疑礙集注(ぎげしっちゅう)

「礙り」を「疑い」、そして「問う」こと。

break not only sanctuary but asylum.

「明治社会主義」の隘路

2017-07-18 00:13:47 | Weblog

 社会主義と国体 

先頃ある会合において、社会主義の大要を講話した時に、座中で第一に起った質問は、社会主義はわが国体と矛盾はしないか、というのだった。おもうに社会主義を非とする人々は皆この点に疑問を持っているらしい。いな、現に公々然と社会主義は国体に害があるなどと論じている人もあるということだ。『国体に害が有る』の一語は実に恐ろしい言葉である。人でも主義でも議論でも、もし、天下の多数に『アレは国体に害がある』と一たび断定されたならば、その人、もしくはその主義、もしくばその議論は全く息の根を止められたのと同様である。少くとも当分頭が上らないのである。故に卑劣な人間は議論や理窟で間に合はぬ場合には手っ取り早く『国体に害あり』の一語でもってその敵を押し伏せようとかかるのだ。そして敵とする物の真相実情のいかんを知らぬ人々は『国体に害あり』説にむやみと雷同する者が多いので、この卑劣な手段は往々にして功を奏し、アタラ偉人を殺し、高尚な主義を滅し、金玉の名論をしずめてしまうことがある。故に『国体に害あり』という叫び声が出た時には、世人はこれに耳を傾けるよりも、まづその目を拭って、ことの真相を明らかにするのが肝要である。

幸か不幸か、予は歴史に暗く国法学に通じていないので、国体とはいかなるものであるかという定義にはなはだ惑う。又国体なるものは誰が造ったものかは知らない。しかし普通に解釈するところに依れば、日本では君主政体を国体と称するようだ。いな君主政体ととっては取っては無上の誇りでなければならない。国体うんぬんの言葉を聞けば、万人ひとしく心臓の鼓動するのも無理はないのだ。ところで社会主義なるものは、果して彼等の所謂、国体、すなわち二千五百年一系の皇統が存在するということと、矛盾衝突するのであろうか、この問題に対して、予は断じていなと答えなければならない。

 社会主義の目的とするところは、社会人民の平和と進歩と幸福とに在る。この目的を逹するために社会の有害なる階級制度を打破してしまって、人民全体をして平等の地位を得せしめるのが社会主義の実行である。これがどうしてわが国体と矛盾するであろうか。有害なる階級制度の打破は決して社会主義の発明ではなくて、既に以前より行われている。現に維新の革命において四民平等ということが宣言されたのは、すなわち有害なる階級の打破ではないか。そしてこの階級の打破はすなわちわが国体と矛盾するどころか、かえってよく一致吻合したものではないか。

 封建の時代において、もっとも有害なる階級は、即ち政権を有する武門であった。しかしてこの階級が打破されて社会人民全体は政治上において全く平等の地位と權力を得たのである。社会主義はすなわち維新の革命が武門の階級を打破したごとく、富の階級を打破してしまって、社会人民全体をして、その経済上生活上に平等の地位と権利を得せしめんとするのである。もしこの階級打破をもって国体に矛盾するものというならば、維新の革命もまた国体に矛盾するといわねばならぬ。いな憲法も、議会も選挙もみな国体と矛盾するものと言わねばならぬ。

社会主義はもとより君主一人のためにするのではなくて、社会人民全体のためにするものである。ゆえに進歩したデモクラシーの主義と一致する。しかしこれでも決して国体と矛盾するとは言えぬ。なんとなれば、君主の目的職掌もまた社会人民全体のために図るのほかはないのである。ゆえにいにしえより明王賢王と呼ばれる人は、必ず民主主義者であったのだ。民主主義を採られる君主は必ず一種の社会主義を行なってその徳を謳われたのだ。

西洋の社会主義者でも決して社会主義が君主政治と矛盾撞着するとは断言せぬ。君主政でも民主政でも、社会主義をとれば必ず繁榮する。これにさからえば衰える。

これはほとんど定まった数である。この点においてトーマス、カーカツプがその著『社会主義研究』中に説くところは、最も吾人の意を得たものである。カーカツプ曰く、『社会主義は進歩した民主主義と自然に吻合するのである。けれども実際上にその運動の支配が必ず民政的でなければならないという道理は少しもない。ドイツなどではロドベルタスの計画のように、帝王の手で遺れぬことはないのである。ラツサールの理想はこれである。ビスマークもある程度までこれをやった。実際富豪の階級に対する交譲(コムプロマイス)に厭き果てた帝王が、漠然洒然として都鄙の労働者と直接抱き合って一個の社会主義的帝国を建設するのは、決して難事でないのである。かかる帝国は、才能ある官吏を任用し社会改善に熱心なる人民という軍隊に擁せられてますます強盛におもむくであろう。そして、もしよく時機が熟したならば帝王彼自身にとっても、しぶしぶながら資本家階級の御機嫌を取っているよりも、この種の政策ははるかによろしきを得たものと言はねばならぬ。

カーカップはさらに列国競争について論じて曰く『列国の競争は、少くとも近い将来までは益々激烈におもむくにちがいない、この点においても、人民がまづその社会組織の調和を得るということは、実に莫大な利益である。まづ多数労働者の霊能を団結した国民を率いるの国は、かの不平ある、墮落した無智なる貧民を率いるところの資本的政府に対して、今日の科学的戦争において、必ず大勝利を占めるであろう。これ、あたかも第一革命の際に於けるフランス軍隊の熱誠に加えるに、今日の完全なる学術をもってしたると同樣の結果である』云々。ゆえによく社会主義を採用する帝王もしくは邦国は、すなわちかの一部富豪を信頼する帝王若くは邦図に比して、極めて強力なるものである。社会主義は必ずしも君主を排斥しないのである。

  しかし繰返していうが、社会主義は、社会人民全体の平和と進歩と幸福とを目的とするのであって、決して君主一人のために図るのでない。ゆえに朕はすなわち国家なりと妄言したルイ十四世の如き極端な個人主義者は、元より社会主義者の敵である。衆とともにに楽しむと言った(中国・周の)文王の如き社会主義者は、喜んで奉戴せんとするところある。しかしてわが日本の祖宗列聖の如き、殊に民の富は朕の富なりと宣いし仁徳天皇の大御心のごときは、全く社会主義と一致契合するもので決して矛盾するところではないのである。いな、日本の皇統一系連綿たるのは、実に祖宗列聖が常に社会人民全体の平和と進歩と幸福とを目的とせられたるがために、かかる繁栄を来たしたのである。これ実に東洋の社会主義者が誇りとするところであらねばならぬ。ゆえに予はむしろ社会主義に反対するものこそかえって国体と矛盾するものではないかと思う。(明治35年11月15日、『六合雑誌』第263号所載)

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