世相を斬る あいば達也

民主主義、資本主義とグローバル経済や金融資本主義の異様な違いについて

●日本人の興味は「景気と社会保障」 憲法が!株価と年金に負ける

2015年11月11日 | 日記
ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒 (講談社+α新書)
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●日本人の興味は「景気と社会保障」 憲法が!株価と年金に負ける

最近は、読者の方々には不興と取られるようなコラムを連発している所為か、人気ブログランキングにおける順位が番外地に向かって急降下している(笑)。まあ、反米キャンペーン的なコラムが多くなったし、経済成長を念仏のように唱えることに異議申し立てをしてみたりと、世論の潮流に逆らっているのだから、当然の結果だが、周りの空気に順応して、付和雷同な賛同を得ても意味はないから、それで良いのだと思う。また、人気ブログランキングを運営している会社の方針のようなものも、場合によると影響しているのかもしれない。どこまで下がるのか、或る意味で愉しみでもある。

まあ、そんなことはさて置いて、今日も人の褌でコラム風味なブログを書き連ねておく。最初の朝日の南欧から見たユーロと云うカルロ・セッキさんへのインタビューは興味深い。ユーロ圏の持つ弱点、通貨のコントロール能力を持たない欧州中央銀行(ECB)という存在、バラバラの財政事情と理念の鬩ぎあい。相当に難解な複雑な方程式だ。しかし、ドイツはトッドではないが、ユーロあってのEUチャンピオンなのだから、VW問題を乗り越えても、幾つもの真贋検査に対応しなければならないだろう。アメリカと云う既存のヘゲモニーに挑戦するのは容易なことではなさそうだ。

ロシアも挑戦しているが、徹底した魔女戦略に晒されている。ロシアの場合、中国と異なり、日米との経済交流が少ない点が、中国以上に敵視されやすい環境を持つ。無論、プーチンの持つ独特のカリスマ性も、アメリカにとっては癪のタネだし、強固で近代的な軍事力を保持している事も、プロパガンダ報道に油が注がれ、今度はリオ・オリンピックに参加させないぞ!と云う揺さぶりまで始まった。欧米罠研究所がどこかで日々研鑽に励んでいるとしか思えない(笑)。

今のところ、世論調査を見る限り、4~5割の日本人が安倍内閣を支持しているようなので、“ごまめの歯ぎしり”と云う按配だ。最近では河野太郎のブログで市民権を得た言葉だから、変節とか裏切りの代名詞になっているのかもしれない。NHK辺りの世論調査には、日本人に多い付和雷同する傾向があり、アナウンス効果やバンドワゴン効果は絶大であるに違いない。特に、召集令状でも届かない限り、自衛隊には、危ない目に遭って貰っても良いだろうくらいの認識が一般生活者にはあると思えば、驚きに値しない。それでも、考えるべきことを考もせずに、デモクラシーを享受出来るほど、日本と云う国の髄は生易しいものではない。劇薬を持ってしても、宿痾のような、お上に任せてぶーたれる体質は変わらない。つまり、国民の家畜化が加速化するわけで、黙認しておくわけには行かないと思う。

 ≪(インタビュー)南欧から見たユーロ 伊ボッコーニ大学元学長、カルロ・セッキさん
混迷が続くギリシャの経済危機。発覚以来、「借りたお金を返さない方が悪い」という批判が、ドイツなど欧州連合(EU)の北側の諸国から噴き出しているが、果たしてそれだけで済むのか。財政状況が芳しくない国は南欧に少なくない。南の立場も知るイタリアのマクロ経済の碩学(せきがく)に、問題の本質と解決への手だてを聞いた。

   ――ギリシャの総選挙で、チプラス首相が率いる与党・急進左派連合が勝利しました。世界経済、そして共通通貨ユーロ防衛のリスクとして懸念されてきたギリシャ危機は今後、どうなっていくのでしょうか。

 「与党は前回総選挙で、EUから求められた緊縮策拒否を掲げて政権に就きました。しかしその後、金融支援と引き換えに、公約を撤回して緊縮を受け入れた。こうした姿勢を続けるなら、債務返済をめぐるEUとの交渉は継続されるでしょう。とはいえ、ギリシャが財政再建や労働生産性を高める構造改革を進め、経済成長を促す政策を採らねばならない状況は、何ら変わりません」

 ――ギリシャ危機はこれまでの危機と異なるのでしょうか。

 「危機が一国にとどまらず、ユーロ圏の他の国に波及した点で決定的に異なります。財政の透明性がないとか、政府が改革に取り組む姿勢に信頼性がないといったギリシャ固有の問題がありました。しかし、ギリシャほど脆弱(ぜいじゃく)でないポルトガル、スペイン、アイルランドなども、財政の赤字体質が市場に嫌われ、新たに国債を発行したくても利回りが上昇して困難になるという悪影響を受けました」

 ――ギリシャのように信頼できない国をユーロに参加させたことが誤りだったのでは。

 「ギリシャはユーロが使えることで、独自通貨ドラクマの時代に比べ、低利でお金が借りられるなど、官民が分不相応の利益を享受しました。これは、ユーロ参加には経済的条件に加え、政治的意義が重視されたことも忘れてはなりません。EU加盟国は、独裁政権が支配したギリシャで民主的勢力を強化したいと考えたほか、欧州の境界を守る点も考慮しました」
 「それを今になって過ちだったと批判するのは、建設的ではありません。ギリシャのような国でも、EUのルールにのっとって行動するよう、粘り強く働きかけていくことこそが重要です」

     ■     ■

 ――累積債務国問題は、何度も世界経済の主要テーマになりました。1980年代から90年代にかけての中南米諸国の債務危機は、米国などが主導した減免策で解決しました。今回なぜ、減免が選択肢にあがらないのでしょう。

 「今後の減免が排除されているわけではありません。ただ、現状は問題解決に向けた第1段階です。チプラス政権が真剣に問題に立ち向かう姿勢を示せば、減免というメニューも俎上(そじょう)にのぼることはあり得ます。財政の持続可能性が高まり、かつ、経済の回復も成し遂げられれば、債務そのものが減っていくと期待できます」

 ――減免を罪悪とでも考える国があるのですか。短時間で処理することがベストとされる金融の常識からすると、ユーロを防衛しようという意欲が見えません。

 「日本には日本銀行、米国にはFRB(連邦準備制度理事会)と『最後の貸し手』の義務を果たす中央銀行があります。しかし欧州中央銀行(ECB)は『最後の貸し手』ではありません。例えばギリシャの市中銀行が資金繰りの危機に陥っても、ECBに救済の義務はなく、切り捨ても可能です」
 「おまけにユーロは新しい創造物です。通貨でありながら、流通する地域に真の中央銀行が存在していない。その結果、ユーロ自身の信用は市場から勝ち取らねばなりません。すなわち、市場に『ユーロは厳格なルールの下で運用されている』と信じてもらわねばならない。ドイツはとりわけ、こうしたルール重視の考えを厳格に守るべきだと考えているのです」

 ――ユーロ圏内のお金の動きを見ると、公的、民間両部門の投資が減っています。貸し渋りが起きているのではないですか。

 「財政再建を重んじたら成長が犠牲になりかねない、という二律背反は、ギリシャだけでなく、ユーロ圏全域の問題でもあります。投資や生産が停滞したり縮小したりしています。ドイツが主張するように健全財政は大切ですが、こだわり過ぎて、将来の成長の種も失っている面は否定できません」
 「ある逆説があります。今世紀初め、シュレーダー独政権は財政規律をさほど熱心に守らない一方、雇用規制の緩和など不人気の構造改革を熱心に進めました。その結果が今の成長につながっています。ドイツには、厳格さと柔軟さを使い分ける知恵が必要です」

 ――セッキさんが提唱するEU版の「4本の矢」でユーロ圏を強化できますか。

 「私たちを取り巻く問題は、複雑で複層的です。解決には継続的なアプローチが必要です。まず、金融政策ではECBを真の中央銀行にするため、『最後の貸し手』としての権限を与えねばなりません。二つ目に銀行同盟をつくり、金融機関を同一のルールの下で検査・監督する。これにより金融市場の信頼性が向上するでしょう」
 「三つ目の財政改革は、域内で強固な信用制度が確立すれば、構造改革や財政再建を担保にして、危機時の資金供与ができるようになります。ただし、申し上げた通り、財政には厳格さと柔軟性の両様が必要です。公共投資のような成長を促す財政支出と引き換えに、労働生産性を高める改革を義務づけるのが4本目の矢です」  

    ■     ■

 ――近年、各国でポピュリズムのうねりが高まっています。かじ取りを誤ると、ユーロ圏の南北分裂に発展しませんか。

 「EU各国は、南であれ北であれ、抜き差しならない状態まで、相互依存が進んでいます。イタリアもドイツと同様に貿易に依存しています。高度な統合と反対の方向、つまり分裂に進むことは、どの国の利益にもなりません」

 「しかし、様々な危機がポピュリズム台頭の誘因になり得ることは確かです。とりわけ『5年後、10年後、自分の子どもたちが、より悪い状況に置かれてしまうのではないのか』という不安が高まると、目先の問題に追われ、理想が忘れられます。政治家の中にも、ポピュリズムを利用しようというやからがいます。これからも危機は起きるでしょう」

 「2度の大戦で、欧州は大きく傷つき人命が失われました。この反省に立って、『力を合わせれば必ずいい結果が待っている』という理想から統合は始まったのです。原点を忘れてはなりません」

 「最も重要なのは教育です。ポピュリズムも 問題ですが、政治的無関心も心配です。背景には政治家の指導力低下がある。アデナウアー西独首相や、欧州石炭鉄鋼共同体を提唱したシューマン仏外相ら、 50年代の統合創世期の人たちと、今の政治家を比べると、小粒化は否定できません。民主制である以上、指導者を選ぶのは国民自身です。構想力と問題解決力を併せ持った政治家を選別できる、国民の眼力を培うしかありません」

 ――問題は経済だけではなく、シリアなどから大量の難民がEUに流入し続けています。メルケル独首相らは受け入れに積極的ですが、ハンガリーやポーランドは否定的です。

 「共通の利益を享受するには、共通の対策も考えなくてはなりません。流入を制限するため、にわかに域内で国境の壁を築くようなことは、開かれたEUという存在価値を自己否定することになります。仮に異論があっても、EU存続にとって、難民の引き受け分担が最も正しい道であり、現実もそれに向かう と思います」   
 *  Carlo Secchi 1944年イタリア生まれ。90年代に欧州議会議員、イタリア上院議員。2000年から4年間、ミラノのボッコーニ大学学長を務めた。  

■「現状維持」できるか岐路 慶応大学教授・竹森俊平さん
 政治学では「Status quo」というラテン語がよく使われます。「現状維持」という意味ですが、ドイツを含めEUの主要国は現在、まさに「Status quo」のためにきゅうきゅうとしていて、「統合の夢」を追うどころではありません。
 EUは、ギリシャ危機をめぐる市場とのせめぎ合いと、大量の難民をどうするかという、二正面作戦への対処を迫られています。
 ユーロ圏内の金融秩序を乱すギリシャに対しては、厳格な緊縮財政など「寒風」を浴びせている。
 一方、難民問題は「緊急事態に取った友好的な態度だったと、いまさら謝罪しなければならないのなら、これは私の国ではない」(メルケル独首相)などと「温風」を注いでいます。
 何か矛盾して見えますが、いずれもEUの維持、という目的では一致しています。
 ギリシャの言う通り債務減免を許せば、財政赤字に苦しむ南欧諸国も財政再建しなくなる。そうなるとユーロの信用を守るために、ドイツが一方的に南欧を財政支援し続ける形になりかねない。ドイツの本音は、通貨は共通でも、財政は共通化したくないのです。だからギリシャにきつくあたる。
 他方、欧州26カ国は、パスポートなど身分証明書の国境審査なしで移動できる協定に調印しています。ドイツは率先して難民を受け入れていますが、他の国も分担しなければ、国境を自由に越えて難民がドイツに集中する。それでは困るので、ドイツは国境審査を復活せざるを得なくなる。温風を吹かせながら、それでも良いかと他の加盟国に迫っているわけです。
 EUは国ごとに政治や経済の事情が異なるのに、無理に国境を開放し通貨を共通化したことから、経済危機や難民受け入れ問題が生じた。なんとか現状で落ち着いてくれればいいが、統合がばらばらに崩れるかもしれないのです。     
*  たけもりしゅんぺい 1956年生まれ。国際経済危機分析の専門家。著書に「欧州統合、ギリシャに死す」「ユーロ破綻(はたん)」など。  

■取材を終えて
 出生地のイタリアでは、経済学者出身の首相が誕生することがある。元首相のマリオ・モンティ氏は、セッキ氏と同じボッコーニ大学学長を務めた。ベルルスコーニ政権の混乱を沈静化するため、実務家の手腕が期待された。
 セッキ氏に政権のお鉢が回ってくるかは未知数だが、彼が唱える「4本の矢」の実現は簡単ではない。日本や米国と違い、EU域内のすべての国の了解を得ることは、想像を絶する困難が伴うからだ。さらに改革の行方を阻むのが、ポピュリズムという国民の心に根ざす病根の存在だ。EU分裂の火種にさえなりうる。病根は、経済の「負け組」で、より繁殖するだろう。
 しかし、ポピュリズムをはびこらせないために必要なのが、財政規律と経済発展の両立という二律背反の克服策だともいえよう。ならば、難路でも4本の矢を目指すしかないと感じた。 ≫ (朝日新聞デジタル:編集委員・駒野剛)


次の引用インタビューも面白い。こっちの方が、かなり国内的には、興味を引くインタビューだろう。「野党とは如何なるものか?」だから、具体的事例も頭に浮かぶので、読みやすい。吉田氏の民主主義の解説は非常に良く判る。しかし、民主主義の本質的部分を知ることで、成るほど日本に民主主義が定着する気配すらないのは、その所為かと納得してしまう(笑)。つまり、多くの主権者が、景気と社会保障にしか主な興味がなく、言論の自由、表現の自由、立憲主義など云うものに興味がなければ、安倍内閣による安保法制関連法の強行採決など、どうでも良いと云うことになる。

こうなると、安倍内閣の支持率が、右であれ左であれ、見識ある考えを持つ人々が、国家の根幹にかかわる問題で、重大な違反をした政権であっても、生活者として、各論的に被害を蒙っていると感じない以上、めんどくさいことは判らない、適当にやってよ。政治的な発言なんて、世間的にも変な目で見られるからね。こういう風潮は、未だに残っているだろうから、「ハイ、ハイ、良いんじゃないですか?」と云う当り障りのない回答をするのは自明と言えば自明。

これに、アナウンス効果やバンドワゴン効果が加わるわけだから、打つ手なしとなる。結局、結論を出すのは早すぎるだろうが、日本に民主主義を定着させることは、容易ではない気がしてくる。安倍晋三の強権政治で、一部では、民主主義や立憲主義の大切さは共有されてきたが、現時点ではメジャーな空気にまでは至っていない。次期参議院選までに、共産党が提案した『国民連合政府』の価値を評価して、所謂「野党」が自民党に対峙した時は、瞬間的に国民は「総論」として、政治を瞬間的に考えるだろう。現時点では、それすらも実現性が危うい状態のようだから、期待できる兆しがあるとは言えない。


 ≪(インタビュー)オポジション 野党を研究する政治学者・吉田徹さん
 「野党はだらしない」。正直、もう言い飽きた。この決まり文句の先へ行かなければ「1強多弱」が続き、政治のダイナミズムは損なわれる。しかし、さて、どうすれば。もんもんとしていたらドアをたたく人あり。政治学者の吉田徹さん。英語で言い換えると見方が変わるかも、と言う。「野党」じゃなくて「オポジション」と。

 ――自民党「1強」という政治状況の中、野党のだらしなさばかりが目につきます。

 「野党がだらしないという決まり文句は、『野党』という言葉のせいもあるかもしれません」

 ――どういうことですか。

 「そもそも『野党』という言葉は、明治期に一般的になった『在野党』から派生したもので、権力にあずかっているか否かという『引き算』によって定義されている。日本では最初からマイナスイメージがついて回ります」
 「英語で野党は『オポジション』、原義は『対抗(勢力)』。能動的で、むしろ積極的な意味を持っています。英国の野党は『陛下の野党』と呼ばれ、 有形無形の支援制度が優先的に割り当てられています。野党にげたを履かせて、与党との健全な競争を促さなければならない、なぜなら野党は、民主政治の維持 と発展のために不可欠だからという思想が、広く社会に受け入れられているためです。翻って日本は、英国流の二大政党制を『輸入』しましたが、その制度を支える思想は根付かないまま。結果的にげたを履いているのは、長く政権を担ってきた『自然な与党』たる自民党です」

 ――ただ、野党がいくら反対しても法案は通る。対案も出さず、野党は国会で騒ぐだけという冷ややかな見方も広がっています。

 「野党の使命は、何よりも与党権力をチェックすることです。対案はその手段のひとつに過ぎず、絶対視すべきではありません」
 「野党を通じて、多様な民意が政治の場にきちんと表現されることで、少数者の権利が守られたり、不満が『ガス抜き』されたりして、社会は安定す る。逆に、与党が反対勢力からも幅広い合意を取り付けようと努めなければ、社会は不安定になります。与党は政策を遂行する権利を持ち、野党は耳を傾けても らえる権利をもつ。民主政治がそのようなバランスの上に成り立っていることを、まずは理解する必要があります」

 ――野党を過大評価している印象を受けますが。

 「いえ、民主政治にはオポジションが重要だと言っているのであって、それが野党である必然性は必ずしもない。例えば、主要政党すべてが閣僚を出しているスイスでは、国民投票がオポジションとして機能するし、米国では司法がそうです。日本でもかつては自民党の派閥や、衆参の『ねじれ』などがオポジションの役割を果たしてきた。ところが今の安倍政権下では、そうした『オポジション力』が非常に弱まっています」
 「集団的自衛権の行使容認のために内閣法制局長官をかえる。『中立・公正』の名のもとにメディアを威圧する。権力にとって最強のオポジションであるはずの憲法をも軽視する。政治がある意味『ブラック企業』化しています」
 「議論をしている暇などないから『右向け右』で全員が右を向く。それが最も合理的なのだ、と。政治や企業のトップだけでなく、大学を含めて、社会全体がそういう雰囲気になっている。今の政治もその表れです」   

   ■     ■

 ――「決められない政治」が批判されたのはつい数年前。オポジションを排した政治は、民意の要求であるとも言えませんか。

 「短期的にはオポジションを排した方が『生産性』は上がるようにみえる。だけど長期的にみれば、持続可能性は減ります。ブラック企業がそうでしょう。民主主義は手間がかかりますが、だからこそ続いてきたのです」
 「組織や政策が行き詰まった時、全員が右を向いていたら方向転換できません。右を向かない人間を抱えて多様性を確保し、違う道を進めるようにしておくほうが集団は生き残れる。野党は、既存制度がダウンした時のバックアップシステムのようなものです」

 ――だからこそ野党は、与党との対立軸を描きだし、政策を競わねばならないということですね。

 「二大政党制を、与党と野党どちらがダンスがうまいかを競っているかのようなイメージで捉えるのは、間違いです。グローバル化と社会のフラット化が進んだこの時代にあっては、明確な対立軸を描き、世界観を競うような政党政治はもはや成り立ちません」
 「与党と野党はペアダンスを踊っているようなもの。相手がこうステップを踏んだらこっちはこう、相手が賛成なら反対、反対なら賛成と。2009年と12年の政権交代はいずれも、政権与党が信任されなかったから。有権者が民主党や自民党に政権を取らせたいと積極的に選択した結果ではありません。身もふたもない言い方をすれば、小選挙区制のもとでの政権交代は、与党の失墜があって起こるものなのです」

 ――敵失なくば交代なし。確かに身もふたもないですね。しかし、安保法制で世論の反発を招いた安倍内閣の支持率はさほど下がっていません。なぜでしょう。

 「有権者の関心は、景気と社会保障に集中しています。そこでミスをおかさなければ、『致命傷』にはなりにくい。安倍内閣はそれをよくわかっています」
 「タイムマネジメントと言葉づかいも、とても巧みです。安保法制のほとぼりをさますため、秋の臨時国会を開かない。取り得る最善の策です。そして『アベノミクス』『積極的平和主義』『一億総活躍社会』。言葉の意味はあいまいだけれども、とにかくポジティブ。無党派層からすると、それを批判する野党は、揚げ足取りをしているようにしか見えません。ノリの悪いやつだと、ね」

 ――景気よく行こうぜ、と。

 「だからこそ、言わせっぱなしにしないために、国会審議が野党にとっては重要です。具体的な事例で相手を問いただし、答弁の矛盾をつき、言葉づか いの巧みさで押し切られがちな点をひとつずつピンで留めていく。誰が『正しい』かを決めるのが選挙で、何が『正しい』かを決めるのは国会です。決定と熟 議。この両輪がきっちり回ってこその民主主義です」   

   ■     ■  

――今は討議の車輪の回りが非常に悪い。そのことへの不満が、人々をデモへと押し出したと。

 「デモというオポジションが当たり前になったのは歓迎すべきことです。ただ、野党がしっかり民意を転換できていれば、本来、主権者が時間と労力をかけてデモをやる必要はないはずです」
 「代表民主制はいわば民意の『風景画』を描くようなもの。画家が色を加えたり遠近感を演出したりして風景を再現するがごとく、民意を政治の場で表現するための翻訳力、意訳力こそが政党の底力です。民主党は、それを十分に理解していない。民意をそのまま代表するのでも、自分たちが正しいと思う政策を追求するだけでもいけない。選挙に勝った我々こそが民意とばかりに振る舞う自民党に対抗する意味でも、民主党は民意とコミュニケーションし、意訳する力をこそ磨くべきです」

 ――デモでは「野党は共闘!」の声もあがっています。

 「国会の外から吹く『追い風』に、野党が帆をどう張れるのかが問われています。非自民ブロックが分裂している限り政権交代は ないというのは過去2回の選挙の教訓です。『国民連合政府』の構想はその学習の結果のひとつでしょう。政治学者の阿部斉(1933~2004)が言ったよ うに、政治とは『ありあわせの材料』で『まにあわせの解決』をすることです。どのような方策でも不満は残るでしょう。しかし、野党各党がそれぞれ生き残る ための合理的選択をした結果、票を食い合うという不合理を生んでいる。この『合成の誤謬(ごびゅう)』を何とか乗り越えないと、自民党という『自然な与 党』が君臨し続けます」   

   ■     ■

 ――「政権交代可能な二大政党制」を目指した政治制度改革の弊害は、予想以上に大きかった。見直すべきではないですか。

 「選択肢としてはあり得ますが、こっちの方が便利だとか新しいとか、百円ショップで買い物をするように制度をとっかえひっかえしていても、この国 の民主主義はいつまでも成熟しません。政治とは結婚生活のようなもの。関わり、育て、折り合いをつける。その忍耐力がなければ使える制度も使えなくなりま す」

 ――だらしない野党も、忍耐強く育ててしっかりさせろと。

 「野党は民意の尖兵(せんぺい)隊のようなもの。野党がだらしなく見えるのは、もしかしたら私たちが、自身の民意のありようを了解していないから かもしれません。どんな社会に生きたいか。どんな意思を政治に反映させたいか。それを考え、実現させるために、与党も野党もツールとして使いこなすのが主 権者の使命です。ないものねだりも、観客でいることも許されない。それが民主主義ですから」  (聞き手 論説委員・高橋純子)    
 *  よしだとおる 75年生まれ。北海道大学教授。専門は欧州比較政治。著書に「感情の政治学」「ポピュリズムを考える」、編著に「野党とは何か」など。  ≫(朝日新聞デジタル)

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2 コメント

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言霊(ことだま) (はちや)
2015-11-11 09:22:58
「国民」という言葉も良くないのだと思います。
「民」には、差別的な意味がありますからね。
(土民、民草など)
人々が何となく卑屈になる原因かも知れない。
「主権者」と言うと良いですね。
世界経済 (おじん)
2015-11-11 09:27:23
中國順調に伸びる。頑張れ日本。

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