
稲穂を駆け抜ける秋風、故郷の山。
マルは今、司令部から一週間の休みをもらって、里帰りしている。
思えば上京してから早1年。
その間昼夜の別無く、いつでも非常事態に備えて臨戦態勢にあった。
戦いのない時はもっぱらトレーニングに明け暮れる毎日。
若い身空にしては、我ながらハードな生活だと思う。
今マルは1年ぶりに、オーブの任務を忘れて、家族とともにくつろぐことができるのだった。
温かく送り出してくれたオーブのみんなの顔が、目に浮かぶ。
今日は久しぶりに大岳温泉に来た。
ひなびた山奥の一軒家である。
ここの主人は、父親とは幼馴染みだ。
今は子どもも独立して、夫婦ふたりで宿を切り盛りしている。
今日は親戚に不幸ができたそうで、ふたり揃って本家に泊り込まなければならないそうだ。
そういうわけで、マルはひと晩だけ、温泉旅館の留守番役を引き受けたのである。
旅館に着くと、夫婦は既に喪服姿に着替えて待っていた。
よお、おマル、久しぶりだっちゃなァ!
オッちゃんは、マルのことをこんな風に呼ぶ。
いつもこんな古くさい呼び方が好きなのである。
そう言えば、いつぞや泊まった客の「たま子」さんも、
「お玉」と呼ばれていたそうだ。
オッちゃん、いい加減、そんな呼び方止めでけろや。
なんが、汚らしいものを連想しちゃうじゃねぇが。
そんなマルの抗議もどこ吹く風、オッちゃんは快活に笑って二段重ねの重箱を机の上に置く。
悪いがなぁ、もう出なきゃなんね。
これ、今日の夕飯と、明日の朝飯だかんな。
泊り客はねえがら、どごの部屋さでも、ゆっくりしてってけろ。
マルは、久しぶりに来た旅館が、どことなく寂れた雰囲気なのに気がついた。
あぁ、実はな、
ここ2週間ばかり、客が来ねえんだよ。
不思議なことにな、ひと月くれぇ前から、
風呂場ん中に、幽霊が出るって噂がたってな。
風呂にひとりで入ってっと、誰かに見られてるんだと。
オレが入っても、なんともねえがな。
そんなことが、何回か続くうちに、
いつもの常連さんまで来ねぐなって・・・
ちょっと、今、どうしたもんか、考えてんのよ。
あはっ。こんなごど、
今晩ここに泊まるっていう、おマルに言ったってな。
まあ、おめえはたくましいから、
幽霊の方で、寄り付かねえべよ。
このぉ!と殴る真似をするマルから逃げるように、
旅館の夫婦は、大きな風呂敷包みを両手に抱えて、そそくさと車に乗って出て行った。
ひとり残されたマルは、とりあえず温泉に浸かることにする。
ここには風呂が、ひとつしかない。
男女兼用である。
泊り客が多いときは、先に女性を入れたら、次は暖簾だけ「男用」に付け替えて、男性を入れる。
マルにとって、どだい幽霊なんて全然怖くはなかった。
かえって出て来てくれたら、仲良くなっていろいろ話でもしたいくらいに思っていた。
風呂の戸をガラッと開けて、石の床に足を踏み出す。
冷たい足裏、温かい湯気、
マルの体は、肌に沁み透る気持ちよさを予感して、もうぞくぞくしている。
静かに湯船に体を沈める。
あぁ・・・気持ちイイ。
これがあるから、ひとりの留守番にも喜んでここに来たのである。
オーブでの1年の疲れが、みんな流れ出て行く気がする。
しばらく湯に浸かってから、マルは体を洗うべく立ち上がった。
肌が桜色に上気して、ほのかに香気が漂う。
マルは今年、19になるところである。
洗い場にしゃがんで石鹸を引き寄せ、さて、洗おうかとした、その時、
マルはふいに、誰かいるのを感じた。
マルの野性的ともいえる勘は、背後、いや頭の上の方に、何かがいることを知らせていた。
風呂場には天井が無く、上はすぐ屋根裏になっている。
次の瞬間、両手に石鹸を握って振り向きざまに、マルは屋根裏の薄暗がりに向けて、第1投を放った。
はちきれんばかりの裸体から、一瞬筋肉が盛り上がり、躍動する。
石鹸は目にも留まらぬ速さで、宙を飛んだ。
ガッ・・
太い梁の上から、石鹸とともに何かが落ちてくる。
しかしそれは、その下に渡された別の梁に引っ掛かって、宙ぶらりんになった。
肌に感じられた鋭い視線から想像したよりは、それは意外と小さかった。
子猫ほどの大きさだろうか。石鹸がどこかに当たったはずみに、重心を失って梁から落ちてしまったのだろう。
マルの第2投が空を切る。
ゴッ!
かろうじてぶら下がっていた「何か」は、今度は石鹸弾をモロに喰らって弾き飛ばされた。
マルは間髪を置かず、辺りを見回して次に投げる物を探す。
ここで油断してはいけない。
なにしろ、こちらは丸裸なのである。
相次ぐネズロンとの戦いが、マルに実戦の勘所を身につけさせていた。
湯桶のそばに、軽石がある。
幸い相手は小さいようだ。
石鹸でもそれなりのダメージを与えられたように見えるから、
これならば、とどめに使えるかもしれない。
マルは軽石を掴み、振り向くと同時に投げ・・・
その時、
ー ヤメテ! 投げないで!
マルの頭に声が響いた。
そう、あたま、に。
まさに石を投げようとしたマルの動きが、止まった。
「その物体」は、床に叩きつけられながらも、まだ動いていた。
そしてそれは、マルが今まで見たこともない、生き物だった。
それは、一見ネズミに似ていないこともなかった。
しかし、明らかに違う。
まず、その目。
顔に比して異常に大きい目は、真ん丸い猫の目を思わせる。
特に横から見ると、目玉がギョロリと、作り物のようにこちらを睨んでいるみたいで気味が悪い。
それからネズミにしては、大きさが並外れている。
体長30cmはあるだろう。
少なくとも日本では、これだけ大きいネズミはいないのではなかろうか。

もしかして、ネズロン・・・
マルの脳裏に、邪悪な科学力を駆使して次々とモンスターを創り上げる、暗黒帝国ネズロンの姿が浮かんだ。
外見がネズミに似ているから、あながち違っているとも言えない。
ー チガウ。ボクは、ネズロンじゃない。
マルの頭に、また声が響いた。
もう、間違いはなかった。
この声は、今床に横たわっている、この「生き物」が発してるのである。
しかもマルの心を読んで!
あなたは、いったい何なの?
マルがそう問うよりも先に、生き物は再び「言葉」を発した。
ー ボクは、ターシャ。
ネズロンの基地から、逃げて来た。
((『第2回』に続く)
マルは今、司令部から一週間の休みをもらって、里帰りしている。
思えば上京してから早1年。
その間昼夜の別無く、いつでも非常事態に備えて臨戦態勢にあった。
戦いのない時はもっぱらトレーニングに明け暮れる毎日。
若い身空にしては、我ながらハードな生活だと思う。
今マルは1年ぶりに、オーブの任務を忘れて、家族とともにくつろぐことができるのだった。
温かく送り出してくれたオーブのみんなの顔が、目に浮かぶ。
今日は久しぶりに大岳温泉に来た。
ひなびた山奥の一軒家である。
ここの主人は、父親とは幼馴染みだ。
今は子どもも独立して、夫婦ふたりで宿を切り盛りしている。
今日は親戚に不幸ができたそうで、ふたり揃って本家に泊り込まなければならないそうだ。
そういうわけで、マルはひと晩だけ、温泉旅館の留守番役を引き受けたのである。
旅館に着くと、夫婦は既に喪服姿に着替えて待っていた。
よお、おマル、久しぶりだっちゃなァ!
オッちゃんは、マルのことをこんな風に呼ぶ。
いつもこんな古くさい呼び方が好きなのである。
そう言えば、いつぞや泊まった客の「たま子」さんも、
「お玉」と呼ばれていたそうだ。
オッちゃん、いい加減、そんな呼び方止めでけろや。
なんが、汚らしいものを連想しちゃうじゃねぇが。
そんなマルの抗議もどこ吹く風、オッちゃんは快活に笑って二段重ねの重箱を机の上に置く。
悪いがなぁ、もう出なきゃなんね。
これ、今日の夕飯と、明日の朝飯だかんな。
泊り客はねえがら、どごの部屋さでも、ゆっくりしてってけろ。
マルは、久しぶりに来た旅館が、どことなく寂れた雰囲気なのに気がついた。
あぁ、実はな、
ここ2週間ばかり、客が来ねえんだよ。
不思議なことにな、ひと月くれぇ前から、
風呂場ん中に、幽霊が出るって噂がたってな。
風呂にひとりで入ってっと、誰かに見られてるんだと。
オレが入っても、なんともねえがな。
そんなことが、何回か続くうちに、
いつもの常連さんまで来ねぐなって・・・
ちょっと、今、どうしたもんか、考えてんのよ。
あはっ。こんなごど、
今晩ここに泊まるっていう、おマルに言ったってな。
まあ、おめえはたくましいから、
幽霊の方で、寄り付かねえべよ。
このぉ!と殴る真似をするマルから逃げるように、
旅館の夫婦は、大きな風呂敷包みを両手に抱えて、そそくさと車に乗って出て行った。
ひとり残されたマルは、とりあえず温泉に浸かることにする。
ここには風呂が、ひとつしかない。
男女兼用である。
泊り客が多いときは、先に女性を入れたら、次は暖簾だけ「男用」に付け替えて、男性を入れる。
マルにとって、どだい幽霊なんて全然怖くはなかった。
かえって出て来てくれたら、仲良くなっていろいろ話でもしたいくらいに思っていた。
風呂の戸をガラッと開けて、石の床に足を踏み出す。
冷たい足裏、温かい湯気、
マルの体は、肌に沁み透る気持ちよさを予感して、もうぞくぞくしている。
静かに湯船に体を沈める。
あぁ・・・気持ちイイ。
これがあるから、ひとりの留守番にも喜んでここに来たのである。
オーブでの1年の疲れが、みんな流れ出て行く気がする。
しばらく湯に浸かってから、マルは体を洗うべく立ち上がった。
肌が桜色に上気して、ほのかに香気が漂う。
マルは今年、19になるところである。
洗い場にしゃがんで石鹸を引き寄せ、さて、洗おうかとした、その時、
マルはふいに、誰かいるのを感じた。
マルの野性的ともいえる勘は、背後、いや頭の上の方に、何かがいることを知らせていた。
風呂場には天井が無く、上はすぐ屋根裏になっている。
次の瞬間、両手に石鹸を握って振り向きざまに、マルは屋根裏の薄暗がりに向けて、第1投を放った。
はちきれんばかりの裸体から、一瞬筋肉が盛り上がり、躍動する。
石鹸は目にも留まらぬ速さで、宙を飛んだ。
倫検の審査基準により、この画像は表示を禁じさせていただきます |
ガッ・・
太い梁の上から、石鹸とともに何かが落ちてくる。
しかしそれは、その下に渡された別の梁に引っ掛かって、宙ぶらりんになった。
肌に感じられた鋭い視線から想像したよりは、それは意外と小さかった。
子猫ほどの大きさだろうか。石鹸がどこかに当たったはずみに、重心を失って梁から落ちてしまったのだろう。
マルの第2投が空を切る。
ゴッ!
かろうじてぶら下がっていた「何か」は、今度は石鹸弾をモロに喰らって弾き飛ばされた。
マルは間髪を置かず、辺りを見回して次に投げる物を探す。
ここで油断してはいけない。
なにしろ、こちらは丸裸なのである。
相次ぐネズロンとの戦いが、マルに実戦の勘所を身につけさせていた。
湯桶のそばに、軽石がある。
幸い相手は小さいようだ。
石鹸でもそれなりのダメージを与えられたように見えるから、
これならば、とどめに使えるかもしれない。
マルは軽石を掴み、振り向くと同時に投げ・・・
その時、
ー ヤメテ! 投げないで!
マルの頭に声が響いた。
そう、あたま、に。
まさに石を投げようとしたマルの動きが、止まった。
「その物体」は、床に叩きつけられながらも、まだ動いていた。
そしてそれは、マルが今まで見たこともない、生き物だった。
それは、一見ネズミに似ていないこともなかった。
しかし、明らかに違う。
まず、その目。
顔に比して異常に大きい目は、真ん丸い猫の目を思わせる。
特に横から見ると、目玉がギョロリと、作り物のようにこちらを睨んでいるみたいで気味が悪い。
それからネズミにしては、大きさが並外れている。
体長30cmはあるだろう。
少なくとも日本では、これだけ大きいネズミはいないのではなかろうか。

もしかして、ネズロン・・・
マルの脳裏に、邪悪な科学力を駆使して次々とモンスターを創り上げる、暗黒帝国ネズロンの姿が浮かんだ。
外見がネズミに似ているから、あながち違っているとも言えない。
ー チガウ。ボクは、ネズロンじゃない。
マルの頭に、また声が響いた。
もう、間違いはなかった。
この声は、今床に横たわっている、この「生き物」が発してるのである。
しかもマルの心を読んで!
あなたは、いったい何なの?
マルがそう問うよりも先に、生き物は再び「言葉」を発した。
ー ボクは、ターシャ。
ネズロンの基地から、逃げて来た。
((『第2回』に続く)










続きが激しく読みたいんですけど!
描きかけのレッドをほっぽらかして
喜びいさんでやってきましたよ。
いつもマルを娘のようにかわいがってくれて
ありがとうございます。
マルはここでみるのが一番活き活きしてますね。
この温泉、前の宴会で用意してもらったときも
思っていたのですが、いった事がないのに
いった事あるような感じがするんですよ。
きっとあぐりこさんの表現の仕方で、
そんなふうに思うのですね。
『おマル』の全裸シーンはカットになってますが、
わりとリアルに想像しちゃいましたよ。(笑)
ターシャ。新キャラですね。
ネズロンになにをされたのでしょう。
もしかして、なかのひとはお玉が思ってる人かな?
なんて(笑)
次回どんな展開になるのか、あぐりこワールド
楽しみにまっております。
待ってましたよ。
あぐりこさんの独特の雰囲気がたまりません。
本編として、採用で問題ないですよね??
後ほど放送回数をおしらせします。
私的には、イエローのマルがメインの「第五話」でよさそうと思っています。
(最初から、そのつもりだぁ!と叱られそうですが^^;)
あの、メカとか設定とかほかのメンバとか気にしなくていいですから、ドンドン話を広げてくださいね。
あぐりこ監督の持ち味でどうぞ。
この物語は、あくまでも健全な青少年を対象に作られたものです。
正直言って、次から次へとスマートでかっこいいストーリーが生まれるのを見ると、なんか距離を感じてしまうのですよ。
それでも、なんとかみなさんに追いつこうと、背伸びをしてみたのです。
いつも「できる範囲」に引っ張り込んで書いてるのですよ。
だからかっこよくないかもしれないけれど、
これも生きたマルちゃんの側面を表すことになるかと思って書きました。
他のキャラや機械も描ければいいのですけどね。
戦隊モノには必ず出てくる回ですね!
滑川ランド(フラミンゴの)とか、後楽園遊園地とか、鬼怒川温泉が出てきたときもありました!
だから、半ばサブストーリー的な要素を交えて書いてみました。
自分の表したマルちゃんのイメージを纏める意味でもあったのですよ。
この物語の取り扱いについては、もちろんお任せします。
温泉旅館というのは、何となく場として独特の雰囲気がありますよね。
ここに出て来る「大岳温泉」というのは、かつてうちの近所に実在した旅館なんですよ。
経営難から閉業して、今では市の保有施設になってます。
通勤マンガーZといいます。
あぐりこさんの絵も文章もとても優しい感じですね。
オッちゃんとマルの掛け合いなんかとてもほのぼのしていいですね。
ところで私は会社の仕事で岩手県の千厩の工場によくいくのですが、「大岳温泉」にも一度寄ってみたいですね。
これからちょくちょく遊びにこさせてもらいます。
これからもよろしくお願いします。
では第2回へ行ってきます。
私も時々そちらを訪問してましたよ。
どうも出不精の上に、つき合いが悪くてすみません。
お互い「オーブ」に捕らえられてしまいましたね。
千厩はここから山を越えて車で1時間くらいです。
これから冬になると、運転は危なくなりますね。
もし車に乗るならば、気をつけてくださいね。
大岳温泉は、今は一般に開放してはいないのですよ。
市の老人保養施設になったと聞いています。
でもあまり活動はしてないみたいですね。
この辺りで唯一の温泉だったのですが。
すしバーさんといい、通勤マンガーZさんといい、その方面の知識と才能のある人がいて、オーブも飛躍的に実像が固まってきましたね。
面白い企画、楽しみながら参加させていただきましょう。
りおしと申します(ぺこり)
恐縮ながら、5話のナレーションを務め
させていただきました!
私は青森出身なので
マルが出てきたとき
お?っと思いました!
オーブファイブ応援していきますね!
BLOGをあちこち覗くうちに、
青森の出身であることがわかりました。
劇団に入ってらっしゃるのですね。
私も何を隠そう大学時代に、
空手で壊した背骨のリハビリに
1年間、モダンダンスとミュージカルをしたことがあって、
その時、大学の公演に出たりしたんですよ。
今となっては恥ずかしくも、大切な思い出です。
ミュージカルは、「ファンタスティック」。
お爺さんの役でした。
以来、劇が好きになって、
東京にいた頃は、学生演劇やらプロの公演やらをあちこち観に行ったものでした。
それから想像するあの世界に
りおしさんは、生きているのですね。
あのナレーション、
縁だと思います。
りおしさんとKenさんが作ってくれた
不思議な巡り会わせなのでしょうか。
もはや劇にもミュージカルにも
まったく無縁になったと思われた私が、
こうして、プロの人とお会いできるのですからね。
ありがとう。
素晴らしい声とナレーション、
しっかりと、受け取らせていただきました。
本記事を、お玉さんのお誕生祝い記事に引用させて頂きましたので、TBさせていただきました。
一瞬ですが、よろしければご覧になってください。
(まだ、デカイファイルしかおいていないのですが)
見ていて数々の感慨が湧き起こってきました。
河童たち・・・私とお玉さんとの出会いは彼らでした。
絵がとても輝いてます。
こんな世界を創った素晴らしい人だなあと、改めて思いましたよ。
ささやかながら私の気持ちを言わせていただきます。
ありがとう。ぷよぱぱさんの思いは千里を駆けて伝わりますよ。