世相を斬る あいば達也

民主主義や資本主義及びグローバル経済や金融資本主義の異様さについて
定常で質実な国家像を考える

●右左と無関係にある人格の存在 ヒューマンな声が育つ土壌

2015年10月13日 | 日記
希望の国のエクソダス (文春文庫)
クリエーター情報なし
文藝春秋


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●右左と無関係にある人格の存在 ヒューマンな声が育つ土壌 

昨日の拙コラム「強者の傲慢に抵抗する良識の蜂起 社会主義は蘇生するのか」の中で紹介した“ハーバード大学のローレンス・レッシグ教授や社会主義者を自任する民主党左派のベテラン政治家のバーニー・サンダース上院議員。社会党に近い立場の仏経済学者トマ・ピケティ。ギリシャでは急進左派のチプラスが政権を握り、フランスも一応 社会党のオランドだ。ドイツのメルケルにしても、保守と云うよりは、革新系だ。プーチンは、アメリカン・デモクラシーに強く抵抗している。英国労働党党首にコテコテの社会主義者であるジェレミー・コービン議員が就任”と云うように書いた。 英国労働党の復権は、世界の流れに暗示的だ。

特に、バーニー・サンダースやジェレミー・コービンの言葉には、人間味、誠実、率直が目立つ。論理的である前に、情熱的誠実さがあった。以下の魚住昭氏は政治家と云う立場ではないが、ノンフィクション作家の立場だが、事実に基づく書き手として一目置く存在だ。同氏の特長は底流に、ヒューマニズムが色濃くあることではないかと思う。本日は、同氏の15年安保デモを通じての“連帯、相互扶助、そしてレジスタンス”の空気を伝えるコラムを紹介する。そのコラムの中で触れていた、民主党・枝野幸男幹事長の安倍内閣に対する不信任決議案を提出の趣旨説明全文を書き起こしされている貴重なサイト【こむぎ(@64gyoza)、tekito editor(@tekitoeditor)】があったので参考掲載する。枝野氏の演説は1時間44分に及ぶ、希代のアドリブ名演説と認識したので、じっくりと読んでみたい。

彼に関しては、ネトウヨが最も嫌っている政治家だと云う評判だが、おそらく日本会議系の政治家や関係者にとって、最も怖い存在の政治家の最右翼なのだと思う。こういう思考力のある人間が民主党のリーダーであれば、充分に党として怖さがあるのだが、どこか人間的に幅の広がりに欠けている部分があるのかもしれない。それは、身近にいないと判らない問題だろうが、幾分残念だ。嘗ては、小沢一郎も目をかけ、自分の後継の一人にと誘ったこともあると聞く。それだけの能力を備えているのに、前原や仙谷と徒党を組んだでいたのが、何とも惜しい。どんな理由で、前原と組むのか、話す機会があったら、単刀直入に聞いてみたいものだ。尚、演説の書き起こしは、3万字に近く、容量オーバーなので、前後半として掲載する。


≪ 「2015年安保」、最大の成果とは?
〜デモ参加者たちが新たな民主主義を切り拓いた
連帯、相互扶助、そしてレジスタンス
「'15年安保」を忘れない
 国会前を連日うろつき回るうち、忘れかけていた言葉をいくつか思い出した。連帯、相互扶助、そしてレジスタンス―。いずれも、デモや集会に明け暮れた青春時代の夢と希望が詰まった、懐かしい言葉である。思いだすきっかけになったのは、安保法案成立直前の9月18日夜に見た光景だった。

 国会正門から少し離れた歩道の脇で若い女性が小さな椅子に腰をかけていた。彼女は「新横浜シットインでカギアイフォン(=パスワードロックのかかったiphone)を落とされた方」と記したプラカードを顔の前に掲げていた。

 新横浜シットインとは2日前、横浜市港北区で開かれた地方公聴会で行われた抗議行動のことだ。公聴会を終えて参院に戻る与党議員らの車の行く手を阻むため、大勢の男女が会場前の路上に寝そべり、警察に排除された。
 プラカードの女性はその現場でアイフォンを拾い、何とかして落とし主に渡したいと思ったのだろう。ふだんなら警察に届ければいいのだが、そうすると、落とし主の個人情報を公安警察に渡すことになりかねない。
 そこで彼女はこう考えたらしい。新横浜シットインに参加した人なら国会前デモにも来るはずだと。だが、何時間待っても落とし主は現れない。それでも彼女はプラカードを掲げつづける。法案が成立した19日未明になっても、である。

 私は傍で見ていて彼女の根気強さに呆れた。何が彼女をそこまでさせるのだろうか。おそらくは、身を挺して法案成立を阻もうとした、見ず知らずの人に対する深い共感からだろう。

 同種の光景は、数万人規模に膨れ上がったデモの至る所で見られた。冷たい雨の中、温かいスープを配る女性グループがいた。「お握りとお菓子は要りませんか」と呼びかける女性もいた。人の手から手へと、飴の入った袋のリレーも行われた。

 「スマホやガラケー、充電できます」という「給電所」もあった。給水所が置かれ、医療班が急病人を救護した。過剰警備を監視する「見守り弁護団」も結成された。彼らは誰かの指示で動いているのではない。法案成立阻止のため自分にできることをやっているだけだ。

 何よりありがたかったのは、国会正門のはす向かいにある憲政記念館の粋な計らいだ。ふだんは夕方に閉める記念公園(北庭)を夜遅くまで開放した。おかげでトイレを利用でき、疲れた体をベンチで休められた人が私も含めて何千人もいた。

 デモに参加する人も参加できない人も、無言のうちに互いを支え合う。そんな空気が国会周辺に漂っていた。3年前の反原発デモで芽吹いた連帯の精神が浸透したのだろう。それが'15年安保の最大の成果だと思う。

 母親も政治家も学者も・・・すべてのデモ参加者があの空気を作った

 国会周辺には子供たちもたくさんいた。中にはベビーカーに乗った赤ん坊もいた。デモの最前列にでも行かない限り、事故が起きる恐れは皆無に近い。と言っても、幼子を連れてデモに参加するのは相当な思い切りが必要だったにちがいない。 18日夜、「安保関連法案に反対するママの会」の町田ひろみさんがスピーチ台に立った。彼女は3歳と16歳の娘を持つ保育士である。

 「私は言いたい。戦争に行かせるため私は子供たちを育てているんじゃない。おかしいですよね。こんな時間に子供を連れてママたちが来てるのは。でもママたちがおかしいんじゃない。そうせざるを得ない気持ちにさせる安倍首相が悪いんです」 今、全国で母親たちが立ち上がっている。ママたちは足を震わせながら国会議員や地方議員たちに要請を行い、緊張しながら街頭で訴えている。 町田さんがそう言って「この行動は止まりません。だって子供らを守ると決めたママたちは強いのです」と叫ぶと、歓声の嵐が起きた。彼女らの怒りが'15年安保の真の原動力だったのだと今更ながら思う。

 この声に応えて国会内で野党議員らの抵抗がつづいた。彼らの演説が正門近くのスピーカーから流れてくる。「野党、頑張れ!」「野党、負けるな!」。いまだかって聞いたことのないコールが雨模様の夜空に響く。

 野党の踏ん張りは私の予想を超えた。単なる時間稼ぎではない、中身の濃い演説がいくつもあった。なかでも枝野幸男・民主党幹事長の1時間44分に及ぶ演説が光彩を放った。

 「奇しくも本日9月18日は満州事変が勃発をした日です。安倍総理が『取り戻す』と称している日本は、このころの、つまり満州事変から日華事変、日米戦争へと至る昭和初期の暴走していた時代の日本ではないのでしょうか。この暴走を止める責任が私たちにはあります!」
 彼の言葉は理路整然としていている。私は彼に政治指導者としての風格を感じた。民意のうねりが政治家を育てた。それもまた'15年安保の収穫だろう。

 夜が更けて、参院での法案可決の瞬間が刻々と近づいてくる。正門前のスピーチ台に立ったのは小熊英二・慶大教授。戦後社会思想史研究の旗手である。

 「思いだしてください。原発事故の前、日本では天地がひっくり返っても国会周辺がデモで埋まることはありえないと考えられていた。しかし5年間で社会は確実に変わった。私たちは今(終わりでなく)始まりの中にいます。これからプラスの可能性もマイナスの可能性も大きく開かれている。私たちはそれを少しでもプラスの方向に引っ張っていかなければならない」

 小熊教授は未来を楽観も悲観もしていない。なぜなら、ここで生まれた連帯と相互扶助の精神が、社会の隅々に根をおろすかどうか、すべてはそこにかかっているからだろう。

 「柄ではありませんが」と教授は断わって最後にSEALDsとともにコールを始めた。
「民主主義って何だ!」「これだ!」「民主主義って何だ!」「これだ!」・・・・・・その声を聴きながら思った。夢でもいい。この国の未来を信じたい。
 ≫(現代ビジネス:メディアと教養~わき道をゆく・魚住昭の誌上デモ『週刊現代』2015年10月10日号より)



 ■枝野演説(前篇)

 【安保】「この国の立憲主義と民主主義を守るために、安倍内閣は不信任されるべき」――民主党幹事長・枝野幸男氏の演説(全文)
2015年9月18日、民主党をはじめとする野党5党が、安全保障関連法案をめぐって、安倍内閣に対する不信任決議案を提出しました。その際に行われた民主党幹事長・枝野幸男氏の演説を書き起こし、以下に全文掲載します。

  ◇  ◇  ◇

民主党の枝野幸男です。まず冒頭、今回の台風18号関連による大雨被害によってお亡くなりになられた方々に対し、改めて衷心よりお悔やみを申し上げます。また、各地で被災された方々に、心からお見舞いを申し上げます。

さてこれより、私は民主党・無所属クラブ、維新の党、日本共産党、生活の党と山本太郎と仲間たち、社会民主党市民連合を代表し、安倍内閣に対する不信任決議案の提案の趣旨を説明いたします。まず、決議案の案文を朗読します。「本院は安倍内閣を信任せず、右、決議する」。

――2012年末の総選挙で総理は「日本を、取り戻す」こう何度も絶叫し、政権の座に就きました。成長戦略実行国会、好循環実現国会、地方創生国会、改革断行国会。国会のたびに安倍総理は経済やさまざまな改革に取り組むようなキャッチフレーズを作りました。しかし、安倍政権の経済政策は、日本銀行任せの「異次元」と称する節操なき金融緩和、そして財政出動と いう、いわば痛み止めとカンフル剤にすぎず、一時的に景気回復の幻想をばらまいただけに終わっています。地方創生もさまざまな改革も、そのポーズだけは立派でありますけれども、本気でやる気があるとはとうてい思えません。地方の疲弊はますますひどくなり、財政規律を無視したバラまきが大規模に復活をしています。

そんな中で、安倍総理が唯一、精魂込めて取り組んだのは、政府に都合のよい特定秘密保護法の成立であり、今回の立憲主義を破壊し、戦後日本の骨格を歪めようという安全保障の成立でありました。

政府与党は7月16日に本院で、そして9月17日には参議院の特別委員会で、国民の理解がまったく得られておらず、多くの国民が反対をしているにもかかわらず、この違憲法案を強行採決しました。立憲主義に反する戦後最悪の法案を、戦後最悪の手続きで強行する姿勢は、まさに暴挙そのものです。安倍内閣はもはや民主的政府としての理性を失い、みずからブレーキをかけることができない暴走状態と化しています。

奇しくも本日9月18日、1931年、いわゆる満州事変が勃発をした日であります。安倍総理が「取り戻す」と称している日本は、このころの、つまり満州事変から日華事変、 日中日米戦争へと至る昭和初期の暴走していた時代の日本ではないのでしょうか。この暴走を止める責任が私たちにはあります。私たちはこの今も、国会の周辺 で全国各地で怒りを込めて声を上げている多くの主権者のみなさんの思いを背に、万感の怒りを込めて内閣不信任案を提出をいたしました。以下、本決議案を提出する理由の一端について具体的に説明を申し上げたいと思います。

●「平和のため」という大義名分は戦争を正当化するための方便として使われてきた
まずはなんといっても、安全保障法制であります。安倍政権が今まさに無理矢理成立させようとしている安全保障法制は、その内容においてもプロセスにおいても、その背後にある政治理念においても、戦争への深い反省に基づく民主主義と立憲主義、そして平和主義と専守防衛に基づく戦後の安全保障政策を、大きく転換、破壊し、戦後70年の平和国家、民主国家としての歩みを逆転させかねない、まさに戦後最悪のものであります。

そもそも安倍政権が進める自称「積極的平和主義」とは何なんでしょう。対話や地道な外交努力を軽視し、武力による抑止に偏っており、政府が言うような「日本の安全と地域の平和」を約束するものではとうていあり得ません。

私は、この本会議場でこの安全保障法制の趣旨説明に対する本会議質疑に立たせてもいただきました。その折も申し上げました。昭和12年、盧溝橋事件における当時の政府の声明は「東亜の平和の維持」を掲げていました。昭和16年、日米開戦の折の宣戦の詔書は「東亜永遠の平和を確立」と掲げていました。我が国だけではありません。ベトナム戦争における米国両院合同決議、いわゆるトンキン湾決議は「東南アジアにおける国際平和と安全の維持が国益と国際平和にとって死活的である」として本格介入を承認しました。

「平和のため」という大義名分はまさに繰り返し、戦争を正当化するための方便として使われてきたのであります。「平和」が強調されている場合には、眉に唾をつけて受け止めるべきというのが、まさに歴史の教訓なのではないでしょうか。

戦後70年の今年、なぜ先の日中日米戦争などで多くの犠牲が払われたのか、その中からなぜ戦後の平和主義が生まれたのか、そして満州事変が勃発した今日9月18日、なぜあの柳条湖事件が起こり満州事変へと拡大したのか、先人の歩みと思いに、しっかりと目を向ける必要があると感じています。「智者は歴史に学ぶ」といいます。こうした歴史をいかに総理が踏まえていないのか、それがこの安全保障法制、そしてこれをめぐる一連の国会審議等に如実に表れていると私は痛感をしています。

●昭和47年見解は集団的自衛権の根拠たりえない
安全保障法制の具体的な問題点にも触れていきたいと思います。まずは何といっても、「憲法違反である」という根本的な問題であります。政府案による集団的自衛権の行使容認、そして後方支援の武力行使との一体化、これは日本への武力行使がなくても、自衛隊による武力行使を容認するものであり、従来の専守防衛を明らかに逸脱をし、従来の憲法解釈からはとうてい許されない憲法違反のものであります。

衆議院の憲法審査会においては、自民党推薦の参考人としてお出でいただいた長谷部教授を含め、招致された憲法学者全員が「政府案は憲法違反である」と明言をされました。7月に行われたアンケート調査では、144人の憲法学者のうち122という圧倒的多数の憲法学者が憲法違反だと批判をしました。山口繁元最高裁判所長官、濱田元最高裁判事、さらに法制局長官を経験した専門家、見識あるまともだったころの自民党の有力OBたちも憲法違反だと批判を繰り返しています。

政府は安保法案が憲法違反であるという野党などからの批判に対し、「違憲かどうかを判断できるのは憲法の番人である最高裁だけだ」と主張をしてきました。にもかかわらず、元最高裁長官などの究極の専門家の発言を受けると今度は、総理は「今や一私人」と切って捨て、中谷防衛大臣も「一私人の発言にいちいちコメントしない」と答弁をしています。

最高裁長官を経験をした方の言葉には、相応の重みがあります。しかも山口元長官は、職業裁判官の出身でおられます。私も法曹の一角を占めさせていただいていますが、日本の職業裁判官がいかに政治的中立性の重要性を意識をしているのか、これは本当にある意味で日本の司法法曹の中立性・公正さ、こうした観点から誇るべきものだと私は感じています。そうした職業裁判官の中でしっかりと仕事・実績を積み重ねられ、その結果、最高裁判事そして長官にまで上り詰められた山口氏は、誰よりもそのことを意識をしている方である。その山口元長官があえて発言をした意味を、さらには山口氏のほかにも、少なからぬ元職業裁判官が今、声を上げているということの意味を理解しようとしない姿勢はご都合主義そのものであると言わざるを得ません。

政府が「集団的自衛権の根拠たりうる」と主張する、いわゆる砂川判決は、国家がその自然権的権利として当然に自衛の措置をとりうることを認めたにすぎません。それが個別的自衛権なのか、集団的自衛権なのかは判決ではまったく触れていません。これを「集団的自衛権の根拠たりうる」という主張はまったくもってないところから無理矢理に何かを生じさせようとするものであり、奇想天外であります。

だからこそ当初、山口那津男公明党代表も「自衛隊が合憲か違憲かという論争の中でくだされた判決であり、集団的自衛権を視野に入れた判決ではない」と発言をされています。繰り返します。山口那津男公明党代表のご発言であります。

安倍政権は集団的自衛権に関し、これまで政府の姿勢の基礎とされてきた昭和47年見解――これは参議院決算委員会に提出された昭和47年10月14日、集団的自衛権と憲法との関係に関する政府資料でありますが、これについて、その一部のみを便宜的に切り取って「基本的論理」としたうえで、それに今日の安全保障環境の変容を当てはめれば、集団的自衛権行使は可能と主張をしておられます。

しかし、この47年見解、しっかりと読めば、そんな奇想天外な話は出てくるはずがありません。47年見解はこう述べています。「政府は従来から一貫して、我が国は国際法上、いわゆる集団的自衛権を有しているとしても、国権の発動としてこれを行使することは憲法の容認する自衛の措置の限界を超えるものであって許されないとの立場に立っているが、これは次のような考え方に基づくものである」。

いいですか。つまり、この後申し述べる部分は「集団的自衛権を行使できない」ということの理由を説明する部分です。

その中で、「憲法は 第9条において同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているが、前文において全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有することを確認し、また、第13条において、生命・自由及び幸福追求に対する国民の権利については、国政のうえで最大の尊重を必要とする旨を定めていることからも、我が国がみずからの存立をまっとうし、国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らかであって、自国の平和と安全を維持し、その存立をまっとうするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。しかしながら」――だからといって――「平和主義をその基本原則とする憲法が 右にいう自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであって、それはあくまでも外国の武力攻撃によって国民の生命・自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであるから、その措置は右の事態を排除するためとられるべき必要最小限度の範囲に留まるべきものである。そうだとすれば、我が憲法のもとで武力行使を行うことが許されるのは、我が国に対する急迫不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とする、いわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないと言わざるを得ない」。

この部分全体が「次のような考え方に基づくものである」という言葉のもとに置かれている文章であり、その「集団的自衛権の行使は憲法上容認する自衛の措置の限界を超えるものである」の理由として今の部分が述べられている。この中から部分的に取り出して、集団的自衛権行使容認の根拠にするだなんていうものは、無から生み出すんじゃなくてマイナスから生み出すようなものだと、とうてい論理的に成り立ちません。

まさに、本当にこの47年見解を根拠に、憲法違反じゃないとおっしゃっている方は、この47年見解をちゃんと熟読されたんでしょうか。熟読されて、あのような解釈を導かれるとすれば、小学校や中学校で接続詞の使い方とか意味、習ったんでしょうか。私は日本語の使い方、接続詞の使い方、それを理解してこの日本語を読んで、ここから集団的自衛権の部分行使容認を導ける、これはとても日本語の範疇を超えていると言わざるを得ないと思っています。

●一内閣の独断で憲法解釈を変更するのは立憲主義に反する暴挙だ
政府は「安全保障環境が変わったから憲法解釈を変更できる」と強弁をしています。これを無条件に認めたのでは、時の政権の判断で憲法を勝手に解釈することになり、憲法の意味がなくなります。衆議院の審議で中谷大臣は、現在の憲法をいかにこの法案に適用させていいのかという議論を踏まえまして閣議決定を行ったわけであります。

憲法に法律を適合させる――別に大学の法学部で習わなくても、中学校の社会科で習う世界だと思います。この内閣はおそろしいことに、「憲法は法律の下にある」と、こんなことを堂々と国会の審議でおっしゃる。 それは憲法が法律の下なら、安保法案もそれは適当かもしれません。しかし、中学生でもわかる話です。憲法にしたがって法律は作られなければならないし、解釈されなければならない。こんな当たり前のことを、この国会の議場で言わなければならないことを、私はたいへん悲しく思います。

だいたい砂川判決の後も、昭和47年見解の後も、歴代自民党政権は「集団的自衛権は憲法違反」と、ずっと言い続けてきたのではないですか。「状況が変われば認める余地がありうる」だなんていう話を私は聞いたことがありませんし、今回の議論でもそうした説明は一度も聞かされておりません。

高村副総裁は何度も「憲法違反じゃない」といろんな詭弁を弄されておりますが、高村さんご自身、外務大臣の時に、留保なく――つまり「状況が変われば容認される余地がある」だなんていうことはまったくおっしゃらずに、「集団的自衛権の行使は憲法違反である」と明言されているじゃないですか。

中谷防衛大臣に至っては、「集団的自衛権を行使容認できるようにしたいけれど、解釈じゃできないから、憲法典を改正するんだ」とおっしゃっているじゃないですか。従来から状況によっては解釈する余地があると思っていたのなら、まずそれをやりましょうとなぜその時点で言わなかったんですか。まさに今まで、自分たちが言ってきたことを180度ひっくり返している話なんですよ。

あるいはお二人以外にも、たくさんの歴代自民党の閣僚党幹部のみなさんが、留保なく「集団的自衛権行使は憲法違反だ」と繰り返されてこられました。中曽根元総理も、福田元総理も、たくさんの歴代自民党政権のみなさん、こうしたみなさんは、本当は「状況が変われば行使できる」と言うはずなのを、ずっとみんな間違え続けてきたんですか。中曽根さんも、みなさんも。そう言っているにほかならないことですよ。その中には、集団的自衛権、本来なら行使したいと思っている方も少なからずいたはずではないですか。

歴代内閣法制局長官も当然法律家の基本として、状況が変われば部分的に容認できる余地があるなら、そのことを付言して「集団的自衛権の行使は憲法違反だ」と歴代言い続けてきたはずですよ。なんで急に今度の長官になったら変わるんですか。歴代長官は気づかなかった、それは失礼じゃないですか、歴代長官に対して。

集団的自衛権の行使を容認することは憲法改正に匹敵するような、まさに憲法解釈の重大な変更です。これが本当に必要なことで、国民の理解を得られるのであるならば、憲法改正を言わなければいけないじゃないですか。国民の過半数の賛成を得て実施する憲法改正の手続きをなぜ訴えなかったんですか。こうしたことを無視して一内閣の独断で解釈を変更している、これは立憲主義に反する暴挙であります。

麻生副総理は自分で認めておられます。平成25年7月29日に開催されたシンポジウムでの発言、「僕は今、3分の2という話がよく出ていますが、ドイツは、ヒトラーは、民主主義によってきちんとした議会で多数を握ってヒトラーは出てきたんですよ。ヒトラーは選挙で選ばれたんだから、ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。だから静かにやろうやと。憲法はある日気づいたら、ワイマール憲法が変わってナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった、あの手口学んだらどうかね、ワーワー騒がないで。本当にみんないい憲法だとみんな納得してあの憲法変わっているからね」。

結論部分を除けば、私も認識は一緒です。まさにナチスドイツは武力クーデターで独裁を作ったのではないんです。ワイマール憲法という、当時の世界においてはもっともと言っていいくらい進歩的な憲法のもとで民主的なプロセスを経て権力を握り、そうやって得た国会の議席の力で、いわゆる権力委任法という法律でワイマール憲法を事実上停止をし、そして独裁に走った、まさに時代認識はそのとおりです。その手法に学ぶというようなことを堂々とおっしゃっている。まさに今やっていることは、それそのものではないのでしょうか。

●民主主義は立憲主義とセットで初めて正当化される
おそろしいことに、東京大学法学部をお出になられた総理補佐官が「立憲主義を大学では教わらなかった」とTwitterか何かで書かれています。ちなみに言うと、何ももっともレベルが高いと思われる東京大学法学部で習わなくても、立憲主義というのは中学校の社会科で教わります。

まさに権力は憲法によって制約される、権力者は憲法にしたがってその権力を行使しなければならない、これが立憲主義であります。まさに内閣総理大臣たる者、この立憲主義によって拘束される忠臣であります。もちろんわれわれ国会議員も、その権力の一端を一時的にお預かりをする者として、憲法に縛られ、憲法に反する法律を作らない、そのために努力をするという責任を負っています。

立憲主義をもって「それは王様の時代の、王様の権力を制約するためのものだ」――こんな、あえていえば、この話自体が一世代前の話と言っていいかもしれません。こんなすごいことをおっしゃっている方もいて唖然としました。確かに歴史的には王様の権力を制約する、そのプロセスの中で立憲主義という考え方、それが広まり、あるいは鍛えられてきたという、そういう側面が歴史的にあるのは間違いありません。

いわゆる王権以外の権力は憲法に服さなくていいのか。そんなことはありません。まずそもそも、私たち国会議員がお預かりをしている「立法権」という権力、それは何によって与えられているんですか、預かっているんですか。内閣総理大臣の権力、それは何によって与えられているんですか。

「選挙」と言う人がいるかもしれません。でもそれは半分でしかありません。その前提があります。選挙で勝った者にこういう権限を預ける、選挙で勝った者にこういう権力を行使させる、そういうことを憲法で決められているから、選挙で勝った者に一時的に権力が預けられている。同時にその憲法は、無条件で権力を預けるのではない、こういうプロセスで誰に預けるかを決めることを規定していると同時に、その権力者はこういう規制の中でしか権力を使っちゃいけない、この両方を憲法で決めてセットで私たちは委ねられているんです。

この筋から言っても、王権ではない権力だといえども、私たちが預かっている権力そのものは、同時に日本国憲法によって制限された中で付託をされている。選挙で勝ったから万能ではない、当たり前のことじゃないですか。

しかも「民主主義」というのは、戦後日本においては、民主主義の重要性がある意味で若干偏ったかたちで強調されすぎてきたのかもしれないと思うところがありました。

立憲主義とセットになって、初めて民主主義というのは正当化されます。なぜならば、民主主義は決して多数決主義とイコールではありませんが、多数の意見にしたがって ものを決めていこうという考え方であること、これは否定をしません。しかし、多数の意見にしたがってものを決めていこうという考え方は、それだけでは決して正義ではありません。なぜならば、多数の暴力によってこそ、少数者の人権侵害というのは生じるからです。

常に多数でものを決めればいい、多数意見が絶対なんだということであったら、あなたも私もみんなこの社会において安心して生きていくことはできません。今は、それは自民党のみなさん、国会の中で多数、われわれは少数かもしれないけれども、国家全体ということで考えれば、今こうして元気に健康で仕事をさせていただき、こうして いろいろとお訴えをさせていただける少数野党も含めて、ある意味では人生のさまざまな側面において、われわれは多数の側に立っています。

しかしながらたとえば、難病に冒されている方、怪我を負って、障害を負っておられる方、たとえばいろんなかたちでその側面を見れば、少数の立場に立たれている方、世の中にたくさんいます。そして、みなさんも私たちも、今はそうとうの側面で多数派かもしれないけれど、常にある側面を切り取れば少数派で ある。あるいは人生のいろんな側面において、たとえば不幸にも重い病気にかかったり、事故に遭ったり、常にすべての人間、少数派になることがありうる。少子高齢社会、高齢化が進んでいる社会とは言いながらも、人間歳をとっていけば、歳をとって体が自由にならなくなる、これはやはりそうは言っても少数者でしょう、誰もがいずれそうなる。そうした時に、民主主義、多数で決めることが正義であるというその側面だけを取り上げたら、常に自分が少数の側に立った時に多数によって何をされるかわからない、これでは誰も安心して暮らしていくことはできません。

だから民主主義というのは、憲法によって「少数者の権利」というものをしっかりと守る。「民主的なプロセスで選ばれた権力といえども、ここは絶対やってはいけないんだ」「こういうことはやってはいけないんだ」そういう縛りをかけておかなければ、民主主義は少数者に対する迫害になる。だから民主主義と立憲主義というのはセットなんです。こんなこと世界の常識です。

本人の了解を得ていませんから、「とある」と申し上げたいと思いますが、とある憲法学者の方が――この集団的自衛権の話のもっと前です――3分の2の国会の要件をはずすという裏口入学の憲法改正から入っていこうという試み、企てがなされたそんなころ、お話をしていたら、「自分は立憲主義の重要性を十分に伝えてこなかったことに忸怩たる思いがある。立憲主義というのはあまりにも当たり前すぎて、しっかりと伝えてこなかった、そのことに忸怩たる思いがある」というふうにおっしゃっていました。

安倍総理大臣は歴史に残る仕事をされたと思います。この国に、いかに立憲主義というのが重要か、そのことを当たり前すぎていかに忘れていたか、そのことを私も含めて多くの人たちに知らしめた、この限りにおいてはたいへん大きな功績だと私は思います。

●「解釈」には一定の幅がある
立憲主義の破壊というものがいかにおそろしいか、これは歴史も私たちに教えてくれています。他国ドイツの話だけではありません。戦前日本が泥沼に陥っていったプロセスにはいろんな節目があったと思います。

まず申し上げておきたいのは、私たちはともすると戦前、戦後と分けて、戦前がずっと暗黒の時代であったかのような印象をもっていらっしゃる方、あるいはそうしたことをおっしゃる方もいらっしゃいますが、私はそうは思いません。あえて申し上げれば、大日本帝国憲法、明治憲法もあの時代の憲法としては、私は世界史的に見ても、そうとう進歩的な、優れた憲法であった側面があったし、だからこそ普通選挙運動などを経て、大正デモクラシーという、そういう時代が築かれたりしました。しかしそれが道を誤っていった、これを憲法史の側面から捉えた時、やはり憲法解釈の一方的な変更、これが一つの分かれ目になっていると思います。

一つは天皇機関説です。先ほど圧倒的多数の憲法学者、あるいは裁判官、法制局長官、たくさんの人たちが「こんなもの憲法違反だ」と、これを一顧だにしない今の政府の姿勢をお話をしました。戦前、明治憲法において、天皇機関説は圧倒的通説でありました。美濃部達吉先生の特異な説ではない、当時の通説でありました。ところがある時、この天皇機関説に対して、「天皇陛下を機関車にたとえるとは何事か」というあまりにも低レベルな批判で吊し上げ、この天皇機関説を、専門家が圧倒的に通説としている天皇機関説を、排斥をしたんです。日本が曲がり角を間違えた、そんな時期と重なります。

もう一つ、戦前の軍部の問題として、統帥権の独立が挙げられます。確かに憲法の規定上、はじめから統帥権は独立をしています。しかし、同時に「統帥権を有する天皇陛下の大権は、内閣の輔弼(ほひつ)に基づいて仕事をする」と明治憲法は定めております。ある時期まではしっかりと、内閣の輔弼を受けた天皇大権としての統帥権が独立をしているということであって、決して内閣と無関係に、勝手に軍が統帥権に基づいて行動していいと、そんな解釈や運用はされていませんでした。まさにこの解釈がいつの間にか勝手に変えられていて、内閣の言うことなんか聞かなくてもいいと解釈が変わり、運用が変わり、その中で――まさに今日、まったく同じ日に満州事変が勃発したと申し上げました――こうした軍部の暴走へとつながっていったのであります。

こうした立憲主義を否定をする、そうした政府は、とうてい容認されるものではない、この一点をもってもこの内閣は不信任に相当すると申し上げなければならないと思っています。

ちなみにこの憲法論を言うと時々、「いや憲法学者は、自衛隊違憲論が昔多数だったじゃないか、そんな中で政府が決断して、自衛隊を『合憲だ』と言って、だからよかったじゃないか」――こういうことをおっしゃる方がいますが、本当に底の浅い議論ですね。

解釈にはいろんな次元と段階があります。新しいルールが設定されて、白地に新しい解釈をする時、その時には当然、憲法であれ、どんな法令であれ、どんなルールであれ、解釈には一定の幅があります。その幅の中で、許容される幅の中で、どの解釈を選択をするのか。ここには価値判断が入ります。「価値判断が入る」ということは、政治の責任で判断をするということが入ります。日本国憲法ができ、憲法9条についての解釈が確立していない段階で、自衛隊まで、個別的自衛権まで、この憲法で容認できるのかどうか、それともそうしたことまで駄目で自衛隊は違憲なのか、幅のある解釈の中で、白地に初めて解釈するにあたってはまさに、価値判断を政治の責任で行う、それは解釈論として正しい姿勢であります。

しかしながら、この「個別的自衛権は合憲であるけれども、集団的自衛権は憲法違反である」という解釈はすでに30年、40年の月日を経て、確立した解釈になっているということです。確立した解釈を変えるにあたっては、まさに従来の解釈と論理的整合性と法的安定性が問われる、これもまた当然のことである。

白地に初めて解釈をした時の話と、今確立した解釈を変更する話とを一緒くたにしていること自体で、この憲法論を語る資格はないと申し上げたいと思っています。

今回の解釈変更、安全保障法制が、立憲主義違反、憲法違反だということは、ある意味で先ほど申し上げた立憲主義をご存じない礒崎首相補佐官が自白をされています。「考えないといけないのは、我が国を守るために必要な措置かどうかで、法的安定性は関係ない」と言い放ちました。しぶしぶ撤回をされましたが、安倍政権の本音そのものじゃないですか。だから磯崎補佐官をトカゲの尻尾きりできずに擁護し続けたのではないですか。

憲法を頂点とする法秩序の安定性よりも、政権のその時の意向判断を優先する姿勢は、立憲主義どころか法の支配を否定するものです。法の支配を否定するような政権の存続は危険きわまりない。しかも安倍総理が海外で、法の支配を強調しているというのはブラックジョーク以外の何物でもありません。

「何が必要か」という判断は人によって異なります。したがって判断者によって結論がころころ変わることになります。判断者によって結論がころころ変わったのでは、社会は成り立ちません。お互い安心して暮らしていけません。だから法的安定性というのが求められているんです。

「必要か否かを優先する」というのは、一見もっともらしく聞こえる側面があるかもしれませんが、必要か否かを優先したら、ころころ結論が変わって、 安心して暮らしていけないから法的安定性なんですから。そんなこと言ったら、法的安定性を求める根拠自体がなくなってしまいます。これは決して難しい法律家の議論ではありません。社会としての当たり前の常識です。東京大学法学部で立憲主義を習っていなくてもわかるはずです。
(後篇に続く)
≫【書き起こし:こむぎ(@64gyoza)、tekito editor(@tekitoeditor)】

http://tekitoeditor.hatenadiary.jp/entry/2015/09/20/183144


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