イチロー・トークスペシャル(2008年1月22日放送) | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
茂木 あの、イチローさんみたいなね、スターになったら、もう本当に自分の好きなようにやっても周りはなにも言わないと思うんですけど。いまの、たとえばね、若い人とかが、自分が、こういうふうにやりたいんだと思っても、なかなか、ほら、それにできない世の中があるじゃないですか。どうしたら自分のやり方を曲げないで、こうやって成長していけるんですかね?
イチロー 僕はまず、(考え直して)いや僕がそれをできいるとは思わないですけど。それをやるんであれば、自己評価が一番、厳しいものでないといけないでしょうね。誰の評価よりも、自分の評価、自分に対する客観的な評価が一番、厳しいものでないといけない。これは、もう絶対外せない。
茂木 自分のやり方貫くんだったら、その結果として自分が何しているかというものも厳しく見ろ、と。
イチロー そういうことです。で、結果を、もちろん示さなければいけないし。自分がこうである、というものを示せるのは(強く)結果ですから、結局は。それを示した上で、しっかりと言葉でも説明できること、それを。ということだと思いますね。
茂木 ということは、自分のやり方、貫くってのは、厳しい道じゃないですか。ねえ。
イチロー 一番、厳しいですよ。
イチローの分析1 - 言語分析未来予測
前の分析では、私が以前から注目していた、インタビューに対するイチローの“硬さ”ということについて書いた。「深く考えられた言葉でありながら、それは話し言葉とは違う、まるで書き言葉のような文語調とでもいえるほどのその“硬さ”に違和感を感じ」ていたのである。
今回のインタビューでは、「それ(自己評価への厳しさ)を示した上で、しっかりと言葉でも説明できること、それを。ということだと思いますね」ということが聞けた。
私は以前から、イチローの話し言葉を、まるで書き言葉のような文語調ではないかと思っていたのだ。
テレビを見ててもよく分かるのだが、小説家はよく喋る。また話しが上手だ。古くは野坂昭如氏、また有名なところでは村上龍氏、最近では室井佑月氏など。
多く書いている人がしゃべりがうまいのは、書くように話せるからである。書くことで思考を整理することができ、そのために話すときに困らないのである。書くことで前もって論理的に考えているということだ。
ひょっとしてイチローも、毎日、野球についてのこととかを文章にしているのではないだろうか?
もちろんイチローは神経質傾向が強いので話し言葉が硬くなりがちな程度のことかもしれないだろうが、それにしても彼の言葉は、文章として推敲されているようではないか。それを以下の文章にも強く感じてしまう。
イチロー 自分の可能性を広げるには、自分で自分を教育していくしかない、と僕は思っているんですよ。そこは、(絞り出すように)目指しているところです。現段階の僕が、できたこともあるし、まったくできないこともあるし、その繰り返しなんですよね。
私のような年齢になっても、よく学校教育を思い出す。先生は、勉強というものは自習が基本である、ということをよく言っていた。予習にしても復習にしても自分自身でやらなければならないものだからだ。
それから言っても、この「自分の可能性を広げるには、自分で自分を教育していくしかない」というイチローの持論とは、ひじょうに高度なことであろう。これは予習でも復習でも、対策でも戦略でも、言えることであるのだが、それ以上に未来的な可能性を教育で追求することについてなのである。ここにイチローの天才性があるのかもしれない。
また別に、言葉の面白さが語られている箇所がある。
住吉 ご自分は重圧に強い人間ですか?
イチロー 弱いですね。重圧には弱いと思いますよ。
住吉 重圧が、まっ、でも、否応なしにかかってるんですよね。その本当にかかってしまったときっていうのはどうなるんですか、イチローさんは?
イチロー おそらく2006年までであれば、脈が変わるし、気持ち悪くなるし、家に持ち帰るし、もう、ろくなことなかったですよね、そういう瞬間って。だから本当は逃げたい。でも、今年は俺は、まあ、いけるぞ、と。で、その感覚というのは、(間)もう、唱えるんですよ。170、次、1、2、って。もう、強く、もう、数字を思い描くんです。打席でも。次は何本。もう、勝手に自分でプレッシャーをかけているようなもんですから。そうやって(自分を)洗脳していったわけですね。
茂木 あれですかね、だから、形の見えない重圧ってのを、敢えて形にしているってことですかね?
イチロー そっちに近いですかね。それで意識を植え付ける、っていうことですね。
プレッシャとは精神的な重圧であるのだが、イチローはこれを、単なる合理的な数字に置換えることで、精神的な過重を軽減させようとしている。前の「イチロースペシャル」では、
ナレーション 首位打者争いは、近年まれに見るハイレベルな闘いに突入した。イチローは固め打ちで3割5分をキープ。2001年以降、3割5分台でリーグ首位打者を逃した例はない。しかしオルドニエスはその上を行った。打率を3割5分9厘にまで上げてきた。4試合を残して差は9里。
というさなか、
イチロー どう考えたって、後4試合でしょう? 4試合でどうでしょう? 2本づつでは間に合わないんで、まっ最低、3、3、2、2、でしょうね。可能性が生まれるとしたら。2、2、2、2では、おそらく無理でしょう。
と、言っていた。
シーズンが押し詰まっての首位打者争いで、しかもオルドニエスにリードされているという状況で、残り試合での安打の確率という合理的な数字へ置き換えることで、極度の精神的重圧を軽減させようとしていたことを思い出す。
彼は学生時代から、食の好き嫌いが激しく寮生活では苦労したという神経質な性質だが、それを言葉によって克服してきた人だと改めて確認した。
「それ(自己評価への厳しさ)を示した上で、しっかりと言葉でも説明できること、それを。ということだと思いますね」
そのような努力の結果、彼は自己の精神的なコントロールも、ある程度はおこなえるということなのであろう。
茂木 あの、イチローさんみたいなね、スターになったら、もう本当に自分の好きなようにやっても周りはなにも言わないと思うんですけど。いまの、たとえばね、若い人とかが、自分が、こういうふうにやりたいんだと思っても、なかなか、ほら、それにできない世の中があるじゃないですか。どうしたら自分のやり方を曲げないで、こうやって成長していけるんですかね?
イチロー 僕はまず、(考え直して)いや僕がそれをできいるとは思わないですけど。それをやるんであれば、自己評価が一番、厳しいものでないといけないでしょうね。誰の評価よりも、自分の評価、自分に対する客観的な評価が一番、厳しいものでないといけない。これは、もう絶対外せない。
茂木 自分のやり方貫くんだったら、その結果として自分が何しているかというものも厳しく見ろ、と。
イチロー そういうことです。で、結果を、もちろん示さなければいけないし。自分がこうである、というものを示せるのは(強く)結果ですから、結局は。それを示した上で、しっかりと言葉でも説明できること、それを。ということだと思いますね。
茂木 ということは、自分のやり方、貫くってのは、厳しい道じゃないですか。ねえ。
イチロー 一番、厳しいですよ。
イチローの分析1 - 言語分析未来予測
前の分析では、私が以前から注目していた、インタビューに対するイチローの“硬さ”ということについて書いた。「深く考えられた言葉でありながら、それは話し言葉とは違う、まるで書き言葉のような文語調とでもいえるほどのその“硬さ”に違和感を感じ」ていたのである。
今回のインタビューでは、「それ(自己評価への厳しさ)を示した上で、しっかりと言葉でも説明できること、それを。ということだと思いますね」ということが聞けた。
私は以前から、イチローの話し言葉を、まるで書き言葉のような文語調ではないかと思っていたのだ。
テレビを見ててもよく分かるのだが、小説家はよく喋る。また話しが上手だ。古くは野坂昭如氏、また有名なところでは村上龍氏、最近では室井佑月氏など。
多く書いている人がしゃべりがうまいのは、書くように話せるからである。書くことで思考を整理することができ、そのために話すときに困らないのである。書くことで前もって論理的に考えているということだ。
ひょっとしてイチローも、毎日、野球についてのこととかを文章にしているのではないだろうか?
もちろんイチローは神経質傾向が強いので話し言葉が硬くなりがちな程度のことかもしれないだろうが、それにしても彼の言葉は、文章として推敲されているようではないか。それを以下の文章にも強く感じてしまう。
イチロー 自分の可能性を広げるには、自分で自分を教育していくしかない、と僕は思っているんですよ。そこは、(絞り出すように)目指しているところです。現段階の僕が、できたこともあるし、まったくできないこともあるし、その繰り返しなんですよね。
私のような年齢になっても、よく学校教育を思い出す。先生は、勉強というものは自習が基本である、ということをよく言っていた。予習にしても復習にしても自分自身でやらなければならないものだからだ。
それから言っても、この「自分の可能性を広げるには、自分で自分を教育していくしかない」というイチローの持論とは、ひじょうに高度なことであろう。これは予習でも復習でも、対策でも戦略でも、言えることであるのだが、それ以上に未来的な可能性を教育で追求することについてなのである。ここにイチローの天才性があるのかもしれない。
また別に、言葉の面白さが語られている箇所がある。
住吉 ご自分は重圧に強い人間ですか?
イチロー 弱いですね。重圧には弱いと思いますよ。
住吉 重圧が、まっ、でも、否応なしにかかってるんですよね。その本当にかかってしまったときっていうのはどうなるんですか、イチローさんは?
イチロー おそらく2006年までであれば、脈が変わるし、気持ち悪くなるし、家に持ち帰るし、もう、ろくなことなかったですよね、そういう瞬間って。だから本当は逃げたい。でも、今年は俺は、まあ、いけるぞ、と。で、その感覚というのは、(間)もう、唱えるんですよ。170、次、1、2、って。もう、強く、もう、数字を思い描くんです。打席でも。次は何本。もう、勝手に自分でプレッシャーをかけているようなもんですから。そうやって(自分を)洗脳していったわけですね。
茂木 あれですかね、だから、形の見えない重圧ってのを、敢えて形にしているってことですかね?
イチロー そっちに近いですかね。それで意識を植え付ける、っていうことですね。
プレッシャとは精神的な重圧であるのだが、イチローはこれを、単なる合理的な数字に置換えることで、精神的な過重を軽減させようとしている。前の「イチロースペシャル」では、
ナレーション 首位打者争いは、近年まれに見るハイレベルな闘いに突入した。イチローは固め打ちで3割5分をキープ。2001年以降、3割5分台でリーグ首位打者を逃した例はない。しかしオルドニエスはその上を行った。打率を3割5分9厘にまで上げてきた。4試合を残して差は9里。
というさなか、
イチロー どう考えたって、後4試合でしょう? 4試合でどうでしょう? 2本づつでは間に合わないんで、まっ最低、3、3、2、2、でしょうね。可能性が生まれるとしたら。2、2、2、2では、おそらく無理でしょう。
と、言っていた。
シーズンが押し詰まっての首位打者争いで、しかもオルドニエスにリードされているという状況で、残り試合での安打の確率という合理的な数字へ置き換えることで、極度の精神的重圧を軽減させようとしていたことを思い出す。
彼は学生時代から、食の好き嫌いが激しく寮生活では苦労したという神経質な性質だが、それを言葉によって克服してきた人だと改めて確認した。
「それ(自己評価への厳しさ)を示した上で、しっかりと言葉でも説明できること、それを。ということだと思いますね」
そのような努力の結果、彼は自己の精神的なコントロールも、ある程度はおこなえるということなのであろう。













