あいあいのひとりごと

ローマ在住あいあいの暇つぶし日記。

聖フランチェスカ・ロマーナ

2012-03-15 18:20:52 | 聖人のお話


イタリアの国の守護聖人である聖フランチェスコは、有名な聖人のトップ10内、いやもう1位になるのでは?というぐらいに有名な聖人ですが、実は聖フランチェスカという女性の聖人もいて、こちらはどれほど知られているのか私は知りません。たまたま見つけたローマのイベントのお知らせに、毎年3月9日に年に一度だけ一般公開になる修道院というのがありました。 Monastero delle Oblate di Santa Francesca Romana(Tor de' specchi、「鏡の塔」という愛称のよう)という修道院で、つまり直訳すれば、聖フランチェスカ・ロマーナの在俗献身者の修道院というところでしょうか。

前日にテレビでも特集を企画したとの話で、それでは混むだろうとの予想はしていましたが、確かに長蛇の列ができていました。午前中は11時半まで、でも午後もまだチャンスがあるからとにかく行ってみよう、ということで朝の苦手な私はなんとか11時に列の最期尾につき、11時25分ごろぎりぎり入場。ほっ。午後もあるとはいえ、ここまでぎりぎりで入れてもらえないのは、かなり悔しい。

ということで、聖フランチェスカ・ロマーナのお話。

フランチェスカは1384年にローマの貴族の家庭に生まれ、小さいころから神に捧げる人生を願っていましたが、従順に育ったフランチェスカは13歳を迎えると、ロレンツォ・デ・ポンツィアーニとの結婚を受け入れることになります。ロレンツォはトラステヴェレ地区に住む貴族であったため、豊かな生活を続けることのできたフランチェスカでしたが、慈愛深く、貧しい人々や病気の人々を助けることを望んだ彼女は、宝石も、上等の服も何もかもすべて弱い人々のために捧げたのでした。

当時、ローマは大変苦しい時代にありました。それはフランチェスカの生活にも及ぶことになります。ローマ教皇領を手に入れることを企てたナポリ国王のラディスラオがローマに攻め入り、ローマ教皇側についていたロレンツォは戦いで酷いけがを負うことになり、その後一生を体の不自由なままで送ることになるのです。また、流行していた疫病により、3人の子供たちの内2人が幼くして亡くなります。この苦しみの生活の中でも、貧しい人々の慈善に献身し続けるフランチェスカの行動を夫ロレンツォも認め、1425年に共に活動する女性たちと共にベネディクト会の教えに沿った在俗献身者による信徒会を創設しますが、夫が亡くなる1436年まで妻としての務めを果たしました。

夫が亡くなるとこの修道院に移り、4年後の1440年に自らの生涯を終えるまで修道会と慈善活動に献身したのでした。亡くなった3月9日がこの聖人の祝日となり、この機会にこの修道院も一般公開しているのでしょう。

聖フランチェスカ・ロマーナは、ベネディクト会の様式に従った黒の服に白のベールといった姿で表わされ、そばには普通守護天使が付き添って表わされます。フランチェスカの目にはいつも傍にランプを持った守護天使が足元を照らしてくれていたのが見えていたという伝説です。良妻賢母の模範としての聖人、そしてなぜかオートバイのライダーたちのための守護聖人だそうです。

さて、修道院の見学ですが、まずはここが入口。



中に入るとすぐに左手に階段があります。両側の壁は素晴らしいフレスコ画で覆われています。跪き、祈りながら、一段一段を膝で上がる階段なのだそうです。階段を上がりきるとそこは修道院の食堂だった部屋です。壁はモノトーンのフレスコ画で飾られていて、そのテーマは聖フランチェスカと悪魔の戦いといった感じです。例えばその一つがこれ。




聖フランチェスカは傍らに付き添う守護天使だけでなく、悪魔の姿も見ることができたという伝説です。
悪魔とのエピソードの絵はかなり不思議な雰囲気を出しているだけに、興味深く惹きつけられます。

その部屋の隅に小さな入口があって、そこから階段を下りると、聖フランチェスカの小さな祈りの部屋があります。

そしてまた食堂の部屋に戻り、最初に登ってきた階段を数段降りたところにある礼拝堂がこの修道院の一番の見どころではないでしょうか。礼拝堂自体は大きくはありませんが、その壁は聖人の物語をテーマにしたフレスコ画で覆われています。アントニアッツォ・ロマーノやベノッツォ.ゴッツォリといった著名な画家の手によるものと考えられています。




テーマは聖人伝ですが、多くは聖フランチェスカの行った奇跡について描かれています。例えばこれは木を切っている最中に、誤って自分の足まで切ってしまった人が、聖フランチェスカの奇跡によって瞬く間に怪我が治ってしまったという場面です。

似たような場面を描いたフレスコ画が壁を覆い尽くしていますが、一つ地獄を表した場面があり、怖いもの見たさで惹きつけられます。他の見学者もじっくり時間をとって眺めていたところを見ると、私たちってこういうのに特に興味を惹かれてしまうのでしょうか。

興味のある方は直接にこの修道院のサイトをご覧になると、この地獄の絵も出ています。こちら


この修道院に住んでいるという若い学生たち(アパートを借りるより安いので、修道院に部屋を借りる学生がいますが、門限は恐ろしく早い)が、おみやげコーナーで働いていました。私は3ユーロでお買い得という修道院についての本を買いましたが、ちょっと角が汚れていたらしく(私は気づかなかったほど小さいもの)、「ちょっと待ってください、取り替えます」と言って取り替えてくれました。こういうことは普段ほとんどないので、なんだかとても嬉しい気持ちになりました。

この修道院、毎年3月9日のみ一般公開されます。思い出したら、どうぞ。

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ローマ方言のデブ

2012-03-15 12:00:00 | おもしろいイタリア語
ダニィは車の運転中はすいすい行かないとイライラするタイプ。危ないんじゃないかという運転もするし、でもローマではローマの正しい運転の仕方があって、そうしないと返って危ないんだそうだ。

歩行者側もそう。道を渡るという意思をはっきり示し、車が向かってきても堂々と渡り始めないと止まってくれない。それが苦手な私はいつまでたっても、車の方から止まって道を譲ってくれるのを待ってしまう。そうすると永久に渡れないような状況になってしまうのだ。頭では分かっていても、いざ渡り始めようとして、車が速い速度で向かってくると、体が引いてしまい、運転手側からすると「渡るのか渡らないのかはっきりしろよ」となるわけだ。私からすると、渡ろうとしているのは見ればわかるだろうが、というところなのだが。それを見るダニィも「そういう動きをする方が返って危ない」と怒るけれど、条件反射なのだから仕方がないというのが私の言い分。

それでも私のような人は他にもかなりいて、運転中のダニィはそれこそ「はっきりしろよ」っていう反応になるわけだが、ついこの間も、やはりおろおろ渡ろうとして渡れない人が、結局私たちの前で渡った。私からすると、「取りあえず止まってあげればいいじゃない」と思うのだけれど、そこで一瞬スピードを緩めざるを得なくなったダニィは「そこのbuzzicona、一体どうしたいわけ?」っと、独り言ではあったけれど、やはり文句を言った。

ブッチコーナ?何だろう?まあ素敵な言葉ではなさそうだけど。

Buzzicona、ローマ弁で「デブ女」の意味だそうだ。

男性形はbuzzicono?かと聞いてみると、buzziconeなんだそうだが、ほとんど女性形でしか使わないとのこと。なんだ差別語か。

私も、「早く渡れよ、そこのbuzzicona!」と言われないように、目をつぶって道を渡るしかない。納得いかないけれど。

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gufo(フクロウ)は不運をもたらす?

2012-03-02 23:39:13 | おもしろいイタリア語
ダニィは試写会とか音楽会の招待券とかを当てるのが趣味以上になっていて、お蔭で毎週何かしらを見に出かけます。私は映画やコンサートだと嬉しいけれど、お芝居やトークショー系は別にあまり関心がありません。というのも、同じイタリア語で理解するにも、映画のなら視覚的なものがかなり助けになりますが、お芝居はかなりイタリア語力が必要です。登場人物が一人とか二人なんていうものは特に難しくて、イタリア語の聴解授業を1時間半なんて感じになってしまい、途中で集中力が飛んでしまうことほとんど毎回。

つい数日前。映画の試写会の招待券が既に手に入っていたのですが、ダニィは気になる芝居の招待券の広告を見つけてきました。もし芝居の方も当たれば、ダニィは芝居の方に行くという。私は映画の方に行ってもいいのだけれど、一人でいくのもな〜と思っていたところ・・・

芝居の券は当たらなかったよ、Hai gufato, eh?

gufato? どういう意味?

ダニィの説明では、芝居の招待券が当たらなければ、一緒に映画の方に行くわけで、ダニィが芝居を観に行きたいのを知りながら、反対の結果を望むことだ、とそういうことでした。

私の電子辞書で調べてみると、動詞gufareは、自動詞の場合、1)(フクロウが)ホーホー鳴く、フクロウの鳴きまねをする、2)(俗)不運をもたらす、他動詞の場合、からかう、あざける、と出ています。ダニィが言う私がしたことは自動詞の2)不運をもたらす、という方にあたるでしょう。

インターネットで調べると、イタリア人の間でも意味を問題にしているページがかなりあります。他の言語に翻訳するときに、単に「不運をもたらす」でいいのか、という点です。ダニィの説明からだと、「相手の不運になるようなことを望んだ結果、そのような結果を相手にもたらす」って感じでしょうか。

ところでこの動詞gufareは、gufo(フクロウ)から来ています。日本だとフク「福」にかけて、幸運をもたらすものですよね。どうしてイタリアでは不運をもたらすのにフクロウなのでしょう。

はっきりしたことはわかりませんが、ネット検索をしている中でみつけたこと。フクロウは死体を食べると思われていたようで、死体を待つ動物というイメージからではないかとか、中世の時代には魔女は悪魔が姿を変えたフクロウと共にいるとか、フクロウは魔女の変身した姿であるとか、そんな風に信じられていて、フクロウの鳴き声や姿に恐れを抱いたようです。確かにハロウィーンの絵なんかにはフクロウが登場してますよね。

それでも古代ギリシャではフクロウは聖なる動物で、知性のシンボルでした。そういえばギリシャの1ユーロコインの裏にはフクロウの姿が描かれてたような。

なにはともあれ、ダニィがローマチームの応援に出かけると、私は知らんぷりしてフクロウになっているのは事実です。
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マルゲリータ・ディ・サヴォイア

2012-03-01 12:43:39 | イタリア(人物)
前回の投稿に、クイリナーレ宮の公開・イタリア統一150周年記念展との併設展覧会「マルゲリータ・ディ・サヴォイアとクイリナーレ図書館」のことを書きましたので、このマリゲリータ妃のことを調べてみました。折角こういう展覧会を観にいっても、私はどうもイタリアの歴史に無知で残念な思いばかりなのですが、その機会に後で調べてみるのも面白いものです。

さて、マルゲリータ妃と言えば、真っ先に頭に浮かぶのが(私だけか?)ピッツア・マルゲリータ。ナポリピザを代表する有名なピザですね。迷ったらこのピザを選ぶのが正解。おいしいことは確実です。そうこの名前の由来はこのマルゲリータ妃から来ています。この王妃の人気の高さがわかりますよね。芸術・文化を愛したこの王妃は国民とのコミュニケーション能力も抜群、人気の王妃様だったようです。ところでトマトソース、モッツァレッラチーズ、バジリコのこのピザは、イタリアの三色旗を表していると読みました。イタリア国王妃として、後にはイタリア国王の母親として、イタリア王国のために尽した王妃を象徴したのでしょう。

マルゲリータ妃の夫であるウンベルトI世はヴィットーリオ・エマヌエーレII世の後、2代目のイタリア国王になりました。ヴィットーリオ・エマヌエーレII世が国王に即位したとき、その妻のマリーア・アデライデは既に亡くなっていたため、マルゲリータ妃はイタリア王国初の王妃となりました。




クイリナーレ宮で今催されているイタリア統一150周年の記念に展示されていた肖像画。

すらりと背が高く、気品があり、美しいこの王妃は、絵画、音楽、文学をこよなく愛し、モンテ・ローザの登頂(4959m)を果たした登山家でもありました。しかし、結婚生活は幸せなものではありませんでした。国王ウンベルトI世は芸術に全く関心がなく、マルゲリータ妃が芸術の話をすると、「少し黙ってくれないか、頭が痛くなる」と言ったほど。あまりに性格の違う夫婦だったからかどうかはわかりませんが、夫は7歳年上のエウジーニア・リッタ・ボロニーニ侯爵夫人を愛人にし、一生愛し続けます。それでも気位の高いマルゲリータ妃は一生仮面夫婦を装い続けました。毒舌家たちはマルゲリータ妃のことを「浮気の度に首飾りの真珠が増えるヨーロッパ一真珠を施された王妃」とあざけったとか。

それでも王と王妃はプライベートは別として、公務では共にイタリア中を旅されたようです。特にマルゲリータ妃は国民の心つかむコミュニケーション能力にも優れていました。

国王ウンベルトI世は、イタリア移民のアメリカ人で無政府主義の政治家ガエターノ・ブレーシに銃撃され、その場で息をひきとりますが、その死者の部屋を訪れた愛人のエウジーニアに夫と二人だけの時間を与えてあげたそうです。

細かい歴史の出来事はインターネットの他のページで調べていただくとして、さて、そんなマルゲリータ妃の展覧会、クイリナー宮で3月17日までやっています。特に芸術・文化を愛した王妃という視点からの展覧会と理解しました。



展示されていた王妃の美しいドレス。



そしてその詳細。




昔ちょっとマンドリンをかじったことがあったので、つい目に入った美しいマンドリン。王妃が弾いていたのかどうかはわからず。


勉強してから見学していたらもっと面白かった。残念。






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大統領官邸訪問

2012-02-26 16:25:10 | ローマ de ウォーキング 
この間大雪で騒いでいたかと思ったら、最近は春のような陽気が続いています。空は真っ青、どこかに行かないともったいない。

昨年はイタリア統一150周年の年でいろいろなイベントがありましたが、その一貫で今も続いているのがクイリナーレ宮の公開、つまり大統領官邸が3月17日まで月曜を除く毎日無料で一般公開されているというもの。普段も日曜日の午前中、入場料5ユーロで見学が可能で、私ももう7〜8年前に行ったことがあります。その他にも中庭でのコンサートやちょっとした展覧会の機会に中には入ったことがあったので、今回はそんなに興味がなかったのですが、中をしっかり見たのはもう随分前のことだし、正直記憶もあやふやだったので、ちょっとウォーキングを兼ねて行ってみることにしました。

私は地下鉄B線Cavour駅から歩いて行くのですが、Cavour駅周辺は素敵なお店やレストランがたくさんあって、散策には楽しい地区です。特にこの日も通ったVia del Boschettoという通りは、かわいい洋服屋さんや小物屋さんなどがあって、ウィンドーショッピングも楽しいです。もちろんウィンドーショッピング以上の方がもっと楽しいと思うのですが、小さなお店はどうも足を踏み入れるのに勇気が必要で・・・。次回は中にも入ろうといつも思うのですが、性格だから仕方がない。

このVia del Boschettoの突き当りはNazionale通りで、通りを反対側に渡り、左方向に進むと、どの道を右に曲がってもクイリナーレ広場に着きます。



クイリナーレ宮の入口。クイリナーレ宮は元はローマ教皇の夏の別荘で、その後イタリア国王の宮廷になり、そして大統領官邸になりました。歴史の中の重要な出来事の数多くがここで起きたことでしょう。




実はまだ見たことがないのですが、衛兵の交代などもあるようです。そして、この日はいなかったのですが、通常はコラッツィエリ(Corazzieri)と呼ばれる大統領官邸選任の儀仗部隊の人が入口の真ん中に立っています。隊員の資格が身長190cmというだけあって、威圧感たっぷりです。ヴァチカンのスイス衛兵は優しくそして「美しい」感じですが、こちらはちょっとグラジエーターのような迫力があります。

外にも警察官がいつも巡回してます。真正面から入ろうとしたら、警官に止められて、横の入口から入るように指で支持されました。横の入口と言ってもです、並ぶように仕切られたようなところがあるのですが、誰もいなくて、結局入るのはこの入口なのです。そんなわけで一瞬よくわからなくて、オロオロしてしまいましたが、建物に沿ったその仕切りを通って入口に向かったら、誰からも何も言われなかったので、ささっと中に入りました。(なんだかいつもオロオロしている私。)

その後、空港のような荷物検査の場所があるのですが、どうもちょっとしたものでもピーピーと音が鳴るようで、前のおじさんなどポケットの中のゴミまで出させられ、いかにも紙屑ばかりなのにもかかわらず、その上から検査機をかざしていて、最終的には何だかわからないけれど、もういいという感じで中に入れてもらってました。私は空港でもほとんど止められることがないのに、ここではピーピーなるので、セーターを持ち上げて「ほら、きっとベルトだと思う」と示すと、それで解決。変な検査。




中庭に沿って回廊を左側から歩いて行きます。回廊では、大統領の専用車かな、古い馬車から最近のものまでの展示があります。カメラに×マークの表示があって、写真撮影は不可なのかなあと通り過ぎたら、後でやってきた人々が写真を撮ってました。

突き当りの入口から中に入ると、素敵な螺旋階段(1583−1584年)があります。



ここを上がると、今回の公開部分の入り口があります。このイベントはクイリナーレ宮でのイタリア統一150周年の歴史を見る展覧会ということのようで、中では写真、新聞記事、さまざまなドキュメント、ビデオなどの展示のほかに、建物や調度品の鑑賞ができるというものでした。




このように展示されている部屋がいくつも続き、一つ一つをじっくりみていると、一緒に入った人は誰もいなくなってしまいました。歴史のわかる人には面白いかもしれませんが、私は見学後インターネットで勉強することになります。




こんなのもあります。何かの際のメニューですね。フランス語で書かれてる?こういうのにどうも目がいきます。


最後の方になって調度品の飾られた部屋があります。以前来たときは、歴史関係の展示がなかったので、どの部屋にも家具が飾られていた記憶なのですが、見学のルートも違ったのかもしれません。












そして有名なLa Cappella Paolina (Carlo Maderna作)。教皇Paolo V Borghese (1605-1621) の命で作られたこのチャペルは、教皇の名前からこう名付けられました。溜息が出る美しさです。




La Capella Paolinaの隣のIl Salone dei Corazzieri



重要な式典などが開かれる大広間だけあって、荘厳さたっぷりの空間です。こちらも建築家Carlo Madrenaの手によるもの。




壁のフレスコ画(17世紀)の下はイタリアの主要地方都市の紋章が描かれています。


見学はここで終わり、階段(Lo Scalone d'Onore)のところに出ると、最後に迎えてくれるのは画家Melozzo da Forliの作品。



これは15世紀にSanti Apostoli教会の後陣の円天井に描かれた「キリスト昇天」の一部です。1711年にクイリナーレ宮に移されました。


広場に出る出口の前に、時々展覧会が開かれる場所(Sala delle Bandiere del Palazzo del Quirinale)があり、"Margherita di Savoia e la biblioteca del Quirinale"(マルゲリータ・ディ・サヴォイアとクイリナーレの図書館)という展覧会もやっています。
この展覧会についてはページを改めます。

クイリナーレ無料公開、3月17日までです。お見逃しなく。


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腕が短い人は・・・

2012-02-24 22:36:09 | おもしろいイタリア語
昨年の暮れあたりからダニィはグルーポンに凝っています。私はよく知りませんが、どうもインターネットでクーポンを買って、割引価格が得られるというようなものですね。私たちはもっぱら外食のグルーポンですが、私はもともと味音痴な方なので、いろんな所でお食事ができる機会が増えて、そちらの方を楽しんでいる感じです。なのでグルーポンで失敗はないかってよく聞かれますけれど、あえていうなら1度だけ、私もダニィも食後数日お腹の具合が悪くなったことはありましたが、その他は今のところ満足です。中にはまた行きたいというところも何か所かあります。

さて、この間イタリア人の冗談好きの友人に、「昨日グルーポンで食事をしてきた」と話したところ、やはり失敗はないかという話になりました。というわけで、私はあまりグルメさんでもないし、味音痴だし、外食を楽しんでいるから、ダニィがグルーポンでお得気分で楽しんでいるならそれでいいんだといういつもの話をしたところ、「じゃあ、旦那にこう言え」と言われた表現。

Hai le braccine corte!

英語で言えば You have short arms! かな? 似たような言い方はイタリアの他の地域にもあるようですが、ローマバージョンはこれです。
「あなたは腕が短いわね」、つまり腕が短くてお財布の入ったポケットまで手が届かない。イコール「ケチ!」ってことです。
これを説明されるとき、みんな腕も曲げて両脇にぴったりつけて手のひらをぶらぶらさせるから面白いですよ。
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バール、コーヒー、イタリア人 〜グローバル化もなんのその〜

2012-02-18 18:17:51 | たまには読書
私が週1回アルバイトに行っているところには、日本の本の詰まった本棚があります。恐らくローマに滞在して日本に帰国する人たちが置いていった本がたまっていったものだと思います。そこの本は勝手に借りていいと聞いて、本棚の端から選ばずに順に読んでみようと今年の初めから少しずつ読書を始めました。昨年末からなんだか自分の今の生活があまりに世界の狭いものだと落ち込んでいたこともあって、身近なところから世界を広げる努力をと思ったのが始まりでした。選んでしまうとどうしてもいつも同じジャンルに偏ってしまいますからね。ところがわかったことは、帰国する人がまとめて本棚の一部を独占して残して行くわけなので、しばらくの間は前の持ち主の読書傾向の本が続くということなのです。とはいえ、自分では選んで読まない本を読んでみると世界が広がるのは確かのよう。

私は読むのが遅いというか、目は読んでいるのに、頭は他に行ってしまうことがあって、よく数ページ戻らなければならないことがあります。そのため結果として短期間に読める冊数は多くはなりません。そんな調子で読むことが多いので、一部の記憶がないところもあって、痴呆症かなと心配になるぐらい。でもこれは小さいときからの癖なのです。ブログでも読んだ本の紹介をしようなんて思っていましたが、そんなわけですぐに書かない場合は記憶が怪しい。これは映画や芝居なんかのレビューを書こうとしても、同じことが当てはまってしまいます。でも特に面白かった本を紹介してみたいと思います。

これは今日読み終わった本です。



バール、コーヒー、イタリア人 〜グローバル化もなんのその〜 島村菜津著

イタリアで暮らしている人だったら「あ〜わかる〜」という話がたくさん出てきて、イタリア生活を少しでもしたことある人なら確実に面白い本です。もちろんそれだけでなく、バールやコーヒーの歴史や習慣、そして裏事情まで大変詳しく紹介されていて、専門書といってもいい内容です。

イタリアはどこへ行っても、他に見つけられないものはあっても、バールだけは必ずあります。全てのイタリア人の生活に密着している所と言えるでしょうね。マイバール、マイバリスタのいる人々も少なくないでしょう。ダニィも遠くにいてもわざわざ自分のお気に入りのバールまでコーヒーを飲みに行きます。そこまでしなくても・・・と思うのですが、確かにダニィが行くと、注文を言わずして、いつも頼むカフェ・ルンゴ・アル・ヴェトロ(グラスに入ったお湯多めのエスプレッソ)がちゃんと出てくるんですよね。やはりこういうのが心地いいのでしょうか。前回の会話の続きができるのも嬉しいのでしょうか。優秀なバリスタはお客さん一人一人をきちんと把握しているようです。

バールはそれでも日本の喫茶店とは違い、コーヒーを頼んでそれから何時間も居座る雰囲気はないので、私はやはりスターバックスのような場所もあってほしいと思うのですが、どの支店にいっても、スタンプを押したような同じ対応は、イタリア人たちには受け入れられないのもわかるような気はします。
こういうのがあればもっと効率がいいのに・・・ということが山ほどあるイタリアですが、効率よりも重視されることがあることを、この本を読みながらかなり納得しました。「このままじゃ、どんどん他の国に置いて行かれるよ〜」というのが口癖のようになっている私ですが、イタリアはそう「グローバル化もなんのその」でいいのです。もしかするとむしろ最後まで生き延びれる国なのかもしれませんね。

ダニィのコーヒーの話と関連して、本の半ばにこんな話がありました。

(以下本書からの引用)
アンドリア市のあるバールに、五人の長距離トラックの運転手が現れて、それぞれのコーヒーを注文する。第一の男はモルト・ストレットの、第二の男はマッキアートの、第三の男はコン・ラッテ・カルドのコーヒーを頼み、第四の男はカプチーノを所望する。最後の男はしかし、店じゅうにひびきわたる勝ち誇った大声で叫ぶ「ダブルのエスプレッソ、それにミルクを特別に!」   H.M.エンツェンスベルガ―「ヨーロッパ半島」(石黒英男他訳 晶文社)
 それぞれに違うということが、そのアイデンティティを支えているヨーロッパ。ドイツの詩人によるこのエッセイ集には、ゲルマン人の眺めた太陽の国イタリア人たちの姿が生き生きと描かれている。
 五人が五人とも、ばらばら。モルト・ストレットは、うんと濃いエスプレッソ、マッキアートは、ミルクをほんの少しだけ垂らしたもの。コン・ラッテ・カルドは、温めたミルクを加えたもの。カプチーノは、蒸気で泡立てたミルク入りである。
 しかし、詩人は、その中でも第五の男の勝ち誇ったような様子に着目する。その優越感は、どこから来るのか。いったい何が自慢なのだ。不思議そうに見つめながら、詩人はそこに、日常のささいなことを最大限に楽しもうとする深い人生哲学を見る。
 コーヒーなんぞという小さなことに、笑ってしまうほどの執着を見せるイタリア庶民。その毎日、口にする食べ物への強いこだわり、それはそのまま「俺様」の生き方に直結し、これを大げさに表現することで、満足中枢は刺激され、その日常にきらきらと輝く魔法の粉を吹きかける。・・・・


納得。コーヒーに関してだけでなく、似たような状況を日常でよく見かけます。はあ〜?なんか随分と大げさに話していらっしゃるけれど、そんなに凄いことなわけ〜?って状況。そうすることで満足中枢が刺激され、普通の日常が素晴らしいものになるのか。
「別にたいしたことじゃないんですけどね・・・」などと前置きをしてしまう日本人にはなかなかまねができそうにありませんが。


イタリア人のコーヒー文化の話だけでなく、コーヒーの由来、コーヒー栽培の裏にある現実など、なかなか内容濃い本です。


<日本の本棚より最近読んだその他の本>

  「世界でいちばん愛される絵本たち 〜人気作家30人のインタビュー集」
世界の有名な絵本の作家たちからのインタビューを集めたものです。私の小さいころからのベストセラーの絵本もかなり入っていて、懐かしくなりました。絵本に興味のある人には面白い本かもしれませんが、そうでもなければどうだろう・・・

  「大往生」永六輔著
「老い」や「死」がテーマ。私たちは100%死に向かって生きているわけですが、自分の死にしろ、身近な人の死にしろ、避けられない「死」というものへの恐怖を持っていますよね。普段からの「死」とうものに対して避けるのではなく、むしろ考えてみると「死」とうものへの恐怖が変わってくるような気がします。

  「半人前が残されて」 伊集院静著
2人の大女優(夏目雅子、篠ひろ子)を奥さんにした人とは思い難い、恥ずかしいような部分もさらけだした大変人間臭いエッセイ集でした。

  「ブルーハネムーン」 篠田節子著
軽い感じの推理小説。詐欺師を扱ったもの。いっきに読めてしまいますが、私てきにはそんなに面白くなかったかも。

  「なぜ勉強するのか」  鈴木光司著
勉強するのは問題を解けるようになるためでなく、ものごとの正しい見方、判断ができる力をつけること。いろんな分野の勉強を例に、本当はそこから何を学ぶべきなのかを説き、勉強することの本当の意味を伝えている。最初は「最後まで読めるかな」という興味の度合いで読み始めましたが、なるほど思わされる内容があり、結局はおもしろかったです。作者があの有名な「リング」の著者だとわかって、意外でした。

  「レイクサイド」  東野圭吾
この著者の作品は自分でも選んで読んでしまうタイプのものです。推理物はやはり読みやすいですね。

  「日本は世界で第何位?」 岡崎大五著
筆者は世界中を旅した世界事情のエキスパート。ランキングデータはもはや古くなっているかもしれませんが、各ランキングについての筆者の話がなかなか面白かったです。雑学集めにもいいかも。それにしても日本の食糧自給率の低さがかなり恐怖な数値でした。











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雪が降りました!

2012-02-04 01:11:43 | ローマの平日
予報は出ていたけれど、ローマにも雪が降りました。私が気が付いている限りでは初雪です。大きなぼたん雪が降ってくるのを暖かい部屋の窓から眺めるのはちょっとわくわくします。でもやはりさむ〜い。本当は随分前から決まっていた友達との計画があったのですが延期。前にちょっと触れた近所の図書館での無料イタリア語講座が今日から開講だったんですが、やはり延期。私の住む辺りはあまり降っていなかったので、テレビで雪に覆われたコロッセオとか、真っ白に美しく輝くサンピエトロ寺院の広場とか、同じローマ内でも随分違うんだなあと思いました。なので、明日はアルバイトも来なくていいと連絡を受けて、なんだか大げさだなあと思っていましたが、夜中が近づいてくるにつれ、うちの方も大きなぼたん雪がたくさん降ってきました。



ベランダからそっと覗いてみると、あ〜もう積もってる。雪の夜って明るいから不思議。もう夜中の12時もとうに過ぎているのに、雪になれないローマっ子が外で騒いでいる声も聞こえます。




ベランダの手すりにも、少し積もってきました。

明日の朝は起きたら真っ白かしら。去年のローマの雪の日、私は日本でそのニュースを聞いていました。その前の年の雪の日は、少ししか降らなかったこともあって、朝寝坊の私はもう雪が溶けた頃に起きてしまいました。というわけで、雪をこんな風にしっかり見るのは久しぶりです。遠い昔の雪の日の色んなことを思い出しました。ローマにしか住んだことのないダニィにはあまり雪の思い出はないようです。
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Santa Maria in Trastevere 教会のモザイク

2012-02-01 11:33:09 | モザイク探訪〜ローマ〜
今も昔ながらのローマらしさを残す下町トラステヴェレ地区は、昼間はくねくねした細い小道を散策するに楽しく、夜はレストランやワインバーなどが立ち並ぶナイトスポットでもあります。そのトラステヴェレ地区の中心広場に立つこの古い教会は、美しいモザイク装飾でも知られています。



夜の教会前の広場。ここは観光客にも人気のスポットで、1年中イルミネーションがなされています。夏は路上エンターテイナーが多く現れ、夜遅くまでにぎやかな地区となりますが、冬のこの時期はとても静か。こういうのも悪くない。


教会の正面の窓のところの上の部分と、鐘楼の上部のライトアップされているところにモザイク作品があります。

近づいてみましょう。




聖母マリアの横に並ぶ女性たちの衣裳が素晴らしい。

さらに近づくと



王座に座した聖母マリア、その足元に小さく表わされている人物は教会への寄進者です。反対側にもう一人います。紀元14世紀初期のものです。

ライトアップされたところにはモザイクの聖母子像がありますが、光が強すぎて写真に撮れず。こちらは17世紀のもの。


さて、中に入ると床モザイクはコズマーティ様式のもの。大きな教会の埋め尽くすこの装飾は本当に美しい。




祭壇に近づいてみましょう。夜に行くとこのように暗いのですが、誰かが小銭を入れてくれると電気がつきます。またはごミサの時間に行くと今度は電気が眩しいばかりについてます。





電気がつくと、祭壇部分の贅沢な装飾がこんなにはっきり。



後陣のモザイク。(12世紀)



そしてさらに下にあるのがここの目玉。「マリアの生涯」を表したピエトロ・カヴァリー二作のモザイクです(1291年)。ピエトロ・カヴァリー二は画家でモザイク作家。



美術史コースでの先生の話では、写実的な画風、遠近法を用いているところが興味深いところとの記憶。



撮影した角度があまりよくないのですが、例えばこの聖母マリアの座る建築物的な王座。ただ遠近法といっても正確じゃないね〜とのお話でした。遠近法を使おうとした試みはかいましょうというところですか。

(ピエトロ・カヴァリー二といえば、やはりトラステヴェレにあるサンタ・チェチリア教会のフレスコ画も必見です。このモザイクと同様に天使の翼の色が美しい。見学は教会の入り口の横にある多分修道院の入口のインターフォンを押して、見学をお願いすることになります。ちょっと勇気がいるけれど。確か午前中だけだったように記憶してます。)

さて、ここまでは教会を訪問して普通に目に入るので、関心のない方でも、「なんときらびやかな」ぐらいの記憶を持って帰られるでしょうね。
でもモザイクに興味のある方は、是非こちらもお忘れなく。場所は教会の聖具室に続く小さな部屋。祭壇の近く左側にあります。いつも開いているとは限らず、閉まっていればインターフォンを押して入れてもらいます。こちらもちょっと勇気がいりますが。

小さなモザイク2点です。紀元1世紀のもの。



パレストリーナにあるモザイクに由来しているのではとどこかで読みました。テーマはそんな感じですが、どうでしょうか?



こちらはガラスが貼ってあってうまく撮影できず。是非実際に目で見てきてください。

教会が建てられる前にここにあった食堂か宿屋にあったものではないかとどこかで読みました。
この広場に関するいろいろな話もなかなか興味深いものがあります。「石油が出た」なんて伝え話があるようですから。

この2点のモザイクとともにこんなものもありましたが、なんだかわからず。近くにいたカトリック僧のような方もご存じなく。




お帰りはこちらのジェラート屋もお薦め。Fiori di Luna
自然派ジェラートなので色は美しくないのですが、味は保証します。

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聖バルビーナ

2012-01-29 19:02:40 | 聖人のお話
前回の投稿で紹介した教会は聖バルビーナ教会とうことで、久し振りに聖人のお話。

この女性の聖人についてあまりはっきりした記録がないようですが、伝説によるとローマの行政官で後に共に殉教した聖クイリーノの娘で、二人はアッピア街道に埋葬されたということになっています。キリスト教に改宗したこの父娘は共にローマ教皇アレッサンドロ1世により洗礼を受けました。その後バビアーナは重い病気にかかり、当時投獄されていたローマ教皇の元に連れて行かれると病気が治ってしまう。豊かな家の娘であったバルビーナは多くの青年から求婚されるのですが、誓いを守り一生誰とも結婚しませんでした。当時のローマ皇帝アドリア―ノの命令で父親と共に捕えられると、長い拷問を受けたあと、首をはねられその生涯を終えました。(紀元130年ごろ)

図像学では聖バルビーナは十字架とユリの笏と共に表わされます。時には天を見上げる天使が共にいることもあります。また手に鎖を持っていることもありますが、これは投獄されていたローマ教皇が繋がれていた鎖がバルビーナに触れたところ、病気が治ったというところからきているようです。

聖人伝はだいたいどれも似てますね。

3月31日が聖バルビーナの日です。

聖バルビーナ教会にはモザイクが目的だったので、ユリの笏を持ったような彼女の姿がどこかに表わされていたのかどうかも気づきませんでした。またいつか行くかどうかわかりませんが、どなたか行かれましたら教えてください。

Basilica di Santa Balbina : Piazza di Santa Balbina 8 (Metro B線 Circo Massimo)
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