岩木山を考える会 事務局日誌 

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岩木山環状線の弥生と大石間の山側路肩に咲くクサレダマ(草連玉) / 自転車で…走る(その6)

2008-08-03 06:19:37 | Weblog
(今日の写真は岩木山環状線の弥生と大石間の山側路肩に咲いていたクサレダマ(草連玉)である。これはサクラソウ科オカトラノオ属の多年草である。初めて出会ったのは二子沼である。掲示してある写真はその時に撮ったものである。
 私はその時の印象を「宇宙に放たれる瑞々しい水辺の黄炎花」と記している。だが、自転車で走りながら見た「クサレダマ」の印象はかなり違っていた。
 花名の由来は、「腐れ・玉」でなく「草・連球」で、熱帯に栽培されているマメ科の木「レダマ(連玉)」に似ている草ということによる。
 声を出していう時は決して、「クサレ」「ダマ」と区切ってはいけない。そのように区切ると「腐れ」「玉」となり、美しい花のイメージがすっかりと変わってしまうからだ。
 別名をイオウソウ(硫黄草)という。花の色が「硫黄」に似ているからである。)

 この花との最初の出会い…
二子沼にはこれまでに何回足を運んだろう。最初はとても暑い真夏、ブナ林内の登山道でなく、切り通しになっている古い林道を辿った。道の赤土に垂れ落ちる汗はすぐに乾くほどだった。
 それから、初冬の十一月から晩秋の十月まで、月に一回以上いつも違う季節に訪れている。
 ところで、季節の変化に応じて、彼等は同じ顔を一度も見せたことはなかった。しかし、去年の今日と今年の今日という一年の巡りからみると、自然は円を描くように、同じ循環する時間の中で生きていることがよく解るのである。
 毎年変わらない季節を迎えることが森の姿だ。二子沼とその森はずっと昔からここに、このようにあったのだ。
 だが、日々の経過の中では、生々流転で変化のただ中にいる。そして、彼らはその年で完結し、前年と同じ営みと同じ季節を生きようとする。
 年を違えて数度訪れた九月の初め、やはり、同じ顔を見せてくれた。自然は生存条件の変化を求めない。
 林道から逸れてブナ林内の登山道を行く。林の冷気が汗を誘うこともない。三十分ほどの登りで着いてしまった。さっそく、疎らなブナの樹幹を辿り、芦(あし)や蘆(よし)の繁茂する上の沼の岸辺を開く。広がる空と水面。目に飛び込んできたのは水面のしじまから空を支える白い北斗星、ヒツジグサだ。
 浮島が静かに動き、対岸の汀(みぎわ)にはサワギキョウが紫紺の己を水面(みなも)に映している。開かれた岸辺の端には浅い光沢の黄金が燃えていた。宇宙に放たれる瑞々(みずみず)しい黄炎花、それはクサレダマと言う。
 来年も彼女たちは、ここで同じように空を支え、燃え、微笑んでいるだろう。それを私たちの都合で中断させることは彼女たちにとって苦痛であるに違いない。

      自転車で…走る(その6)

(承前)…先日、弘前の自宅から蒔苗、折笠、弥生、大石、長平、貝沢、小友、種市 、青女子、大川と走り、帰って来た。
 「クサレダマ」にはその弥生と大石の途中の道端で、200から300mに渡って咲いているものに出会った。だが、それには、同じクサレダマなのに「二子沼」で出会った神秘のイメージはなかった。
 多くの草々の中で黄金に輝くその色彩は目立ったが、ただ「それだけ」という印象を出ないのである。
 場違い感は、これほどに「もの」や「物事」を俗化させるものだろうか。もし、この道が「自動車」主体の道路でなく、アスファルト舗装されていない、もっと幅も狭い「昔ながら」の歩道であったらどうなのだろうかと考えてしまった。
 この辺りの上部には小さい沼地が点在していた。しかし、今は埋め立てられて殆どない。いくら、埋め立てても、昔からの「水の通り道」は、「昔どおり」に戻ろうとするし、戻るものだ。
 そして、隙間を穿って「少しずつ」流れては、浸みだしてくる。クサレダマはその「浸みだしている」水の周辺に生えているのだ。これは、本来、水辺に咲く花なのである。

 昔からの「水の通り道」を無視して「宅地造成」をして、「…何とか団地」とか「…台分譲地」として売り出して、1つの「住宅街」を造ってしまう。行政はそのことに対して、殆ど「規制」はしない。
 そして、その上部で川や湖水が氾濫すると、その増水は「昔からの通り道」に従って流れるのである。最近の都市部に見られる「洪水」被害のパターンは皆これだ。大雨による崖崩れ、土石流などの理由にも、これがあてはまるのである。
 弘前市の新興住宅地区の大半は、昔からの「水の通り道」を無視して造成された場所である。
 敢えて何処とは言わないが、ここ30数年の間に、弘前市の何処が洪水被害に見舞われたかを思い出してみるといい。そこが、その場所であり、これからも「洪水」に遭う可能性は高い。
 「洪水」や「土石流」災害と呼ばれるものは、本当は、「天災」でなく「人災」であろうと私は思っている。
 先日の神戸市灘区の都賀川(とががわ)で起きた「鉄砲水」による水死事故も、然りである。これは本来の流れを「無視」した「ウオーターフロント」事業の犠牲である。この責任は、この事業を推し進めた「国土交通省」や、その補助金に群がって、それに盲従した地元自治体にある。
 被害者の遺族はこの「事業」の非科学性と、地理的歴史性に学ばなかったことの責任を追及するためにも、是非「訴訟」を起こしてもらいたいものだ。
 弘前市にあっても、「土淵川」や「腰巻川」に莫大な費用をかけて「ウオーターフロント」事業を施した。そこには昔日の面影は全くない。
 水路は狭まり、変な歩道が狭い河川敷を覆い、その狭い河川敷には突起物が乱立している。流れは自然に任せるしかないのである。これでは、上流からの増水の逃げ場がない。どちらの川も右岸左岸とも「住宅地・居住区」である。溢れた水は「住宅街」を襲う。(明日に続く。)
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クサレダマ(草蓮玉) (えふ流パパサウルス)
サクラソウ科オカトラノオ属 これも7月20日の長者原ビジターセンター付近の「クサ