
外は既に、薄暗くなっていた。
日は西に傾き、杉の梢を通して鮮やかな夕焼けが空に映える。
秋の風が冷たく枯葉を運んでいる。
そんな穏やかな秋の夕暮れとは裏腹に、ここ大岳温泉では潜伏裏に熾烈な戦いが展開していた。
山の端から、林の下草から、潅木の茂みから音も無く忍び寄るネズロン兵。
その見えない影に対して、今マルはひとり戦いを挑んでいた。
いや、ひとりではない。ターシャという仲間とともに。
ー 右の木の下にふたり・・・
家の中にいるターシャからのテレパシーが伝わる。
マルは手にした石を連投する。
キーーーーーッ!
キーーーーーッ!
姿を見せず、ネズロン兵は断末魔の叫びを上げる。
ー 今度は、裏の林の下草にひとり・・・
マルは急いで家の裏手に走り込む。
走りながら、投げる。
ターシャからのテレパシーは、単に言葉を伝えてくるだけではない。
彼の透視能力で知覚したそのままのビジョンを、直接マルの脳に送って寄越す。
だから、例え自分の目にはネズロン兵の姿が見えなくても、マルは脳裏に浮かぶ映像のままに石つぶてを投げればよいのだ。
キーーーーーッ!
これで、15人。
戦いは互いに姿が見えない時点から、既に始まっていた。

この時突然、西日を浴びて赤く染まった庭の中央に、妖しい炎が立ち上る。
ボオッ!
炎は不思議なことに弧を描いて走り、地面に魔方陣を作り出す。
そしてその中央から、人の影が・・・
ふ、ふ、ふ・・・
思いもかけぬところで、オーブの戦士に出会ったわ。
イエローとか言ったな。
どこまでもわしらの邪魔をする小うるさい雌猫どもよ。
頭巾を被り、節くれた杖を握るその姿は、
ネズロンの殺戮部隊を率いる、将軍
淑大僧正!
マルにとっては、彼が早晩姿を現すのは既に予想のうちにあった。
ネズロン兵のいるところ、必ず彼の姿がある。
マルの怒りの言葉が飛ぶ。
「また現れだのが!
相変わらずダサいカッコしてぇ。この田舎者っ!」
うっっ。お前に言われたくないわ。
イエロー・マル。下っ端のネズロン兵では手応えが無かろう。
今日はお前に、おあつらえ向きの相手を用意して来たぞ。
出でよ! ネズゴリラ!
淑大僧正が叫ぶと同時に、魔方陣の中から黒煙が立ち上る。
そして大僧正の背後に、黒い小山がモクモクと盛り上がる。
その小山は、次第に生き物の容貌を表した。
ウガーーーーッ!

ふっ、ふっ、ふっ・・・
武器もプロテクターも持たぬお前に、果たしてこの怪力ネズゴリラが、倒せるかな?
身の丈3mを越える巨大な生き物は、ゴリラの体躯にネズミに似た頭を持っていた。
淑大僧正の杖の合図とともに、猛々しく叫びながらマルに向かって歩み出す。
その時、ターシャのテレパシーが響いた。
ー ローランド! やめて、ローランド。
その人と闘ってはイケナイ。
ゴリラとネズミの合体生物、ローランドは、ターシャと同じ研究所で創られたのだった。
遠い地から連れてこられたふたりは、囲われた檻が向かい合わせということもあったのだろう、
過酷な囚われの日々に、いつしか互いに心を通わし、励まし合う仲になっていた。
ネズロンの調教兵の指示に従わずに、絶食を強いられたターシャ、
それを見かねて、檻の向こうからバナナの欠片を転がして寄越したローランド。
知能強化手術を受けているとは言え、難しい知能訓練にともすればついていけないローランド、
そのようすを遠くから受信して、気付かれないように回答を助言するターシャ。
ふたりは苦しい日常の中でもしっかりと、お互いの心を繋ぎ合わせてていた。
ローランドは強そうな外見に似合わず、優しかった。
ターシャは弱そうな風でいて、しっかり者だった。
故郷を引き離され、異国の地で無慈悲な扱いを受ける彼らふたりは、
いつか、それぞれがふるさとに戻れる日の希望を確かめ合う、
唯一無二の親友と呼べる間柄になっていたのだ。
しかし不思議なことに、今のローランドの心は怒りに燃え狂っている。
ターシャは彼との積もり重なる思い出を、
また、マルが自分たちの真に戦うべき相手ではないことを、
交信能力を全開にして、集約された情報として瞬時に彼の脳に送り込んだ。
ウガ・ア・・ア・・・
ネズゴリラの動きが止まる。
目が宙を見据える。
頭を抱える。
その様子を察した淑大僧正は、苦虫を噛み潰した顔をして言い放った。
ふん、メガネズミめが!
要らぬ邪魔をしおって。
だが、ネズゴリラは既に良心系摘出の脳手術を受け、
身も心も、ネズロンの従順な殺人モンスターになっているのじゃ。
もはやお前のことも、記憶に無かろうぞ。
行けい! ネズゴリラ。
イエロー・マルを捻り潰してしまえ!
淑大僧正の号令とともに、彼の心は再び怒りに染まった。
怒号を上げ、口から涎を垂らし、目を憤怒に燃え立たせながら、
ネズゴリラはマルに突進する。
ウガアーーーーッ!
とっさに飛び退けたマルの脇の下を掠めて、ネズゴリラは土蔵の壁にぶち当たる。
ドドゥゥン・・・
土壁はまるで障子のように崩れて、大きな穴がボッカリと開いた。
もうもうと上がる土ぼこりの中に、振り向いたネズゴリラの双眸がギラリと光る。
途方も無いパワーだ。
しかし、この時マルは持ち前の勘で、既にこの怪物の弱点を見抜いていた。
横っ飛びに体当たりをかわすや、マルは母屋の庇の下に積んであった漬物石を掴むとともに体制を立て直し、土埃の中に光る、ネズゴリラの目をめがけて力一杯投げつけた。
重さ10kgの鉄球を時速180kmのスピードで投げる、マルの鉄腕が唸る。
グシャッ!!
眼球と眼窩の潰れる音がした。
ウギャオーーーーーッ!
ネズゴリラの悲痛な叫び声が大気を震わせる。
次の瞬間、母屋の窓を開けてターシャが飛び出て来た。
その後にわらわらと続く、ネズロン兵。
マルがネズゴリラを相手にしているうちに、生き残ったネズロン兵たちが、家の中に雪崩れ込んで来ていたのだ。
ターシャは、ネズミのような素早さで庭を横切ると、池の端に聳える1本杉に上った。
さすがにメガネザルだけあって、敏捷だ。
ただ、彼の駆けた後には、点々と血が滴り落ちている。
既にネズロン兵に、危害を加えられたのかもしれない。
ネズロン兵は杉の木の麓に集まり、ターシャを追いかけて3人、4人と木を上り始めた。
あぶない、ターシャ!
マルはとっさに地面から石を拾い、木に登っているネズロン兵目がけて投げつけようとした。
それが一瞬の隙になった。
マルは、背後にネズゴリラが諸手を広げて迫っているのに、気付かなかった。
ウガアーーー!
マルに掴みかかるネズゴリラ。
(『第4回』に続く)
日は西に傾き、杉の梢を通して鮮やかな夕焼けが空に映える。
秋の風が冷たく枯葉を運んでいる。
そんな穏やかな秋の夕暮れとは裏腹に、ここ大岳温泉では潜伏裏に熾烈な戦いが展開していた。
山の端から、林の下草から、潅木の茂みから音も無く忍び寄るネズロン兵。
その見えない影に対して、今マルはひとり戦いを挑んでいた。
いや、ひとりではない。ターシャという仲間とともに。
ー 右の木の下にふたり・・・
家の中にいるターシャからのテレパシーが伝わる。
マルは手にした石を連投する。
キーーーーーッ!
キーーーーーッ!
姿を見せず、ネズロン兵は断末魔の叫びを上げる。
ー 今度は、裏の林の下草にひとり・・・
マルは急いで家の裏手に走り込む。
走りながら、投げる。
ターシャからのテレパシーは、単に言葉を伝えてくるだけではない。
彼の透視能力で知覚したそのままのビジョンを、直接マルの脳に送って寄越す。
だから、例え自分の目にはネズロン兵の姿が見えなくても、マルは脳裏に浮かぶ映像のままに石つぶてを投げればよいのだ。
キーーーーーッ!
これで、15人。
戦いは互いに姿が見えない時点から、既に始まっていた。

この時突然、西日を浴びて赤く染まった庭の中央に、妖しい炎が立ち上る。
ボオッ!
炎は不思議なことに弧を描いて走り、地面に魔方陣を作り出す。
そしてその中央から、人の影が・・・
ふ、ふ、ふ・・・
思いもかけぬところで、オーブの戦士に出会ったわ。
イエローとか言ったな。
どこまでもわしらの邪魔をする小うるさい雌猫どもよ。
頭巾を被り、節くれた杖を握るその姿は、
ネズロンの殺戮部隊を率いる、将軍
淑大僧正!
マルにとっては、彼が早晩姿を現すのは既に予想のうちにあった。
ネズロン兵のいるところ、必ず彼の姿がある。
マルの怒りの言葉が飛ぶ。
「また現れだのが!
相変わらずダサいカッコしてぇ。この田舎者っ!」
うっっ。お前に言われたくないわ。
イエロー・マル。下っ端のネズロン兵では手応えが無かろう。
今日はお前に、おあつらえ向きの相手を用意して来たぞ。
出でよ! ネズゴリラ!
淑大僧正が叫ぶと同時に、魔方陣の中から黒煙が立ち上る。
そして大僧正の背後に、黒い小山がモクモクと盛り上がる。
その小山は、次第に生き物の容貌を表した。
ウガーーーーッ!

ふっ、ふっ、ふっ・・・
武器もプロテクターも持たぬお前に、果たしてこの怪力ネズゴリラが、倒せるかな?
身の丈3mを越える巨大な生き物は、ゴリラの体躯にネズミに似た頭を持っていた。
淑大僧正の杖の合図とともに、猛々しく叫びながらマルに向かって歩み出す。
その時、ターシャのテレパシーが響いた。
ー ローランド! やめて、ローランド。
その人と闘ってはイケナイ。
ゴリラとネズミの合体生物、ローランドは、ターシャと同じ研究所で創られたのだった。
遠い地から連れてこられたふたりは、囲われた檻が向かい合わせということもあったのだろう、
過酷な囚われの日々に、いつしか互いに心を通わし、励まし合う仲になっていた。
ネズロンの調教兵の指示に従わずに、絶食を強いられたターシャ、
それを見かねて、檻の向こうからバナナの欠片を転がして寄越したローランド。
知能強化手術を受けているとは言え、難しい知能訓練にともすればついていけないローランド、
そのようすを遠くから受信して、気付かれないように回答を助言するターシャ。
ふたりは苦しい日常の中でもしっかりと、お互いの心を繋ぎ合わせてていた。
ローランドは強そうな外見に似合わず、優しかった。
ターシャは弱そうな風でいて、しっかり者だった。
故郷を引き離され、異国の地で無慈悲な扱いを受ける彼らふたりは、
いつか、それぞれがふるさとに戻れる日の希望を確かめ合う、
唯一無二の親友と呼べる間柄になっていたのだ。
しかし不思議なことに、今のローランドの心は怒りに燃え狂っている。
ターシャは彼との積もり重なる思い出を、
また、マルが自分たちの真に戦うべき相手ではないことを、
交信能力を全開にして、集約された情報として瞬時に彼の脳に送り込んだ。
ウガ・ア・・ア・・・
ネズゴリラの動きが止まる。
目が宙を見据える。
頭を抱える。
その様子を察した淑大僧正は、苦虫を噛み潰した顔をして言い放った。
ふん、メガネズミめが!
要らぬ邪魔をしおって。
だが、ネズゴリラは既に良心系摘出の脳手術を受け、
身も心も、ネズロンの従順な殺人モンスターになっているのじゃ。
もはやお前のことも、記憶に無かろうぞ。
行けい! ネズゴリラ。
イエロー・マルを捻り潰してしまえ!
淑大僧正の号令とともに、彼の心は再び怒りに染まった。
怒号を上げ、口から涎を垂らし、目を憤怒に燃え立たせながら、
ネズゴリラはマルに突進する。
ウガアーーーーッ!
とっさに飛び退けたマルの脇の下を掠めて、ネズゴリラは土蔵の壁にぶち当たる。
ドドゥゥン・・・
土壁はまるで障子のように崩れて、大きな穴がボッカリと開いた。
もうもうと上がる土ぼこりの中に、振り向いたネズゴリラの双眸がギラリと光る。
途方も無いパワーだ。
しかし、この時マルは持ち前の勘で、既にこの怪物の弱点を見抜いていた。
横っ飛びに体当たりをかわすや、マルは母屋の庇の下に積んであった漬物石を掴むとともに体制を立て直し、土埃の中に光る、ネズゴリラの目をめがけて力一杯投げつけた。
重さ10kgの鉄球を時速180kmのスピードで投げる、マルの鉄腕が唸る。
グシャッ!!
眼球と眼窩の潰れる音がした。
ウギャオーーーーーッ!
ネズゴリラの悲痛な叫び声が大気を震わせる。
次の瞬間、母屋の窓を開けてターシャが飛び出て来た。
その後にわらわらと続く、ネズロン兵。
マルがネズゴリラを相手にしているうちに、生き残ったネズロン兵たちが、家の中に雪崩れ込んで来ていたのだ。
ターシャは、ネズミのような素早さで庭を横切ると、池の端に聳える1本杉に上った。
さすがにメガネザルだけあって、敏捷だ。
ただ、彼の駆けた後には、点々と血が滴り落ちている。
既にネズロン兵に、危害を加えられたのかもしれない。
ネズロン兵は杉の木の麓に集まり、ターシャを追いかけて3人、4人と木を上り始めた。
あぶない、ターシャ!
マルはとっさに地面から石を拾い、木に登っているネズロン兵目がけて投げつけようとした。
それが一瞬の隙になった。
マルは、背後にネズゴリラが諸手を広げて迫っているのに、気付かなかった。
ウガアーーー!
マルに掴みかかるネズゴリラ。
(『第4回』に続く)










凄い展開になってきましたね。
この後が早く読みたいです。
あと、このネズゴリラの絵を怪人図鑑に
転載したいんですが、よろしいですか?
ちょっと、縦横比をいじるかもしれませんけど。
agricoさんが創り出したモンスター、素晴らしいです。
続きがますます楽しみになってきました。
ぷよぱぱさん、
私が「オーブファイブ」関連で書いた絵と記事の転載は、全体の取り纏めをしてくれているぷよぱぱさんに一任しますよ。もちろん若干のアレンジを加えても結構です。
「オーブ」のために使う限り、暗黙の了解があると思っていいですよ。
Kenさん、
どうしても、長くなってしまいました。
「物語性」を盛り込もうとすればするほど、長くなっていきます。
最も私の表現力の足りなさもあるのですけどね。
おっしゃるとおり、これからが闘いの山場ですよ。
がんばれっ!
負けないでぇぇーっっ!!!
はっ! 子どもに還ってました。
あぐりこさま
オーブファイブの関係者のみなさま
ありがとうございます。
すっげー 楽しいです。
多数の方から袋叩きになりそうです。
明日の朝、もう一度原稿を見直して続きをアップします。
一応全体の下書きが終わってから連載を始めたのですが、
毎日手直し、修正ばかりです。
1日1記事のペースで良かったと思います。
しかし、まさか自分がこんなストーリー、このような絵を描くことになろうとは、思ってもみませんでしたよ。
もう、なんか、いいですね。
いや、巨大感ありますし。いいです。
できればメガネズーとネズゴリラは故郷に返してあげたくなります。
ターシャ、マル、ローランドがどのように戦うのかすごく興味があります。
そして怪人図鑑にまた新たな作風が。
みんなで書くと本当に面白いですね。
ともすればデカイ体で腕力を振るうのが多いですが、
体がでかくても、気持ちは優しい存在もいていいですよね。
人間だって、そんな人はたくさんいます。
本当は、そんなモンスターを描きたかったんですが、
マルちゃんと闘うのに、それじゃあ都合が悪かったりします。
できればネズゴリラを、ローランドとして登場させたかったんですけれど。
また、あまりに「正義の戦士」も、書きにくいです。
正義だらけの存在を書いてしまうと、
今度は一方で悪だらけの存在を登場させないと、釣り合いが取れないのですよ。
アメリカが歴史上常に大量虐殺行為を繰り返して来たのは、
あの国の国民が、あまりに「正義」を標榜し過ぎることに、関係があるのかもしれません。
ドラマの登場人物は、それぞれが「正義」や「悪」のシンボルとして出て来ますね。
もしかしたら、一個の人間の内面を投影してるのかもしれませんね。