。
そう考えると、コミューンのコミュニズムとはそこの構成員が共同の営みをする場所・組織・社会ということになり、そこには民主主義が貫かれていないとアカンということになります。
公地公民制度の「公」は「公」の土地と民ということになります。しかし、この場合の「公」は「きみ」とも読む「公」
であることは、律令制度を見れば明らかです。
そうです、この「公地公民」とは律令制度の頂点に位置している天皇の土地であり、民衆であるということで、天皇の土地を人頭税を前提にして与える。土地に民衆を縛りあげて、そこから税を取り上げる!
人頭税の厳しさに耐えかねた民衆が浮浪逃亡して人頭税から免れて貴族や寺社の「土地」に逃げ込むことで納税義務・兵役の義務・雑徭などの労役の義務から免れていくのです。
これこそが現代で言えばサボタージュ権の行使の萌芽と言えます。消費税増税の前の「爆買い」ならぬ「駆け込み需要」と、食べていくのが精いっぱい!とても子育てどころではない!という現象と同じでしょうか?
権力には税が入ってこなくなりますから妥協に妥協を重ねて、人頭税は廃止!代わって土地税=年貢・公事・夫役制度が出来上がるようになります。そうすると、今度は、この制度を悪用して私服を蓄えるものが出てきます。これが「一所懸命」論です。諍いと戦争と武力行使が頻繁になりますが、同時に武力を避ける知恵も生まれてきます。これが、いわゆる「寄進」であり、「野合」です。
日本における政権交代劇は『野合』の連続です。
さて、ここで憲法の請願権の源流を紹介しておきます。
それは、歴史の教科書に出てくる、「尾張郡司百姓等の解文」事件(988年)です。国司の不法・非法を地元の豪族や百姓たちが中央政府に訴え罷免させる運動です。9世紀末から10世紀前半の動きです。日本憲法の先駆けでしょうか。
時代を飛ばします。この運動が1275年、鎌倉末期に、今度は百姓等が、自分たちで文字を操って幕府の出張所である六波羅探題に、荘園の管理者である地頭の非法を訴える事件となって発展していきます。
1297年、有名な永仁の徳政令が出されます。これがその後、民衆が使って大きな運動を展開することになります。すなわち1428年、正長の土一揆です。一天下のド眠蜂起す。特性と号し・・・日本開闢以来、土民蜂起是れ初めなり」という有名な文書です。
以来1485年の山城の国一揆・1488年の加賀の一向一揆・そして1500年代の堺の『自治都市』など、日本において『コミューン』の原型。地方自治制度の源流が出現します。これらの組織の運営には「掟」がつくられていくのも、立憲主義の萌芽があると言えます。勿論鎌倉幕府の『御成敗式目』の、そういう視点で見ると、日本の歴史の中では画期的だと思います。
いずれにしても、こうした動きが、江戸時代の『ゆい』を形成することになり、秀吉以後、百姓の年貢は村々の「自治」を踏まえたものに転換していく。それが幕末の「世均し」思想に発展して「世直し一揆」が起こされ、それらのエネルギーを利用して徳川政権が倒される。「五か条の誓文」は、このことを反映したものになっています。実際は世直し思想を弾圧していくことになりますが、それにしても、これらの思想は自由民権運動に継承され、普通選挙運動・婦人解放運動・労働小作運動や社会主義運動に発展継承されていきます。
更に言えば、隠れキリシタン問題は、現在の憲法第20条の源流と言えるでしょう。
さて、以上の日本の歴史における人権・自由・民主主義の歴史を概観してきましたが、こうした歴史が、現在の日本国憲法に継承されているのですが、ご理解いただけたでしょうか。
9条にしても、主権在民にしても、直接的には自由民権運動が構築した、いわゆる私擬憲法が模範となています。これらは徳川政権下の民衆運動を反映したものなのです。
ここに確信があります。
こうした自由・人権・民主主義を徹底していった、その先に生産手段の社会化=生産と分配の、いわゆる経済民主主義の徹底化が行われることでしょう。人間の尊厳が認められる社会です。労働の対価が公正に分配される!これは民主主義なくして実現できません。個人の尊厳=人権の尊重なくして実現できません!

これらの考え方は、日本の歴史の中に、たくさんの萌芽と源流があるのです。
したがって、日本における社会主義と共産主義は、これからと、言えるのではないでしょうか!
今後、さらに検証していきたいと思います。

愛国者の邪論

 

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