
(今日の写真は、この23日に岩木山の踏み跡道を辿ったTさんが撮ったものだ。杉の伐採地である。
このように、伐採をしてそのままにしておく場所はここだけではない。いくらでもある。今年の残雪期から、Tさんと始めた「踏み跡探し」でも見かけたし、最近では小森山から入って北に登り、東に迂回して降りてくる姥人沢の右岸でも、かなりの伐採されたままの杉を見た。だが、それは今日の写真の現場ではない。
「山の中」の伐採現場は麓からは見えない。また見えるようになると、それは当然伐採後であり、その面積も広大なものであるのだ。
問題なのは、「いつも発見が伐採後」ということだ。私たちは、「伐採の理由」や「伐採して何をするのか」について知らされないまま、その「伐採現場」の前で立ち尽くすのである。「後の祭り」、空しい。伐採を止められなかったことの無力感を持ちながらである。
それは、「死体累々という現場」に立ち尽くす心情に似ているものだろう。)
◇◇岩木山に、これ以上の堰堤「砂防ダム」は必要か ◇◇
Tさんは10月25日、そして今月の23日と2回にわたって、「踏み跡探し」をしている。4月から始めた「踏み跡探し」で、これも踏み跡だなあと思えるようなものが数本あった。だが、まだ「踏査」していないものもかなりあるのだ。
それをTさんは「辿って」いたのである。その「山行報告(?)」が彼から長文のメールで届いた。
その中に、…旧い林道は、姥人沢にぶつかると南に折れて下がっていました。たどっていくと、100メートルほどで、直角に左に折れ、80メートルほどのところで、「石切沢火山砂防ダム用地に伴う立ち木調査」と書かれた見出し標識にぶつかりました。
その場の下で音がするので振り向くと、下方南西側70メートルほどのところで工作機械が入り、木を切り道路を作っていました。
何の工事だろうと沢の左岸沿いに70メートルほど下がると、伐採現場の光景が現れました。沢の周りの木を切っており、工事のために広く道路を作っていました。
工事関係者が歩いてきたので聞くと、砂防ダムを作るのだといいます。来年になるだろうと言ってました。
つまり、県道から右に入る道路に工事車両が入っていたのは、この工事だったのです。工事用道路は幅15メートルほども広くとり、伐採した材木をユンボで片付けていました。 様子からすると、まだダム本体工事は行われていません。取り付け道路の整備をしている最中です。
この砂防ダム工事は税金の無駄遣いではないでしょうか。自然の保護と経済的な側面の二つから、この問題に関心を持ちましたが、三浦さんはどう思われますか?一度ご一緒できれば幸いです。
必要なら、この砂防ダム工事の資料を情報公開で求め手に入れ、世論に問うこともありかな?と思っています。…とあった。(お断り、文意にそって接続語など一部訂正しています)
まったくそのとおりである。この問題は是非、公開開示とか、くだんの「申請」で明らかな情報を得て、「密かに進められている堰堤工事」の必要性を明らかにし、「不要不急」で「緊急性」がないものであれば凍結させる方向で取り組まねばならい。
開示や申請など事務的なことはTさんにお願いしよう。先ずは、近々、その現場を確認に出かけねばならない。
もしこれが「林野庁」の事業であるとしたら「危険木伐採」を公開していることに比べると、あまりにも「非公開」に過ぎるのではないか。堰堤は見えないだけで、ずいぶんある。もういらないと「岩木山」は言っているに違いない。
◇◇「キリマンジャロの雪」は消え、CO2の排出量は減らない(7)◇◇
(承前)
そういう私も、実は一昨日、本を「通販」で注文してしまった。
それは、「『ザ・リンク』−ヒトとサルをつなぐ最古の生物の発見」コリン・タッジ著である。2009年11月15日の朝日新聞電子版で、江上剛が書いた「書評」を読んで、欲しくなったのだ。
「書評」にはこうあった。 …人類進化の謎解く「失われた環」
ドイツのフランクフルト郊外で80年代、ほぼ完璧(かんぺき)な姿で4700万年前の小さな霊長類の化石が発見された。それはイーダと名付けられ、人類の進化の謎を解くミッシング・リンク(失われた環〈わ〉)ではないかと、研究者たちの追究が始まった。
生物学者でもある著者はイーダの秘密を解き明かしつつ、同時代に生きた多くの古代生物たちの姿を生き生きと描き出す。
本書を読むまで、私は、現在こそ進化の頂点にある時代だと思っていた。ところがそれは全くの思いあがりだった。実は、古代には、ものすごく豊かな種が生息していたのだ。例えば現在はアジアなどに2種しかいないゾウは、過去5千万年ほどの間には、なんと150種もいた。
「ある動物が現在棲息している土地というのは、たまたまそれがたどり着いた場所にすぎない」と著者は言う。私たち人類は、たまたま地球を支配しているにすぎないのだ。そう思うと、謙虚な気持ちにならざるを得ない。…
私は、これを読んで「謙虚な気持ちにならざるを得ない」自分を確認したかったのである。そこで、市内の書店に問い合わせたら「まだ入荷していない」というし、図書館に問い合わせたら、こちらも「まだ…、今は…」という返事だった。
そこで、せっかちな私は「通販」で注文してしまったのだ。そして、驚くことに昨日「宅配便」で届いたのである。何という速さだろう。待たせることをしないサービス、…だが、ここにこそ、「エネルギー消費」と「CO2の排出を増やす」仕組みが潜んでいるのである。(明日に続く)
このように、伐採をしてそのままにしておく場所はここだけではない。いくらでもある。今年の残雪期から、Tさんと始めた「踏み跡探し」でも見かけたし、最近では小森山から入って北に登り、東に迂回して降りてくる姥人沢の右岸でも、かなりの伐採されたままの杉を見た。だが、それは今日の写真の現場ではない。
「山の中」の伐採現場は麓からは見えない。また見えるようになると、それは当然伐採後であり、その面積も広大なものであるのだ。
問題なのは、「いつも発見が伐採後」ということだ。私たちは、「伐採の理由」や「伐採して何をするのか」について知らされないまま、その「伐採現場」の前で立ち尽くすのである。「後の祭り」、空しい。伐採を止められなかったことの無力感を持ちながらである。
それは、「死体累々という現場」に立ち尽くす心情に似ているものだろう。)
◇◇岩木山に、これ以上の堰堤「砂防ダム」は必要か ◇◇
Tさんは10月25日、そして今月の23日と2回にわたって、「踏み跡探し」をしている。4月から始めた「踏み跡探し」で、これも踏み跡だなあと思えるようなものが数本あった。だが、まだ「踏査」していないものもかなりあるのだ。
それをTさんは「辿って」いたのである。その「山行報告(?)」が彼から長文のメールで届いた。
その中に、…旧い林道は、姥人沢にぶつかると南に折れて下がっていました。たどっていくと、100メートルほどで、直角に左に折れ、80メートルほどのところで、「石切沢火山砂防ダム用地に伴う立ち木調査」と書かれた見出し標識にぶつかりました。
その場の下で音がするので振り向くと、下方南西側70メートルほどのところで工作機械が入り、木を切り道路を作っていました。
何の工事だろうと沢の左岸沿いに70メートルほど下がると、伐採現場の光景が現れました。沢の周りの木を切っており、工事のために広く道路を作っていました。
工事関係者が歩いてきたので聞くと、砂防ダムを作るのだといいます。来年になるだろうと言ってました。
つまり、県道から右に入る道路に工事車両が入っていたのは、この工事だったのです。工事用道路は幅15メートルほども広くとり、伐採した材木をユンボで片付けていました。 様子からすると、まだダム本体工事は行われていません。取り付け道路の整備をしている最中です。
この砂防ダム工事は税金の無駄遣いではないでしょうか。自然の保護と経済的な側面の二つから、この問題に関心を持ちましたが、三浦さんはどう思われますか?一度ご一緒できれば幸いです。
必要なら、この砂防ダム工事の資料を情報公開で求め手に入れ、世論に問うこともありかな?と思っています。…とあった。(お断り、文意にそって接続語など一部訂正しています)
まったくそのとおりである。この問題は是非、公開開示とか、くだんの「申請」で明らかな情報を得て、「密かに進められている堰堤工事」の必要性を明らかにし、「不要不急」で「緊急性」がないものであれば凍結させる方向で取り組まねばならい。
開示や申請など事務的なことはTさんにお願いしよう。先ずは、近々、その現場を確認に出かけねばならない。
もしこれが「林野庁」の事業であるとしたら「危険木伐採」を公開していることに比べると、あまりにも「非公開」に過ぎるのではないか。堰堤は見えないだけで、ずいぶんある。もういらないと「岩木山」は言っているに違いない。
◇◇「キリマンジャロの雪」は消え、CO2の排出量は減らない(7)◇◇
(承前)
そういう私も、実は一昨日、本を「通販」で注文してしまった。
それは、「『ザ・リンク』−ヒトとサルをつなぐ最古の生物の発見」コリン・タッジ著である。2009年11月15日の朝日新聞電子版で、江上剛が書いた「書評」を読んで、欲しくなったのだ。
「書評」にはこうあった。 …人類進化の謎解く「失われた環」
ドイツのフランクフルト郊外で80年代、ほぼ完璧(かんぺき)な姿で4700万年前の小さな霊長類の化石が発見された。それはイーダと名付けられ、人類の進化の謎を解くミッシング・リンク(失われた環〈わ〉)ではないかと、研究者たちの追究が始まった。
生物学者でもある著者はイーダの秘密を解き明かしつつ、同時代に生きた多くの古代生物たちの姿を生き生きと描き出す。
本書を読むまで、私は、現在こそ進化の頂点にある時代だと思っていた。ところがそれは全くの思いあがりだった。実は、古代には、ものすごく豊かな種が生息していたのだ。例えば現在はアジアなどに2種しかいないゾウは、過去5千万年ほどの間には、なんと150種もいた。
「ある動物が現在棲息している土地というのは、たまたまそれがたどり着いた場所にすぎない」と著者は言う。私たち人類は、たまたま地球を支配しているにすぎないのだ。そう思うと、謙虚な気持ちにならざるを得ない。…
私は、これを読んで「謙虚な気持ちにならざるを得ない」自分を確認したかったのである。そこで、市内の書店に問い合わせたら「まだ入荷していない」というし、図書館に問い合わせたら、こちらも「まだ…、今は…」という返事だった。
そこで、せっかちな私は「通販」で注文してしまったのだ。そして、驚くことに昨日「宅配便」で届いたのである。何という速さだろう。待たせることをしないサービス、…だが、ここにこそ、「エネルギー消費」と「CO2の排出を増やす」仕組みが潜んでいるのである。(明日に続く)








