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<街外れ>

2013-05-04 17:45:34 | 創作の話
<街外れ>
「かなこおねえちゃん、ゆうごはんなあに?」
 まだ小学校に入ったばかりの、小さな妹が嬉しそうに訊いた。
「スーパーに行って考えようね」
 ありきたりな台詞で、答えを濁す。妹はいつだって、何が食べたい、という旨の発言はしない。叶わないことを分かっているからだ。それがわたしには辛かった。
 我が家では、してはいけない話題がいくつかある。ひとつは、ごはんのこと。もうひとつは、両親のこと。
 10人兄弟の我が家で一番上のわたしが中学を卒業した次の日、両親は揃って姿を消した。多額の借金以外には、手紙も謝罪も言い訳も何も残してはくれなかった。両親が戻ってこなくなった日、幼い兄弟の不安そうにわたしを見る瞳は死ぬまで忘れることが出来ないだろう。
 人には公言しにくいアルバイトでお金を稼ぎ、なんとか生活することは出来たが、それまで住んでいた家は差し押さえられてしまった。同情した親戚がわたしたち兄弟を引き取ることを提案してくれたが、兄弟は一緒に住みたいと言って離れなかった。とはいえ家がなければ一緒にいたところで生活などままならない。路頭に迷うところで叔母のご主人の祖父が遺したという、これまでの住まいからずっと離れたところの街外れにある、廃屋同然の平屋をあてがってくれた。
 叔母には感謝してもしきれない。月に少しずつお金を貯めているが、いつかそれがまとまったら渡したいと思う。ささやかな夢だ。
「かなこおねえちゃん、このまえテレビ出てたね!きれいだったよ、学校でもじまんだったの」
「えー?ありがとう」
「また出る?」
「うーん、出られるといいね」
「理子、たのしみ!」
 妹は無邪気に、心から楽しそうに跳ねた。その姿を見ているだけで、いろんな苦しいことも耐えられると思える。計算外で学長賞を取り逃し、学費の負担が大きくなっている今、いよいよ今のバイトのままではやっていけなくなる。すぐ下の弟が高校を出たら働くと言って聞かないが、これまで辛い思いをさせているだけに、進学は諦めさせたくはない。一番下のこの子が大きくなるまで、わたしは何としても立派に社会に出させてやりたい。こんな街外れの、古びた家から飛び出して、自由に選択できる生活をしてもらいたい。
「おねーちゃーん…」
「ん?」
「楽しいねー」
 それは、曇りのない笑顔だった。
「…なにが?」
「学校からはおうち遠くて大変だけど、おねえちゃんと一緒に手つないで歩いて帰るの楽しいの。この時間だとお空の色が、ゆっくり紺色になるんだよ」
 小さな指が空を差した。深い橙色した空が、夜を告げる紺の闇に滲みながら溶けていく。飲み込まれるように消えていく空に、弱い半月の光が獣道を照らしている。
「…きれいだね」
「うん!おねえちゃん、元気なかったからこれ見たらきっと元気になると思って!」
「…そうだね」
「…おねえちゃん?おなかいたいの?」
 駅からは遠く、もう住人もほとんどいない街外れの家へ続く舗装されていない荒れた道。だが、この優しい心を持った子と手をつないで歩きながら浴びる夕陽は、暖かい。
<街外れ・了>

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